第二話 隠せない
死神の鎌と契約という呪いが腕に刻まれてから、早くも三日が経った。
三日経てばすでに週末が明けて、学校に行かなくちゃいけないわけで。
結局、鎌はまる二日かけた説得に応じてくれなかった。結果として現在、やたら目立つデザインの大鎌をカバンと一緒に背負って登校するはめになっている。
周りからは確実に奇妙なものを見る目で見られている。やめてほしい、いっそ無視してほしい。俺だってこんなデザインから怖いものを装備なんてしたくなかったんだ。
けれどこいつは自分を使えと何度もゴリ押してくる。持ち歩くのはまだ良しとして。さすがに学校の授業でそのまま持っていくわけにはいかない。
そんなわけで俺は今、自分のロッカーで大鎌と対峙していた。
「てめえふざけんじゃねえ!! これから授業だからロッカーでお留守番だあ!? 使わねえくせに契約しやがって!! 俺様をなんだと思ってんだ!?」
「そのくらい知ってるよ、君は死神の鎌なんだろ? だったらなおのこと、あのまま放置なんてできなかったんだ!」
どういう意味だ、とぎゃあぎゃあ喚き立てる鎌をロッカーにしまい込む。しかし刃が長くてどうしてもつっかえてしまう。無理矢理扉をしめようとするが、鎌の方もめちゃくちゃ抵抗してきた。
「なあお前さあ、本当にそのままでいいのかよぉ? 一振りすりゃあ自分の事バカにした奴ら全員、自分の力になるんだぜえ?」
「嫌だよ、そんな事したらクラスの人全員死んじゃうよ!! 俺はそんな事したくない!」
「ぁあ!? キレイゴト並べてんじゃねーぞ!! 俺様は知ってるぜ、誰よりもお前が人間を憎んでっいでででででえぁぁああああ!!」
あともう少しのところだったが、刃先がロッカーの扉の金属にめり込んでいる。変形したおかげで、もう少しで収納できそうなところだったのに、突然鎌が扉から飛び出してきた。
鎌の刃先は自分の喉につきつけられ、そこに誰もいないはずなのに誰かに睨まれているような感覚が全身を襲う。
「いい加減にしやがれ!! てめえはなあ! 魂を刈り取る俺様を使いこなす運命が決まってんだよ!! 人を殺したくないだの死んじゃうだのガタガタ抜かしてんじゃねえぞ!!」
「確かに強くなりたいとは思ったけど、人を殺すほどの力が欲しかったわけじゃないよ!」
叫んだ瞬間、わなわなと怒りで震えていた鎌が動きを止める。
この間の怪我でほぼ全身に包帯を巻くは目になり、今の俺はほとんどミイラ男に制服を着せたような見た目になっていた。腕についた呪いの印を家族に見せるわけにもいかず、魔力がたまったら回復する、を何度か繰り返すだけの俺に、そろそろ愛想をつかしたのかもしれない。
いや、いっそ愛想を尽かしてどこかに行ってほしいくらいではあるのだけれど。
「……とにかく、今は君の力を借りるつもりはないし、誰かを殺すつもりだってないよ! いいから大人しくしてて!」
「あ、おいコラッ!!」
動きが止まったのをいいことに、思いっきりロッカーに押し込んで扉を閉める。その上からちょっと前に習った封印の魔法をかけ、簡単に開かないようにした。多分、こいつならあっさりと切って出てきちゃうかもしれないけど仕方ない。
でも授業でも一緒に持っていくわけにもいかないから。そう心のなかで言い訳をしていた。
「ウィルモット・グレーザー! そこで何をしているの。早く教室に向かいなさい」
「っ……す、すみません、今すぐ行きます!」
不意に先生に声をかけられ、あわててカバンを手に取り走り出す。
さすがに怒鳴り声で文句を言われるかもしれないと思ったが、不思議とロッカーから物音がすることはなかった。
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実践魔法の授業は一番嫌いだ。
周りの視線は痛いし、先生からのお叱りの言葉が何よりも苦しい。
今日も自分の魔法は届かない。
なんてことはない、対戦相手に魔法をぶつける。ただそれだけ。それだけが叶わなくて、何度か試したところで強く名前を呼ばれ、思わず肩が震える。
「グレーザー! 今日もまたこの体たらくですか。いくら魔力の保有量が少ないとはいえ、未だに初歩魔法さえクリアできないのは貴方だけですよ!」
「……はい、ごめんなさい」
「今日の放課後は補修です。いつもどおり、午後六時までここに来るように!」
「……はい、わかりました」
クスクスと後ろから笑い声が聞こえた。
もう五年生になるというのに、このざまだ。みっともないと思う。どれだけ集中しても、数メートル先にいる人にさえ魔法が届かない。
笑われながら、一人取り残される。これもいつものことだ。
そうしてまたバカにする材料を増やして、またいたぶられる。
自分が弱いから、こうして負のスパイラルに取り残されているんだ。分かってるのに。ただ固まって、思考のループを繰り返していた時。
「みっともねえなあ、てめえ」
「そんなの自分が一番わかって……え?」
右を向く。亜空間が開いている。
嫌な汗が額を伝うと同時にすぐに体は動いた。
「そんな奴ら、俺の力で一発で殺せふぎゃっ!! 何すんだ!!」
「なななななんでお前、ロッカーにいたはずじゃ……」
「はん! あんな狭いところに何時間も入れられてたまるかよ! それより見てみろよ。あいつら、後ろががら空きだぜ? 一発ぶちかますチャンスだよ!」
「嫌だって言ってるだろ!? ていうかこんなだだっ広いところで騒動起こしたらまずいって!」
亜空間から飛び出そうとする鎌を思わず両手で押さえつける。亜空間を移動する武器なんて聞いた事ない。それでも物理的に自分の手で抑えられるだけまだマシなんだろうか。
「グレーザー! 何をしているの、早く次の授業に向かいなさい」
「は、はい!!」
先程よりも強く亜空間に押し込むと、「あ、おいこら!」と叫ぶ鎌は完全に収納され、亜空間の扉が閉まった。
不満げにする彼に少し申し訳ないなという気持ちはあるけれど、こればかりは仕方ない。
仕方ないのだ、と考えていてふと、疑問が浮かんだ。
あいつ、そういえば名前とかあったっけ。
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