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異界の用心棒  作者: ごじう だい
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黒騎士(閑話休題)

 三十郎がココタの村をでて翌日。ラグーの町に向かう商人の馬車に追いつかれた。その馬車の承認は、ゲルゼン連中の所為で滞っていた運送の行き来を再開させる為の、最初の馬車だった。

「もしかして、イカイの旦那かい?」後ろから来た馬車の御者に声を掛けられる。顔も名前も知らない男だったが、向こうは三十郎を知ってるらしい。

「ああ、そうだが?」と答えると、「乗っていきなよ。ラグーまで人の足では遠いぜ?」と言われ、御者の言葉に甘えて荷台に乗せて貰った。

 男はハンスと名乗った。辺境の村ココタとラグーの町を行き来している、行商と輸送を兼ねた仕事をしているそうだ。

 そのハンスとの道中に色んな話を聞かせて貰った。自分がココタを経ってからの事や、ギルドと言う組織の仕組み。そしてこのイラクリョーンと言う世界の成り立ちを。

 この世界の情報を知らない三十郎からの質問攻めに、聊か辟易した顔色の御者だったが、三十郎は村を救ってくれた恩人だ。二日の馬車の道中、誠意をもって質問の説明に答えた。

 人の足では五~六日掛かると言われた道中だが、流石馬車の速さ、三日後にはラグーの町の入口手前まで来ていた。来ていたのだが……。

 町の入口手前の石橋の前には、ちょっとした集落が出来ていた。

 ざっと見凡そ二十台以上の馬車が橋の前で足止めを食らっていた。その橋の前には抜身の剣を携えた一人の黒騎士が立っていた。

「何だありゃあ…?」黒騎士の姿を見て、三十郎は独り言のように呟く。「ちょっと周りの連中に聞いてきまさぁ」そう言いながら御者は馬車を止め、周りで足止めされて仕方なくキャンプを張っている連中に聞き込みを開始する。

「イカイのおじちゃんっ!!」

 聞き覚えのある声に目を向けると、何日かぶりのウィルの娘が駆けてきて三十郎に勢いよく抱き着く。今度は娘の方の酸っぱい匂いが気になったが、そこはそれ大人の三十郎、泣かれても困るので何も言わないで抱き上げる。

「おおーっ!! ウィルのお嬢ちゃんかっ!!」

 ちょっと臭うので両手を思いっきり伸ばして抱き上げて歓迎する。そう言えば名前は聞いてなかったな。

「もー! ネーナだよぅ! 名前忘れちゃったのぅ?」

 忘れるも何も、初対面の時に名乗ってなかったし最初から知らなかったが、そこはそれ大人である三十郎。「おおっ! そうだったな! ネーナちゃん!!」と話を合わせ、「ごめんな。おじさんくらいの歳になると物覚えも悪くなってなっ!」と言いながら笑って誤魔化す。

「イカイの旦那ぁ!」と続けて声を掛けてきたのはウィルだった。

 ネーナを下ろしながら、「元気だったかい?」と軽い挨拶を交わす。

「それにしても、どうしたんでぇ? こんな所に皆いるなんて」

「それが……」と事情の説明をするウィル。何でも、あの石橋の前に立ってる黒騎士は、理由の如何やこっちの事情に一切耳を貸す事なく、誰彼なしに通せんぼをしているらしい。聞けばその石橋の脇に建立されていた、小さな祠を誰かが面白半分に壊してから、石橋の前に現れるようになったそうだ。その祠は百数十年前の戦争で、たった一人で敵軍の進行をこの石橋の前で、両腕を失いながらも決死で食い止めたと言う英霊を祀った祠だったのだ。要するにあの黒騎士は、祠を壊されて化けて出た英雄の亡霊であり、それが通せんぼをしていると言う事なのだ。しかも亡霊だから相手の事情には一切耳を貸さない。これまで二組の腕の覚えのある冒険者が無理矢理石橋を渡ろうとしたが、皆悉く斬り殺されたという。なので誰も通る事が出来ず、石橋の手前でキャンプしていると言うのだ。

