第三話 気づかれない
自分を使って欲しがる鎌との攻防はやっぱり一日中続いた。
例えば昼休みの食堂。
「あいつらのんきに昼飯食ってるぜ! 奇襲かけたらどんな顔すんだろうなあ? なあやってみようぜぇ?」
「やらないよ」
例えば放課後の図書館。
「ははは! あいつら真面目気取って図書館で勉強してやがる! 今から」
「邪魔なんてしないからね。あと静かにして」
例えば補講前の移動中で。
「あの眼鏡女、どうせてめえの事なんか考えちゃいねえさ。なあ、一旦目にものを見せてやろうぜ?」
「教員殺しなんて死んでもゴメンだよ……っていうか、先生は別に悪い人じゃないんだから」
どうしてこう、この武器は自我が強いのだろうか。というか、ものすごく自分を使ってほしがるけど元の持ち主はこいつをどう扱っていたんだろう。
実践魔法の授業で使う杖を引っ張り出していると、右側から亜空間が現れる。
「だけどよお、お前ずっとあの眼鏡女に怒鳴られっぱなしだったじゃねえか」
「先生はできるようになるまで生徒に教えるのが仕事なんだよ。あと、眼鏡女じゃなくてハウイット先生ね」
「ぁ? はういっと? なんだそりゃ」
「何って……名前だよ」
実践演習をする広場へ向かって歩いている最中、突然亜空間は移動を止めた。
あまりにも突然のことだったので思わず振り返ると、刃を出した状態のままで鎌は静止している。
何か呼びかけようと口を開きかけたとき、鎌の方から問いかけてきた。
「おい、お前。ナマエってなんだ?」
「……え?」
「ナマエってなんなんだよ」
「え、名前は名前だよ。人の名前とか、ペットの名前とか、かな」
「だからナマエってなんだって聞いてんだろうが!!」
「今説明したじゃん!? 聞いてなかったの!?」
「聞いてたに決まってるだろ!! だからてめえにもナマエがあるってのかって聞いてんだ!」
「あ、あるよ」
ウィルモット・グレーザー。
今更だけど、それが俺の名前だ。確かに、この鎌には伝えていなかった気がする。でも、まさか相手が名前の概念を知らないなんて。
名前を聞いた鎌はしばらく呆然としていたけれど、我に返った瞬間、また喉元に切っ先を向けてきた。
「じゃあどうして俺様にはナマエがないんだ!?」
しん、と静まりかえる。
「……へ?」
「てめえみてえな雑魚にはナマエってのがあるのに、どうして俺様はナマエを持っていないんだぁ!!」
「知らないよ! 名前がなかったっていうんなら、元の持ち主は君の事、なんて呼んでたのさ!」
また静まり返った。
「……まさか、呼ばれたことがないの?」
「なっ……!!」
ビクッと鎌が震える。図星だったのだろうか。
自分で最強の武器を名乗っていたし、死神の最終兵器とも言っていた気がする。けれど、とっておきの切り札として用意されていたのなら、使われないなんてありえない。
一体どうして、と聞こうとした時。
「グレーザー! 補講の時間になっても来ないと思えば、こんなところで何をしているのです!」
「うわっ!? は、ハウイット先生!?」
思わず喉元の刃先を押しのける。事態を察した大鎌はすぐに引っ込んだ。み、見られた? いや大丈夫。ここは死角になっているから。多分。
曲がり角から現れたのは、ほぼ毎日のように顔を合わせている女教師だった。
金縁の眼鏡を掴み、怪訝な表情を浮かべている。多分いつまで待っても来なかった自分に怒っているだけだ。
ツカツカと速歩きで近づく先生に思わず後ずさると、蛇のように鋭い眼光で睨みつけられた。
「今日基礎魔法を一つでも習得しなければ、貴方は確実に留年になります。さあ行きますよ!」
「……ッいて、ッ……!」
駄々をこねる子どもを引っ張る母親みたいに、思いきり右腕を掴まれる。先日の怪我が治っていない箇所に力を入れられて、思わず声が出た。
「……グレーザー、貴方怪我をしているのですか!?」
「えっ、あ、いや、その……ちょ、ちょっとだけ、ヘマをしちゃって……」
「首や腕に……額にまで!?」
先生は大きなため息をつく。
「補講は中止です。今すぐ私と医務室へ行きましょう」
「えっ」
何かを言うよりも早く、先生は杖を一振りする。転移魔法だと気づくより早く、自分の体は宙に浮いていた。
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