第五話 名付ける
「おい」
「……!」
不意に呼ばれて振り返る。
「てめえが俺様を使わない理由が分かったぜ。俺様の事信用してねえな?」
「……そりゃあ、人殺しの武器だし、口悪いし」
「それはまだいい。お前、他の人間に対してもああなんだろ。誰かに聞かれなきゃ、まともに自分の事も話さねえ」
「……」
「さっきの人間にも言われてたよな。信頼できる相手、だったか? てめえにはいねえんだもんなあ。だから必死こいて休日ずっと低級魔法自分にかけて」
「悪いかよ!!!」
突然声を荒げた俺に、鎌は動きと話を止めた。
「ずっと一人にされてきた! 家族に話しかけたら嫌な顔されて!! クラスの人に声かけられてついていったらボコボコにされて!!」
「……」
「それに対抗できない弱い自分にも、周りの人たちも、みんなみんな大嫌いなんだ!!」
「だったらとっとと死んじまえよ、グズ」
「ッ!!」
右からくる。
とっさにしゃがんで防御魔法を張る。
いとも簡単に膜は破られた。
「チッ……やっぱり持ち主がいねえと俺様の力は発揮できねえな」
いつの間にか、鎌は亜空間から姿を見せていた。
明確な殺意を持って、俺を殺そうとしている。
「なんだてめえ。一人の時にしか本音も言えねえ。弱いくせに強いものに頼りもせず、強くなるために行動をするでもない。正真正銘、本物のグズじゃねえか。呆れたぜ」
「呆れたって……勝手に期待したのは君じゃないか」
「ちげえよ。強いものが欲しくて、本能的に俺様を呼んだのはてめえだ」
「ッ、勝手に応えてのこのこ姿を現したのは君だ!」
鎌は大きく横に向く。
斬撃が来る。確実に、仕留めに来る。
「違うだろ、俺様と契約したのは」
――変わりたいからだろう?
あと0.1ミリ。
相手にとって首を刎ねることなんて容易い事だ。
変わりたい。
弱くて、でも何もできず、何もしようとしない自分を変えたい。
強くなりたい。
そうだ。今自分に必要なのは、変えようとする意志と、勇気だ。
いつの間にか、左手で禍々しい死神の鎌を掴んでいた。
呪われた右腕からは、どす黒い魔力が溢れてくる。
ニヤリと、誰かが笑ったような気がした。
「さあ、今こそ俺様を使っ――」
「死神の鎌。呪われた武器。俺は君を使わない」
亜空間から引っこ抜く。簡単なことじゃなかった。思ったよりも踏ん張ってくる。
「君を使わなくても、俺は強くなれるって証明してみせるから!」
「なっ……」
「だからそばで見ていて――サイズ!」
あまりにも安直なナマエをつけたその瞬間、自分を中心に大きな旋風が巻き起こった。
あたりのものは風で吹き飛び、ガラスの割れる音が響き渡る。自分も吹き飛んでしまいそうだった。
やがて旋風は収束していく。全貌を現した、サイズの元へ吸い込まれていくように。すべてが終わり、最後のそよ風すらも消え去ると、右腕の印は怪しく紫色に輝いた。
「おい」
「ウィルって呼んで」
「……ウィル」
「何?」
「お前、この俺様をなんて呼んだ?」
「サイズ。死神の鎌からとったんだ」
「センスねえな」
「ごめんね」
パタパタと、誰かが駆け足で医務室に来る音がする。
「でもまあ、名前をつけられるってのも悪くはねえな」
「使わないけどね」
「いいや、お前はいつか必ず俺様を使わなければいけない時が来るさ」
すでに破壊された出入り口から、先程立ち去ったはずのハウイット先生がこちらを見ていた。驚愕と、諦めのような顔。
先生には多分、俺が無理矢理強い力を手に入れたのだと思ったのだろう。違うとは言えない。
「サイズを使う時なんて、来ないといいなあ」
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