第50話 助言
「あの、さっきのことで……」
「それは“落ち込んでる”ことであって“悩んでる”ことじゃねぇだろ?」
マックスに言い当てられて私は返す言葉を失った。観察力に長けた人は子どもたちのことだけでなく、私のことまで見ただけで判ってしまうらしい。
「別に解決するならひとりで悩んでも良いさ。けど、そうじゃねぇんだろ。誰かに話すのが全部じゃねぇけど、ひとりじゃ何とか出来ないことだってある。特に誰かに関することな」
マックスにはそれが誰かまで判っているのだろうか。そうでも不思議はない気がした。
そういう時の解決法はな、とマックスは言う。私は答えを求めてマックスの顔を見上げた。
「直接言うことだ」
「直接」
そんな恐ろしいこと、と思う私の顔からは血の気が引いたと思うけど、マックスはにっかと笑顔を浮かべる。太陽の下で見るとまた眩しい笑顔で、私は目を細めた。
この人も地下で過ごしていた時期があることを思い出し、だからこそこんなに明るく笑えるのだろうかと考える。植物には太陽の光が必要だ。地面の中で栄養を蓄えて、いざ外へ出て、芽吹いた後には太陽の下ですくすくと育って。そして今度は彼が、太陽のような笑顔を浮かべて地下へ戻る。太陽を思い出して、子どもたちはまた外への憧憬を募らせていくのだろう。
マックスだってつらい目に遭って来たのだろうに、どうしてそんな風に笑えるのだろう。助けてくれと思っていた、と吐露したのは数分前なのに、それを乗り越えたようで引き摺っているのだろうに、どうして。
「……どうして、そんな風に笑えるの?」
「お、なんだ、オレに関することか?」
違うけど、でも、と言い淀んだら、ははぁ、とマックスはしたり顔を私に向ける。練習か、良いぞ、と自分で解釈してうんうん頷いていた。
「それがオレの、財産だから、だろうなぁ」
解るようで分からない言葉に、私は首を傾げてマックスを見る。マックスは首の後ろを片手でさすり、うーんと言葉を探しているようだった。
「オレが此処に来た時、誰も彼も大人しくてさ。笑い声なんてなかった。来たばかりの奴が多かったのもあるんだろうけどな。
丁度、先代の伯爵が奴隷の子どもを買って保護し出してすぐだ。伯爵自身、右も左も分からないまま、でも手をこまねいているより始めちまえって気概で勢いだけで手ぇ出したばかりだった。オレは見世物小屋から買われたからさ、驚く顔、貰う拍手、そういうのが欲しかった。そうすりゃ団長は笑顔になって殴られなかったし、飯にもありつけた。此処に来ても誰かを笑わせようと思うのは、自然なことだったってわけ」
そういう生活をしていたから、とマックスは言う。そんな生活から抜け出したのにも関わらず、と私は思った。それを見抜いたようにマックスはニヤリと笑う。
「過去は変えられない。忘れたい奴も、なかったことにしたい奴も、きっといるだろうさ。でもオレはそうじゃない。あれに比べたらと思えば何でも出来た。あれがあったから先代の伯爵の目に留まったし、今のオレがいる」
マックスは穏やかに微笑んだ。あ、と私は思う。イヴォンヌも、テレーズも、トマも見せた表情だと気付いたのだ。通り過ぎた痛み。けれどずっと残るもの。些細なことできっとそれはまた、痛むのだろうと思う。
「でもそれはオレが過去に耐えられるすげー奴だから、ってことかもしれない。誰も彼も同じじゃない。乗り越え方はそいつ次第だ」
な、とマックスは私を見て笑う。何の同意を求められたのか判らなくて私は目を丸くした。訊いてみないと判らないものだろ、とマックスが言うから私は頷く。
「嬢ちゃんもな、同じだよ。嬢ちゃんにしかない過去があって、嬢ちゃんなりの乗り越え方がある。けどこれの凄いところはな、誰かと話してそいつなりの乗り越え方を訊いたら、自分も試して良いってとこだ。嬢ちゃんもやってみると良いぜ。オレなりの乗り越え方」
「マックスの……? でも私、誰かを笑わせるなんて……」
そんな高度なことは、と躊躇したら大丈夫とマックスが安請け合いした。何を根拠に、と唇と尖らせる私に、マックスは自分の口角を両手の人差し指で上げた。笑うだけで良い、と続けて。
「相手を笑わせる前に自分が笑わねぇと。嬢ちゃんに足りないのはな、笑顔だ。チビどもと関わってる時は笑ってるだろ。あれはな、チビどもがまず笑ってるからだ。チビどもから学ぶことも多い」
マックスの言うことは尤もだった。子どもだからといって何も知らないわけではない。私なんかよりも、ずっと知っていることだってある。外へ出て早々に傷付き、両親が守ってくれる家で植物を相手に過ごして来た私では知らないことを、沢山。
「笑う……それなら、頑張れるかも」
私がそう言ってマックスの真似をして指で頬を上げれば、おう、とマックスも満面の笑みで応えてくれた。此処へ来てからテレーズを参考に、テレーズ自身の力もあって笑うことは増えた。両親が見たら驚くだろう。そう思うほどには。
二人でトマの世話する花壇へ向かって少し進んだところで、背後から静止の声が飛んできた。私たちは振り返る。目に飛び込んで来た光景に私は瞠目した。




