第一話 変われない、使えない
とある魔法学校の教室。生徒が友達と仲良く帰っていく。劣等生の自分は、後ろの席でぽつんと座っていた。
自分が使っている教科書はボロボロで、文字なんてまともに読めやしない。かばんにしまおうと教科書を取った手は、ぐるぐると包帯が巻かれている。
悔しい。悲しい。どうして俺がこんな目に遭っている?
答えは明白だった。自分が弱いから。自分が周りより劣っているから。みんなにとってのお荷物だから。
努力すればこんな目には遭わないし、才能があれば見捨てられない。誰よりもわかっている。理解している。はずだった。
それでも現実を変えられない自分が情けない。変われない自分が恨めしい。ペンを持つ手は震えるし、教科書を開けばみんなからの罵倒の言葉が羅列しているように見えて吐き気がする。変わりたい。変わらなきゃ。変えようと行動しなければ、何も始まらない。そう思い、通学用のカバンを手にとったときだった。
「おい、お前後でいつもの場所に来いよ。来なかったらどうなるか、わかってんだよな?」
ナイフの先を首元に突きつけられたように、全身が恐怖で満たされる。今日もまた、俺は変われない。
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意識はまだある。けれど視界はほぼ真っ暗で何も見えなかった。遠くで笑い声が聞こえ、足音とともに遠ざかっていく。
今日は魔法の練習をするといって、動く的にされた。何度も体の中心に魔法を放たれた。みんなはどんどん精度が上がって、確実に俺の事を殺せてしまうような威力にまで上がっている。だというのに、自分といったら。
惨めだ。今日こそは、と思っていたのに。何度も、何度も何度も何度も思っていたのに。今日も全身が悲鳴を上げている。今日も限界だと訴えている。棒きれみたいな、弱い自分が情けない。
悔しい。悲しい。もっと、もっと自分に、強い何かがあれば。
「――力が欲しいか?」
「……?」
声が聞こえた。
遠のきそうになっていた意識がはっきりと戻ってくる。動こうとして、さんざんみんなの攻撃を受けた後だったことに気づく。痛い。起き上がることもできない。
「……ハッ! なーんてなあ! 惨めだなあ、人間! 非力でなんとも情けない姿だ! まるで枯れ木から折れた小枝みてえだぜぇ?」
それは自分が一番思ってる。
「なあ、人間。力がほしいなら、そこから立ち上がってみせろよ。そうしたら、そうさなあ。俺様は気分がいい。俺様のすべてをお前に貸してやる」
何度も魔法を撃たれて、焼けた部分を抑えながらゆっくりと動く。ヘッドショットされた頭はぐわんぐわんと揺れているが、まだ大丈夫。外壁に手をついて、なんとか体を起こした。
「……君は、誰?」
「おおっと、ここからじゃてめえは見えねえみたいだな。その目を開いてみろ」
「……」
壁伝いに、立ち上がる。全身が痛い。せめて回復魔法で、目立たない範囲だけでも傷を癒やさないと。魔法を使おうとして、先程の的あてで防御魔法のために魔力を使い果たしていた事を思い出す。……本当に馬鹿だな。俺。
ゆっくりと目を開く。頭には切り傷ができているようで、肌に自分の血が流れていく感触があった。その先にあったのは、禍々しい亜空間。闇属性魔法だろうか。そんな事をぼんやり考えていた時だった。
ゆっくりと、"それ"は亜空間から姿を現した。
すべてを斬り裂く大きな刃。柄にはガーゴイルをモチーフにした禍々しい装飾が施され、明らかにそれはただの大鎌とは呼べない代物だ。
「武具……?」
「おいおい、お前を助ける救世主様のご登場だぜ? ちょっとはテンション上げていけよぉ!」
死神の鎌。大きさは自分と同じくらいだろうか。いつだったか、教科書で出てきたモンスターが使用している武器そのものだ。
突然のことに驚いていると、救世主と名乗った大鎌はまたこちらに語りかけてくる。
「俺様はなあ、お前みたいに強い力を必要とする奴のために作られた、特別な存在なんだ! なあ、力が欲しいだろ? てめえをそこまでボッコボコにしたクズどもに、復讐するための強大な力が!」
「ッ……なんで君は、俺なんかに……」
「てめえが強く願ったからだ! 惨めで、情けない自分と決別したいんだろ? だったら俺を手に取れ! そして振るいまくれ! クソ野郎どもの魂を刈り取れ!!
俺様はお前が知っているそんじょそこらの大鎌とはわけが違う! 圧倒的な強さを誇る、死神の最終兵器だ!」
ギャハハハハ、と下品な笑い声が響き渡った。
死神の鎌は文字通り、モンスターの一種である死神が使用する大鎌だ。しかし、それらは雑草を刈り取るために使うものではない。人間の魂を肉体から取り出すためのもの。そうして魂を奪い、死神は力を得ている。
つまり、魂を刈り取るということは実質人を殺すのと同義だ。そんな事、自分にできるわけがない。けど、このままこいつを放置してしまったら?
「……わかった」
「お? 使う気にな」
何かを言われるより前に、柄を握る。
「使わないけど!! お前を誰にも使わせない!!」
「何ぃ!?」
どす黒い煙が一瞬あたりを包み込む。
とっさに離れようとする鎌を両手で握りしめる。
先に掴んだ右腕に激しい痛みが走った直後、呪いの証が刻み込まれた。
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