表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/66

第45話 二度目の治療の日


 私はオーブに宣言した通りに毎日通った。オーブはいつも部屋の隅で、あるいは自分の寝台の上で膝を抱えて座り、部屋全体を観察している様子だった。その姿を見る度に私はビルやマックスが言っていたことが本当で、その通りにオーブが進んでいるのかと思うと驚くのだ。


 まず状況を把握しようとして観察に努めるだろうこと、そうして皆の振る舞いを見て少しずつ自由を得ていくこと。


 此処ではオーブと同じくらいの年齢の子どもが使用人とは言え大人相手に自由に振る舞い話をしている姿を見ることができる。大人どころか誰のことも信用しないのではないかと思うほど鋭い視線を向けるオーブも、関わらなくても見ているだけで知ることができる環境だ。そうして私以外の関わる大人たちが誰も怖くないことを、子どもたちから慕われていることを知って欲しいと思う。


 マックスが他の子に慕われる姿を見て、オーブの世界が広がったのではと予感したあの時から私は期待している。信じられなくても目の前で繰り広げられる光景が事実だと伝えてきて、自分の認識とは違うことが現実で起きていると考えるきっかけになるはずだ。自分が見ているものが全てではない可能性に気が付けばきっと、オーブの何かが変わる気がするから。


 一週間もすればオーブは私が近くにいてもちらりと視線を向けるだけで、警戒心は薄くなったように思う。私も他の子に誘われて遊ぶことがあった。そういう時は近付かなくても誰かが見ていてくれている。全員で子どもたちの世話をする意味を私はまた、改めて感じた。


「よぉ坊主。明日はまたお前の脚の治療だ。また痛み止めは打ってやるがな、しばらくは痛い。それは悪いが我慢しろ。この前のを声もあげずに耐えたんだ。お前ならやれるだろ」


 マックスがオーブの警戒が強くなり過ぎない場所から声をかけて治療の予定を伝えた。オーブは眉根を寄せて不快そうにしていたけれど、飛びかかるようなことはなくて私はホッとする。マックスの最後の言葉が信頼で、それには舌を巻いた。


 オーブの治療には私がまた付き添った。今度は一緒に寝台に上がるようなことはなかったけれど、痛み止めを打たれたオーブがとろんと眠りに落ちるまで近くで話しかけ続けた。それがマックスの頼みでもあったからだ。


 そしてマックスが集中して処置するのを邪魔しないように部屋の隅の椅子に腰掛けて終わるのを待った。前回は地下施設を知った衝撃で全然見ていなかったけれど案外多くの血が流れていて驚く。


「あー、暗いな。結構繊細な処置でなぁ。まぁオレなら出来るんだけど。後二回くらいで引き摺んないで歩けるようになるんじゃねぇかな」


 また血の付いた手で額を拭ったマックスの言葉に、私は薬で眠るオーブの顔を思わず見た。


「マックスは凄いのね」


「まぁ、天才と言っても過言じゃねぇな」


 調子良く答えてマックスはにっかと笑う。でも、と視線をオーブに移したマックスの表情は優しくて、何だか泣きたくなった。


「オーブが一番凄いさ。痛み止めが切れた後は痛いだろうよ。それなのに顔色ひとつ変えやしない。呻き声ひとつあげやしない。こいつの事情は何も判らんが、そういったものを出せない場所にいたんだろうな」


 オーブの様子からそういったことが分かるマックスを私は尊敬していた。ビルもそうやって言い当てるようなことを口にすることがある。いつもその言葉に納得を覚えるけれど、その推測が本当かどうかは判らないものであることを私も理解していた。


「弱っているところを見せたくないってこと?」


「おー、そうだな。そう言い換えても良い。なんだ、嬢ちゃんも解ってきたか」


 マックスが私を見て微笑んだけれど、私は静かにかぶりを振った。とてもそんな凄いものではないから。それより、と手に血が付いていることを指摘すればマックスは手を洗いに処置室を出て行った。入れ違いにイヴォンヌが入ってきてオーブの着ているシャツに血が付いているのを見ると盛大に溜息を吐いた。


「今日の洗濯は終わったんだけどね」


「わ、私がやるわ」


 思わず口にしたらイヴォンヌに、とんでもない、と首を振られた。


「ジゼル奥様がお洗濯上手なのは知ってますけどね、このくらいなら大した手間でもないから」


 マックスが戻る前に着替えさせたいからそれを手伝って欲しいと言われ、私は頷いた。


 痛み止めで意識がないオーブのシャツを着替えさせていたら、イヴォンヌが溜息を吐いた。


「食べてるのに本当に細いし小さいね。奴隷の食事でお腹一杯なんて夢のまた夢だけど、この様子じゃ清潔なシーツどころか、服も寝床も満足に与えられてなかったのかと思うよ。まったく、子どもの奴隷なんて趣味が悪い。大人になれない子だって中にはいるんだろう。わたしらは運がよかっただけで……あぁ、こんな話、ジゼル奥様にするもんじゃないね」


 つい不満がね、とイヴォンヌは苦笑した。私はふるふると否定の意味で首を振ることしか出来ない。言われて初めて判ることがある。マックスやイヴォンヌに言われてから私はやっと、オーブがいた場所のことを考えていた。


 子どもの奴隷を必要とするのはどういう人だろう。イヴォンヌやテレーズの話から判ることもあるけれど、其処ばかりでもないのだろうから。


 常に警戒し、痛みにも決して声をあげず、自分より力が強い相手でも果敢に立ち向かっていく。躊躇わずに誰かを傷付けようとすることが出来て、それは自分がそうされたことの影響だとしたら。


 過酷だ、と思う。オーブはこの大部屋には慣れてきた様子がある。それでも夜は相変わらず眠れていないようだ。そのせいで警戒心がいつまでも続かないだけかもしれない、とも少し思った。けれど結局は眠れていないのは事実のようだから、暗闇の中でシーツに包まって警戒しているのかと思うと胸が締め付けられる。


 眠れない場所に、いたのかもしれないと思うと。



何も言わんと朝ペロッと投稿しましたが、無事にコロナ療養終えました!というかポテンシャルとしては全然まだまだ余裕で休めるけど普通に有給なくなる!!!困る!!!

ので、体に鞭打って出てきた、が正しいのですが何とか生きてます。えらすぎる。午後も何とか最小限のエネルギー消費で頑張りたい所存。やることいっぱいある仕事…つら…。


皆さまも罹りませんようご自愛くださいね!!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