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第49話 面影


 私が視線を向けた先では、マックスの近くにいた少女が泣いていた。それにつられるようにしてあちこちで泣き声があがり、あーよしよし、とマックスたちが宥めにかかった。


 泣き声の大合唱はしばらく続き、それに紛れながらオーブも一頻ひとしきり泣く。そのうちに泣き疲れたのか子どもたちは脱力し、眠りに落ちた。すんすんと泣きながら眠っている子もいる。不思議なことに大部屋の子どもたち全員が泣き喚き、泣き疲れて眠っている。ビルやテレーズが一人ずつ寝台に運んであげていた。


「嬢ちゃんに、母親の姿を見たんだろ。正直言うとオレもちょっと羨ましかった」


「羨ましい……?」


 泣き疲れて眠ったオーブを寝台に運ぶのを手伝ってくれたマックスが私に教えてくれる。そう、とマックスは目を伏せて、けれど口角は上げて答えた。


「こいつら皆、幼いのに親元から離された。色んな事情があるだろうさ。貧しさに売られた者、拐われた者、中には捨てられた者だっている。

 助けてくれって思ってた。伯爵が拾い上げてくれて命は助かった。衣食住与えられて、不便さはあっても前の比じゃない。でも、望んで手に入らないものがある……愛情だ。それも一番の、自分だけを愛してくれる真っ直ぐで大きな愛情」


 マックスの言葉が聞こえたのか、視界の隅でテレーズの表情が曇るのが見えた。


「子どもでもな、解ってんだ。此処では自分と同じような他の子どもがいて、自分だけが我儘を言うなんて出来ない。自分だけが欲しいものを望むなんて出来ない。充分に面倒見てもらってるし、優しくされてる。これ以上甘えたこと言えねぇってな。

 誰かにぶつけて受け止めてもらいたい衝動を抱えながら、ぶつけられないことは解ってる。そうやって皆、大人になってくんだ。

 オレたちだって、なるべく受け止めるようにはしてるけどな。でも、根っこの部分はどうにもしてやれねぇ。そいつだけを愛してやることは出来ない。他のチビどもと差別化はできねぇんだ。チビどもも解ってた。でも、目の前で見ちまった。溢れ出た衝動を受け止めてもらうのを。寂しくて、羨ましくて、オレでさえ感情がぐちゃぐちゃになったんだ。チビどもが泣き喚くのも仕方ないさ」


「わ、私、何か悪いことを……?」


 自分がしてもらったように。私もそうしようと思っただけなのだけど、思いがけず子どもたちを揺さぶってしまう行為だったと知って青褪める。


 いや、とマックスは私を見て困ったように笑った。


「こいつを嬢ちゃんに特別扱いさせたのはオレだ。ただでさえ特殊な出会い方をしたのに、名前を付けさせた。こいつが心を開くなら嬢ちゃんだと思ったからだ。こうなることくらい読めてなきゃいけなかった。オレの落ち度だ」


 悪いな、ビル、とマックスはビルへ視線を向ける。別に、とビルは仏頂面のままぼそりと答えた。


「俺たちだって人間だ。平等に接しようと思っても、そうもいかないことはある。此処を出ても平等には扱われない。此処へ来る前がそうだったように。外は変わらない。理想郷はない。此処はただの避難先だ。

 それに彼女は他の子どもたちには分け隔てなく接している。オーブの頑なな警戒心が変わらないなら同じ接し方では効果はないだろう。多少、特別扱いは必要になる。めくじら立てるほどのことじゃない」


 そっか、とマックスは息を零す。私はビルの言葉が意外で驚いていた。私を庇い、大したことではないと言ってくれているように聞こえたのだ。大したことなのは子どもたちの様子から明らかなのに。


 上で話したことを気にして埋め合わせのように庇ってくれたとは思えないけれど、でも、そうなのだろうか。


「じゃあちょっと嬢ちゃん、手伝ってくれるか。チビどもが目を覚ました時に気が紛れるもの、あった方が良いだろうからな」


 マックスが切り替えるように発した提案が私を指名するものだから、私は目を丸くした。


「私で良いの?」


 やらかしたらしいことに落ち込んでいたのに。表情に出ていたのか、ははは、とマックスには笑い飛ばされた。


「嬢ちゃんがチビどもにあげたポプリと喧嘩しない香りの花をビルやテレーズが選べると思うか?」


「え」


 それでマックスが花を持って来ようとしていることを私は知った。今日はトマが来ていないから、トマを探して話を通し、いくつか貰うことになるだろう。それなら別に誰でも良かったし、私が行くならテレーズでも良いはずだ。


「テレーズは何でも良い匂いって言うだろうし、ビルは違いが判らないだろ」


「流石にそんなことは……」


「あるんだなーこれが! ってことで、行こうぜ」


 半ば強引に手を引かれ、驚いているうちに外へ連れ出されていた。大部屋を出る前、行ってらっしゃいとテレーズは手を振り、ビルはじっと私たちを見ているように感じた。


 陽の高い夏空の下へ出ると目が眩む。私より数歩先で、オーブと同じ色の肌をしたマックスが私を待つように佇んでいた。


「オレの勘違いなら良いんだけどな、嬢ちゃん、何か悩んでるか?」


 え、と驚いた声を出す私に、顔に出てる、とマックスは言う。咄嗟に両手で頬を覆うようにした私に、マックスは笑った。


「嬢ちゃんは案外分かりやすいからな。しかも誰かに相談できる類の人間じゃない。ひとりで悩んで眠れなくなる。だから眠りに就きやすい香りの花を知ってるし、乾燥ポプリの作り方も知ってる。

 違うか?」


「……」


 図星すぎて答えられない私を見て、マックスはまた笑った。



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