「なるほど……。アイツが居なくなる時間帯とかはないのかい?」

「ないんですよ。二十四時間あの姿勢でずーーーーーーーーーーーっと立って通せんぼしてんですよ……。中には三週間以上ここでキャンプ張ってる人もいます。お陰で一部が市場の様な取引を始めましたが、それでも町で売るよりも遥かに安値で、しかもだんだんと物資が少なくなってきて…。このままじゃあ……」

 共倒れになるのも時間の問題だな……。と考える三十郎。三十郎としてもラグーの町には用事がある。こんな所で時間を食ってるワケにはいかない。

「よしっ! 俺が何とかしてきてやるっ!!」

「旦那ぁ……」と、気弱に三十郎に呼びかけるウィルだが、それ以上何を言っていいのか分からず、言葉が続かない。三十郎はそのまま大股で歩き、黒騎士の前に立った。

「お前ぇさんが通せんぼしているお陰で、俺の後ろにいる連中が迷惑してんだ」

「…………」黒騎士は何も答えない。

「このまんまじゃここに足止め食らってる全員が共倒れになっちまう!」

「…………」それでも何も言わない黒騎士。何の反応もしない黒騎士に、ちょっとめげそうになる三十郎。

「だからよ…、通せんぼなんてしてねぇで、さっさと橋を渡らせてくれねぇか?」

「…何人たりとも、ここは通さん!」

「いやだから…、さっき事情説明しただろっ! 渡らせてくれねぇと皆困っちまうんだよっ!!」

「…何があろうとも…、一歩も通さん…!!」

「お前ぇさんの勝手な事情は聞けねぇな……、だがその橋は渡るぞ…?」

「では俺と決闘をするのだっ!」

「結局そうかよっ!!」言いながら刀を抜きざま、黒騎士が前に携えていたロングソードの刃の部分を、根本から叩っ斬る。カランと言う音と共に二つになったロングソードは地面に転がり、黒騎士は無防備になる。

「…………」地面に転がった自分のロングソードを一瞥すると、何事もなかったかのように背中から新たなロングソードを出す黒騎士。

「ちょっと待てっ! 今何処から出した??」

 三十郎は慌てた。黒騎士は明らかに背中に剣を背負ってはいなかった。なのに同じ武器を出してきた。何なんだこれは?

「やああぁぁぁぁっっ!!」と言う掛け声と共に斬り掛かってくる黒騎士。慌ててそれを受ける三十郎。黒騎士の振るう剣は重く鋭い。だが女神の加護を持つ三十郎の敵ではなかった。黒騎士の剣戟をかわしながら、不本意ながらも圧倒的な力の差を相手に教えるために、すれ違い様に左腕を肘から斬り落とす。

「フンッ! 俺の勝ちだな…」肩に刀を乗せた三十郎が、振り向きながら言う。

 斬り落とされた自分の左腕をチラッと一瞥した黒騎士。

「こりゃかすり傷だ」

「何だとぉ??」明らかに左腕を斬り落とされている……。三十郎にはその言葉が信じられなかった。

「じゃ、ソレ何だよ?」斬り落とした左腕を指しながら黒騎士に問う。

 自身の左腕をチラッと一瞥して言う「……要らないから捨てた」

「嘘吐けぇっ!!」思わず怒鳴ってしまう三十郎。

「いいから掛かって来いよっ!!」と言いながら、自分から斬り掛かる黒騎士。

「きえええぇぇぇぇぇっっ!!!」怪鳥音と共に斬り掛かってくる黒騎士を簡単にいなし、またまた不本意ではあるが、ロングソードを構える右腕を肘から斬り落とした。

「フッ! 今度こそ俺の勝ちだ…」

 両腕を斬られてキョロキョロとしている黒騎士に背を向け、刀を振るって鞘に納め、雄祐と橋を渡る三十郎。

「たああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「どええぇぇ……っ!!」黒騎士に後ろから思いっきり腰の辺りを蹴られる三十郎。仰け反った拍子に腰と背骨の骨がボキボキと鳴る。

