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第32話 陽の下


 外は高く陽が昇り、夏の暑さを既に感じさせた。地下はひんやりとしていて涼しいけれど、いつも温度が一定でもある。冬になると寒いのだろうか。それとも意外と暖かいのだろうか。これから迎える季節を考えると少し楽しみな気がした。


 それと同時に、外に出られない子どもたちはどれだけ季節の変化を感じることができるだろう、もしかして、と私は思う。ミント水は夏を感じるひとつの品なのかもしれない。だからマックスは子どもたちの分も、と言ったのではないだろうか。


 テレーズにコットンを持ってきてもらうよう頼んだ私はトマを探して庭をうろうろしていた。テレーズに用事をお願いしている間は私もひとりで動くことが許されるようだと、既にこれまでの経験で察している。けれど彼女がいつも私を探して走り回る羽目になるから、先にトマを探しているとは伝えてあった。


 そうは言ってもトマが管理する庭は野菜から樹木まで幅広いから、結局は走り回る羽目になるかもしれないとは思うけれど。


 ひとまず、と私は自分が貸してもらっている庭のひと区画へ向かった。毒草なんて育てない、とビルに宣言した時から私が此処で育てているのは、一般的なハーブだ。ソルシエールが保管していた種を栽培して見知らぬ植物があると警戒させるのも悪い気がしたし、魔女、という印象を強める気もして育ててはいない。


 よく見るハーブだしこの庭でも育てているのを知っているから、トマも警戒はしていないだろうと思う。油断した隙に魔女の草花を伯爵の庭で育てられては堪らないとは思っているかもしれないけど。でも、穏やかに笑うトマはテレーズと同じで、そう思ってはいないような気がしていた。


「トマ?」


 いつもの大柄な背中が見えた気がして声をかけたら、日に焼けた筋肉質な腕に抱えた肥料袋を顎で押さえながらトマが振り返った。ジゼル奥様、どうかしたんですかぁ、とのんびりした様子で尋ねてくる。


「あの、マックスからそろそろトマがミント水を作る頃だって聞いて……」


 私が目を伏せて答えれば、あぁ、とトマはにっこりと笑った。植物の生長を待てる気の長い穏やかな人のようで、私は彼ののんびりさと穏やかさに落ち着きを覚えている。


 外仕事をする人らしく誰よりもトマは日に焼けていた。外で洗濯するイヴォンヌは日陰を選ぶことができるけれど、植物の世話となるとそうもいかない。大きな帽子を被っていても四六時中、外にいれば真っ黒にもなる。


「まさかジゼル奥様、お使いで?」


「あ、えっと、私はそれのお裾分けを貰えないかと思って……。実はちょっと目が腫れて……」


 伏せた目を上げてトマを見れば、あぁ、本当ですなぁ、とトマはのんびり認めて笑った。陽だまりのような温かさでその笑顔に悪い印象は受けない。私は少し苦笑した。


「そうなの。マックスに診てもらったら冷やしたら良いって。でもただのお水より、ミント水ならリラックスもするし早く引くわ。この顔で子どもたちの前に出たくないの」


 私が説明すると、はっはとトマは笑った。豪快に笑うその様子さえ何処か穏やかだ。それじゃぁすぐお出ししないと、とトマは言う。


「マックスは何処で嗅ぎ付けるんでしょうなぁ。丁度昨日、作ったところだったんですよぉ。厨房に置いてますから取りに行きましょうかぁ。あれをひとりで運ぶのは大変ですからねぇ」


「え、でもあなたの仕事が」


 私が目を丸くすると、大丈夫ですわぁ、とトマは笑んだ。水やりは朝のうちに終わらせたし、肥料の整理をしようと思ってただけだからと。


「ジゼル奥様が教えてくれた肥料、使いやすいし植物たちも元気で助かっとりますわぁ。これからも相談させてもらって良いですかねぇ」


 トマは植物の世話で悩んだら私に相談をしてくれる。その度にまた訊いても良いですかねぇ、と眉を下げるのだ。勿論、と私は答える。毎度、何度でも。


「でもあなたが見てる植物は幅広いから私も心配だわ。私は何でも知っているわけじゃないし」


 私も困って眉を下げたら、良いんですよぅ、とトマは首を振った。


「おれの方が何も知らないんですわぁ。庭師なんて仕事を貰ってますけど、庭師として働くなんて此処が初めてなもんでねぇ」


「そうなの? この広いお庭がとっても綺麗なのって、あなたがきちんとお世話しているからだわ」


 伯爵邸の庭は広い。私の部屋からも見える庭はとても綺麗にされているし、お世話が難しい薔薇も大輪の花を付けている。芳しい香りは昨晩も体験していた。落ち込んでいた私の気分が晴れるまではいかなかったけれど、それだけ落ち込みの方が大きかったのだ。


「香りが強いお花も喧嘩しないように配置が考えられているし、お庭を歩く人のための心遣いが見えるなって思っていたの。目で見ても、匂いを感じても楽しいお庭だわ。……あ、ごめんなさい、私ったら」


 私はひとりで話していたことに気が付いて口を両手で覆った。トマは目をぱちくりと見開いて私を見ている。それでようやく思い至った。


「え、偉そうにごめんなさい……でもあの、とっても素敵なお庭だなって思ってたから、その……」


 しどろもどろになりながら言い訳を並べる私に、トマはまた、はっはと声をあげて笑った。




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