第30話 幸せの魔法
「テレーズも、ジゼル奥様の侍女になれて嬉しいです。テレーズは親の顔も覚えてませんけど、でも、仕事仲間が沢山いました。此処に来て一緒にいた子たちも、一緒に働く人たちも、皆優しくしてくれます。
テレーズの名前、集めるとか、獲得するとかって意味だから、この名前のおかげかもしれないです。ジゼル奥様にも会えました!」
「──」
彼女の方から歩み寄ってくれた気がして私はまた息が詰まった。私が名前に込められた意味を知りたがって、大切なものだと思うことをテレーズも感じ取るから。
「……テレーズ、あなたはいつも笑顔で素敵だわ。元気一杯で、何事にも一生懸命で、親しみやすいし、私、羨ましいの。あなたの両目とも同じ色も、そばかすも、誰にでも好かれるところも。私も他の皆と同じようにあなたのことが好き。いつもありがとう、テレーズ」
「わ、ジゼル奥様、褒めすぎです……っ」
テレーズが慌てたように言ったけれど私はまた首を振る。テレーズを抱き締める腕に力を込めた。緊張して体に力が入っているのは私もテレーズも同じだし、心臓はばくばくしていたけれど、腕を離すつもりはない。何だかそうしたいと思うのだ。
「全部本当のことよ。全部、私が思っていること。あなたの笑顔に私がどれだけ安心しているか知ってる? あなたの振る舞いを見て勉強していることは言ったわね。全部、あなたが自分で身に付けてきたものだわ。優しいあなたが獲得してきたもの」
テレーズが息を呑んで黙った。ぎゅう、と私はテレーズを抱き締めたまま、だから、と言葉を続ける。
「あなたが周りの人のことをそんな風に思ってくれるなら、きっとそう。周りもそれに応えたいって思うはずだわ。テレーズ、あなたもしかして、幸せを集める人なの?」
「幸せ、ですか」
呆然としたような声でテレーズが繰り返す。初めて聞いたかのような声色だから、まさか知らないのだろうかと不安になった。
「テレーズが、幸せを集める……? ジゼル奥様はそう思いますか?」
思うわ、と私は答える。テレーズはまるで信じられないことを口にしている様子だ。現実感がなくて、実感がなさそうに見えた。
「あなたの周り、いつも笑顔で一杯だもの。あなたが笑っているからよ、テレーズ。笑顔で、幸せを集めて、それが周りにも影響してる。あなたのお母様が何を願ってあなたをテレーズと呼んだかは判らないけれど、もしも集めるものが幸せだったら、素敵ね」
心から。そう思うから言葉にすれば、テレーズが照れ臭そうに笑った。
「テレーズが幸せを集める人なら、ジゼル奥様は幸せの魔法を使える魔女様です。テレーズ、そんな風に言ってもらったの初めてです。えへへ、魔女様って本当にいるんですね」
「──」
幸せの魔法。そんなこと、考えもしなかった。魔女は人に害なすもの、蔑まれるもの、忌避されるもの。ずっとそう、思っていたのに。
「テレーズ、此処に来てから良いことばっかりです。大変なこともありますけど、でも、此処に来て良かった。あの農園にずっといなくて本当に。旦那様がテレーズを買ってくれて、マックス先生が治療してくれて、ジゼル奥様が幸せの魔法を使える魔女様で。嬉しいです!」
「……うん、うん、テレーズ。私も嬉しい」
耳元で聞こえる嬉しそうな声に嘘が滲んでいるとは思わない。真っ直ぐで、裏表がないテレーズの言葉は心の底からそう感じているようで私の声は震えた。
それはつまり、その喜びも、本物なのだと思えたから。
「ジゼル奥様? 泣いてるんですか?」
テレーズが驚いた様子で尋ねてくるのを、私は今度は素直に頷いた。
「嬉しくても涙って出るみたい」
そう言って泣きながら笑う私が腕に込めた力を、テレーズは困惑した様子で受け止めた。
* * *
「おー、嬢ちゃん。その様子じゃ仲直りし……」
テレーズと一緒に地下を訪れた私を振り返ったマックスは私の顔を見るなり驚いた様子で言葉を失った。私は慌てて両手で目元を覆う。テレーズがあの後結ってくれた髪の毛はやはりと少し下げたけれど、隠せるものではない。
「寝不足じゃぁ確かにねぇが、なんだ、泣いたのか」
「う、わ、分かるの……?」
指の隙間から私がマックスを窺って尋ねれば、そりゃぁなぁ、とマックスは苦笑する。大部屋へ行く前に昨日ビルと話した部屋に寄って行って良かった。
「これじゃ子どもたちの前に出られない? 診てもらえないかしら」
「おー、ちょっと見せてみろ」
マックスは何か記録を付けていたようで、テーブルの上に置いたランプを持って立ち上がった。マックスに近寄って私はおずおずと手を下ろす。テレーズがランプを持つのを交代し、マックスの手が私の頬に伸びた。
「まぁ時間が経てば引くものだろうけど、まだ熱を持ってるな。落ち着いてからで良かったのにすぐ来たのか」
「だって今日はテレーズが絵本を読む日なんだもの」
私が答えると、マックスもテレーズも目を丸くした。私は説明が足りなかったことに気が付いて慌てて言葉を続けた。
「私もテレーズみたいに絵本を読めたらって思ってて……あの、名前を考えてる子が大部屋に行けるようになるにはまだ時間がかかるかもしれないし、絵本くらい読めたらなって思ったのよ。テレーズが絵本を読むと臨場感が凄いし、退屈しないんじゃないかと思って……でも私にはそんな風に読む技術がないから勉強しようと……」
話すうちにテレーズが更に目を丸くし、マックスが笑いを堪えるように口元をニヤリと綻ばせるのを見て私は最後まで言うことができなかった。
わ、いま気づきました!評価くださった方ありがとうございます!!ブクマくださった方も本当にありがとうございます!!!
続きを楽しみにして頂けるようなお話になっているのかな…と思うと嬉しくて社畜、仕事のストレスを抱えていても何とかやっていけます…(ㅅ´ ˘ `)
仕事とかの合間に手が空いたらどーん!と投稿していくスタイルなので時間まちまちなのですが、今後もジゼルと彼女を取り巻く人々を見守って頂けますと幸いです!




