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第27話 道筋


「嬢ちゃん、自分の手柄は自分の手柄って言って良いんだぜ。誰に遠慮する必要もない」


「遠慮とかじゃないわ。本当にそう思ってるの。私だけじゃどうにもできなかったから」


 私が首を振ると、そうかい、とマックスが受け入れたように笑った。それじゃオレたち三人の手柄ってことで、と言うから、それなら、と私も頷いた。ほとんどおまけに近いけれど、マックスがそう言ってくれるならそれを否定するのもどうかと思ったのだ。


「テレーズを嬢ちゃんの侍女にするのはお前の発案だったか、ビル。分かっててやったのか?」


「まさか。子どもたちから距離を取ることができて、初対面でも関係を上手く築けて、同年代だからやってみるかと尋ねただけだ。後は彼女が自分で努力した成果だろう」


 それで生まれたのが執着ねぇ、とマックスが言っている途中で私はビルの言葉に気が付いたことがあり、バルコニーから身を乗り出した。あの、と声をかけたらマックスもビルも驚いた様子で顔を上げる。二人とも手摺りに腰を下ろしているようで、背を反らし、私と同じように身を乗り出している状態だ。落ちないか心配になったから、私はすぐに口を開いた。


「テレーズを私の侍女にするよう言ってくれたのって、ビル、あなたなの?」


「……」


 答えないビルにマックスが肘でつついて促した。あぁ、と短い返答がある。ありがとう、と私は急いで言った。は、とビルの口から驚きの声が漏れるのが聞こえる。


「私、テレーズが侍女で良かったって思ってて。ヴリュメール伯爵が決めたって聞いていたから、お礼を言わなきゃって思ってたの。でもあなたが先に提案してくれたのね。ありがとう、ビル。私、テレーズじゃなかったら多分もっと、此処で過ごすのが大変だったと思うし……その、テレーズは私の、先生、なの」


「嬢ちゃん、オレは?」


「ま、マックスも先生と言えば先生ね」


 横からマックスが自分の顔を指差しながら尋ねてくるから私は目を丸くして答えた。お医者様だし、と私が答えた後に自分で確かめていたら、マックスはにっかと笑う。


「それ、テレーズには直接言ってやったか?」


 次いで、優しい顔で私に問うから、私は頷いた。


「言ったわ。泣かれてしまったけど」


「そりゃ嬉し涙ってやつだ、嬢ちゃん」


 わはは、とマックスは笑った。そのまま、また言ってやれば良い、とマックスは続ける。


「嬢ちゃんが思ってること、言ってやれ。傷付けたと思うなら傷付けたと思うことを言ってやれ。謝りたいなら謝れば良い。テレーズが傷付いてるなら、赦すかどうかはあいつが決めるだろ」


 う、と私は目を伏せた。でもそれって、と私が声を絞り出すと、ん? とマックスは首を傾げる。


「私が楽になりたいだけだわ……」


「おー、嬢ちゃん、何だ、ちゃんと解ってんのか」


 え、と私が目を上げればマックスは笑っていた。イヴォンヌと同じで、マックスの笑顔も太陽のようだ。異国の血が入っていることが分かる肌の色も太陽に愛された証拠に思える。テレーズのそばかすと同じように。


「謝るのは確かに自分の罪悪感からだろ。赦すかどうかは相手が決める。でもな嬢ちゃん、謝んなかったら相手はずっと赦す機会がないままだ。嬢ちゃんも謝らなかったら赦してもらえることは永遠にない。しかも、時間が経てば経つほど言いづらくなる。違うか?」


「……違わないわ」


 首を振る私に、だろう、とマックスは笑う。


「時間が有耶無耶にすることもあるけどな、どれだけの時間が経っても赦されることはない。相手からちゃんと赦されない限りはな。とはいえ、決めるのは嬢ちゃんだ。まずはゆっくり寝て、明日起きた時にやりたいことをやれば良い。それにそろそろ部屋に入った方が良いな。言うべきか悩んでたんだがな、嬢ちゃん、その……薄着すぎるだろ」


 笑っていたマックスが急に視線を逸らすから私は指摘された自分の格好を見返して、ヒッと息を呑んだ。寝巻きだ。ナイトドレス。家ではこの格好で喉が乾けば移動したし、両親も何も言わなかった。けれど人様の前に出る格好ではないと私は教わって知っている。


「見えなきゃ良いかと思ったんだけどな……嬢ちゃんが身を乗り出してくるから……」


 すまん、流石に目のやり場に困った、とマックスが謝った。私こそごめんなさいと慌ててバルコニーに引っ込んで謝る。


「い、家では、ずっとこれで……ごめんなさい」


 首元や足首など、普段は隠れている場所が晒されているのを見られたかと思うと恥ずかしい。足首なんて二人には見えないだろうけれど、首元は見えただろう。なんて破廉恥なことを仕出かしてしまったのかと思うと顔が熱かった。


「いやぁ、オレには眼福だったけど伯爵には殺されるかもしれねぇな」


「は、伯爵はそんなこと気にしないわ。私がいることも忘れてるかもしれないし……」


「流石にそれはないさ。なぁ、ビル? ビル?」


「……急に話しかけるな」


 ビルの不機嫌そうな声にマックスは笑う。


「夜に奥方の部屋の近くを通っただけって言ったら伯爵は赦してくれると思うか」



「……大抵はマックスのせい、で何とかなると言ったのはお前だったと記憶している」


 あなたも、とビルの不機嫌そうな声がこちらに飛んできて、はい、と私は慌てて返事をした。


「そんな格好で部屋の外に出るな。敷地内とはいえ使用人は通ることがある。慎みを」


「ごめんなさい……」


 謝った声は蚊が鳴くように小さくて、聞こえたか分からない。はぁ、とビルが息を吐くのが聞こえた。


「……もし次に眠れなくて外に出たくなったなら、ガウンを羽織れば良い。外の風を浴びたい時くらい誰にでもある」


「そうします……」


 それじゃ、と明るい声でこの話は終わりとばかりに話題を変えたのはマックスだ。ぱん、と下で聞こえたのは両手でも打ったのだろう。はぁ、とビルが再び息を吐くのが聞こえた。


「オレたちは行くぜ。おやすみ、嬢ちゃん」


「おやすみなさい……」


 私が部屋に戻ると、それから二人がバルコニーから降りる音がした。


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