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不二くんは、振り回される#4

 俺は小さくなっていく彼女の背中を、呆然と見送っていた。姿勢よく、凛とした歩き姿に見惚れていたが、夕暮れの肌寒い風に晒され、俺は気を取り直した。

 黒木美麗が自分と似ていると、優は言った。納得しかけていたが、俺ってこんな奴なのか?こんなに強引な人間だろうか?優にどんな人間だと思われているのか、不安になって来た。

「(……取り敢えず家に入ろう)」

 どっと疲れが肩に乗り掛かってくる。理由は明白である。黒木美麗という人間に振り回されているせいだ。まだ彼女のことをほとんど知らないが、なんとなく彼女について分かって来た。まず確実なことは、俺がこれまで持っていた黒木美麗像と本来の黒木は全く別人ということだ。優等生であることに間違いはないし、近くで顔を見たら更に彼女は美人に感じた。しかし、どうやらお淑やかな奴ではないらしい。話も一方的に進める節があるし、何より強引だ。

 優、黒木は俺が思っている人間ではなかったよ。もっと変な奴だった。……こう言ったら「奏太も変な奴だよ」とか返されそうだな。

「ただいま~」

「お兄ちゃん!彼女が来たってホント⁉」

 どたどたと玄関に走り込んでくる少女。床板が悲鳴を上げている。

「違うよ。母さんまた誤解を生むようなこと言ったな」

「お兄ちゃん、良かったね。苦節十六年、やっとお兄ちゃんに彼女が出来ました。しくしく」

「おいなんだ。その下手くそな噓泣きは」

「おばあちゃんも草葉の陰から喜んでいるよ」

「勝手に死なすな!両方滅茶苦茶元気だろ!」

 絶対に意味を理解して使っていないな。遠くから見守ってくれているくらいにしか思ってないだろ。

「とにかく良かったね。優君以外の女の子と仲良くなれて」

「優は男だ。確かに疑いたくなるが」

 俺はスニーカーを脱ぎ、適当に妹の立花の戯言に付き合う。外も涼しくなる時間帯だが、家の中は湿度がなく更に快適だった。汗がすっと引いていく。

「何て名前なの?カノジョさんは」

「だから彼女じゃない。黒木美麗っていう奴だ」

「でも彼女じゃない人が男子の家に来たりしないでしょ、普通」

「……委員会だよ。色々話があるのさ」

 最適な言い訳を思いついた。俺は嘘を悟られないように気を付けて、平然を装った。

「委員会の話で一時間も待たないでしょ。ラインするでしょ」

「……スマホが故障しているらしい」

「ふーん……。あ、ちょっとお兄ちゃん!まだ話は終わってないからぁ!」

 立花をするりとかわして、リビングに入る。するとクーラーで異様に冷えた部屋の中で、母さんがソファに座り、テレビを見ていた。何故か背筋を伸ばし正座しながら。

 テレビに映っていたのは幼き頃の俺の動画だった。俗にいうホームビデオという物だ。妙にブレブレで、画質が転載動画かという程悪い。

「ただいま母さん……。何を見ているんだ?いや、観たらわかるんだけど」

「ううう……。あの奏太がこんなに立派になって」

「テンションが結婚式みたいになってる⁉どうしたんだ母さん?」

「だって、あの小さかった奏太が、遂に女の子を連れてくるなんて」

 いや、連れて来たわけではない。黒木が勝手に襲撃しに来たのだ。ん?待てよ。何故あいつは俺の家の住所を知っているんだ?背筋に悪寒が走る。あ、よく考えれば委員長だから住所とかは知っているのだろうか。しかし俺の個人情報が知られているというのは、いかがなものか。

「ほら見て!これは初めて自転車に乗れた時よ!」

「いや、俺小一時間で漕げるようになったじゃないか。苦労とか努力とかしてないぞ」

「あ、次は初めて二重跳びができるようになった時よ!」

「いや、これも同じ日にできるようになったし」

「これは運動会でかけっこで一位になった時ね」

「場面転換が速すぎる!」

 俺は昔からなんでも無難にこなしてしまう体質だったからか、ホームビデオを見応えがない仕上がりになってしまっている。こんな物を見ても母さんは楽しいのだろうか。


「本当に大きくなって良かったわ」


 感動している母さんを前にすると、そんなことはどうでも良くなった。

「感動しているところ悪いんだが、黒木は決して俺の彼女ではない」

「「もう結婚してるの⁉」」

「だから違うと言っているだろ!親子揃って馬鹿なのか」

「あっそ~」

「あら、そうなのね」

 突然興味を失くす二人に、俺は困惑してしまう。さっきまで俺を楽しそうに煽っていた立花は、死んだ顔をしながら二階の自室に引き返していった。母さんもおもむろに夕飯の支度を始めた。なんでそんなに興味を失くすのが速いんだ?感情の起伏がまるでジェットコースターである。

