染み
真夏の昼下がり、彰斗はひよりと二人座布団をくっつけ合って仲良くあずきバーを齧っていた折からぽたりと解けおちた一滴が着古して色褪せた黒地のTシャツにちいさな湿りをつくったのを、彰斗は気がつかなかったけれど、ひよりは丁度まさしくその場を目撃したらしく、すぐにそこを細い指先につまみ上げて殊更に目を近づけ、
「染みになっちゃう」とぽつりと一言。
そんな些細な事には一向無頓着な彰斗がかえって壁に背をあずけたのを尻目に、ひよりは座ったなりでぐっと手を伸ばしたものの指先さえ遥かに届かないので、ぷくりと頬をふくらませつつ甲斐甲斐しくも四つん這いに腰を上げるがままむきだしの腕をさらに伸ばしてようやっとティッシュの箱をつかんだ。
彰斗はそのさまを楽しく見物しながら、彼女の手元のアイスから危うく同じ事故が発生するのをなかば恐れなかば望んだ折からそれと心づいたのかひよりはぬっと空様につきでていた腰を静かに下ろしながら解け落ちそうな角を二つ、愛らしい口元に齧ると共にすぐさま何事かを直感したらしい。俯いたなり一つ溜息を吐いてみせると、こちらへ睫毛の長い瞳をさし向け、
「水」とぽつりと一言。
それなり黙ったかと思うと、「ちょっと待っててね」といいながら手元の残りを急いで平らげつつ立ち上がる。
すっと流しへ向かった健気な後ろ姿を見送って彰斗は悠然とアイスを食べきったところへ、ひよりが立ち戻り隣へ膝をよせると、もう微かな湿りを目ざとく見つけてつまみ上げ、濡れティッシュでトントンやりだした。
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