 俺は台所の横の洗面所で手を洗って、顔を濯いだ。いつもよりも激しく洗う様は、まるで憑き物を落とそうとしているみたいあると自分でも思う。黒木の問題にもう巻き込まれたくないという心理が、知らぬ間に自分の中に働いているらしい。

 野菜をみじん切りにする音が聞こえてくる。やけに今日は気合が入っているのだろうか。音がいつもよりも激しく反響している。

「母さん。今日の晩御飯はなんだ?」

 そう言って振り向くと、母さんの様子がおかしいことに気が付いた。

「そ、奏太?ごめんなさい。私、黒木さんがてっきり奏太の彼女だと勘違いしていたものだから……その」

「え?(嫌な予感がする)」

「黒木さんをあなたの部屋に入れてしまったのだけど」

「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」

 俺の脳内がフリーズした。

「奏太の部屋が見てみたいって言うものだから」

「うっそだろ⁉本気で言っているのか⁉」

「ごめんなさい。でも奏太の部屋に大したものは——」

「あるよ?」

「あるよね……」

 俺は別にオタクであることを隠しているわけではない。優や日吉にはバレているし、会話の中で「アニメ好きなの?」と聞かれたら、別に隠すことなく好きだと言う。

 だからといって、俺のアニメ部屋をクラスの女子に生で見られるというのは、俺の死滅しかけていた羞恥心たちが息を吹き返すきっかけになりかねない。要するに恥ずかし過ぎる。

 しかもちょっとした修羅場になった黒木に見られたというのがもう……。

「あぁ~俺終わったな」

 膝から力なく倒れ込む。何処からか除夜の鐘の音が聞こえてきた。

「奏太!でも、黒木さん何故か明るい表情で見ていたから」

「いやいや、何のフォローにもなってないのだが……」

 絶対に良からぬことを考えている顔だ。安易に想像できる黒木のにやけ顔。『恐怖』と画像検索すれば出てきそうである。怖すぎる。

 黒木は明日、放課後に第一資料室に来いと言っていたが、もしかするとオタク部屋のことをダシにされて脅されるかもしれない。もしかしなくてもそうだ。男と付き合えとか言われるのだろうか。

 俺は床に倒れ込んだまま、天を仰いだ。

「……」

「……」 

 地獄のような雰囲気がそこにはあった。大差負けをしている甲子園のナイターゲームのような静けさが、本来は家族団欒があるはずのリビングルームに充満していた。

 母さんが重い口を開く。

「そ、奏太。今日は奏太の好きなハンバーグよ」

 普通に嬉しい。言おうとした言葉は喉に詰まり、消化不良の胃に逆戻りした。

「……本当にごめんね」

「謝らないでくれ……」

 俺が明日の放課後に言い渡されるのは「日吉と付き合え」か「師道と付き合え」なのか、考えが頭の中を巡る。「(日吉、俺と付き合ってくれ!)」いや、ないない。それは何が何でも嫌すぎる。

「付き合うのなら、絶対優が良い‼」

「お兄ちゃん何言ってんの?」

 立花の冷たい目線がやけに目に染みた。



 夕食も地獄の雰囲気だった。立花も何かを察したような表情で、白米をかき込んでいた。

 俺は自室にこもり、ノートパソコンと睨めっこしていた。何も手につかないかと思ったが、パソコンを開いてネットサーフィンをしていると、次第に心が落ち着き、穏やかになった。

 こんなことをせずに、勉強でもすればいいのかもしれないが、そんな気力は残っていなかった。

 動画でも見ようかと思ったとき、ツイッターの通知が鳴った。お気に入りの絵師さんの呟きだった。


『ごめんなさい 今日は投稿できそうにありません 明日には投稿します』


 書かれた内容は俺にとっては、残念なことだった。毎日投稿をされている方だが、最近は忙しいという呟きが多かったので、仕方がないとは思う。だけれども気分が沈んでいる今、この絵師さんの新作が見られれば、元気がでたのになと、傲慢ながら思ってしまう。


『残念ですが 体調に気を付けて 頑張ってください! 応援しています』


 この絵師さんにも様々な事情があるのだろうなと、勝手に想像する。俺にできるのはこうやってコメントを書くことだけだ。数あるコメントの中の一つには過ぎないが、励みになれな良いと思う。俺はコメントを返信した。

 俺は椅子にもたれ掛かり、天井を見た。

 まぁ、明日黒木がする話は、俺が危惧するよりも全然くだらない話かもしれない。悩みすぎるのも良くないだろう。溜息をついて、目を閉じる。もう目が開かないのではないかという程の睡魔に襲われる。

「もう寝るか」

 パソコンを閉じようとしたとき、パソコンから間抜けな通知音が鳴る。瞬きをしながらそれを見てみる。


『いつも 応援ありがとうございます HUZIさん』


 絵師の『RIRI』さんからの返信が液晶の中に浮かび上がっていた。

 頬が緩み、緊張が解けていく。俺は少しの間考えて、RIRIさんからの返信にいいねをして、パソコンをゆっくりと閉じた。


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