「てンめええぇぇぇぇぇぇ……っ!!!」

 怒りを込めてそう言いながら、四つん這いの姿勢で振り返ると、両腕がないのに軽く滑らかなフットワークを切る黒騎士がいた。まだまだ戦う気満々そうだ。

「まだまだこれからだぁっ!!」と高らかに言う黒騎士。

「いやもう無理だろう」膝の埃を払いながら言う三十郎。

「もうやる気はないのか?」尚もフットワークを斬りながら言う黒騎士。

「馬鹿野郎っ! お前ぇには両腕がねぇんだから、これ以上戦うのは無理だろ…」

「逆にサバサバしたぁっ!」両腕を失っても闘志が折れない黒騎士。三十郎は絶句するしかない。

「ほら、蹴ってやるぞっ!」華麗なフットワークで尻に蹴りを入れてくる黒騎士。大して痛くはなかったが、条件反射的に思わず「あいたっ!」と言ってしまう。

「どうした? 反撃しないのか? 腰抜けっ! こーしぬけぇ!!」

 三十郎が呆れていると、更に調子に乗って蹴ってくる黒騎士。痛くはないが余りにも鬱陶しいので、何も言わずに刀を抜き、右足の膝から下を斬り飛ばす。

「よくもやったなぁっ! 今度はこっちの番だ。やっつけてやるぞぉ!!」

 両腕を失い、右足まで斬り飛ばされた黒騎士にどうやったって勝ち目はない。しかしこのしつこさは何なんだ? 片足でケンケンしながら体当たりしてくる。三十郎は思わず天を仰ぐ。

「黒騎士に負けはないのだぁっ!!」と叫びながら、しつこく体当たりを繰り返してくる黒騎士の左足の膝から下を無言で斬り飛ばす。ついに四肢を切断された黒騎士は反撃できなくなった。

「あ~~、こりゃ引き分けだ」尚も自分の負けを認めない黒騎士。

 三十郎はどっと疲れを感じながら、「やっと終わった」と辟易しながら、刀を鞘に納める。そして踵を返して橋を渡り始めた。

「待てえぃ!!!」の黒騎士の声に振り返ると、肘から先、膝から下のない状態でも追いかけてきた。余りのしつこさと奇怪な行動に「うわあぁぁぁぁっっ!!」と思わず悲鳴をあげ、全速力で橋の上を走る。黒騎士は橋を渡り切る手前で転んでしまう。「まだ勝負は終わってないぞ! 逃げるのかこの卑怯者っ!!」

 橋を渡り切った三十郎は、これまでにない恐怖を感じていた。「しつこい」と言う形容じゃ済まない。最早「怨念」とも言うべき闘志は一体何なんだ? 理解できない!! そう思っていると橋の向こうから一斉に足止めを食らっていた馬車や人が橋を渡って来た。橋を渡り切る手前で転んだ黒騎士を遠慮なく踏みつけながら。踏みつけられた黒騎士の背中には、数名の靴跡と蹄のと馬車の車輪がのこっていた、全員が渡り切ったあと、踏みつけられた黒騎士はそのままピクリとも動かなくなり、やがて吹いてきた風に吹かれて、煙の様に消えて行った。

「旦那ぁ、ありがとよっ!」「やっと通れた。ありがとう」足止めを食らっていた連中が口々に礼を言いながら、感謝の気持ちとして金や食い物などで示しながら、橋の先で座り込む三十郎に渡して通り過ぎていく。三十郎の前には食料や金などが集まるが、目は完全に死んでいてそれらの感謝の印が何なのかを理解できない。

 通り過ぎる人々からの感謝の言葉を受ける当の三十郎は「ああ…」とか「こっちこそ…」とか「ありがとよ…」などの礼の言葉を口にするが、その声には感情がこもってなかった。ただただ、先ほどの黒騎士のしつこ過ぎる執念に未だ恐怖していた、

「旦那ぁ、乗ってくかい?」五頭の馬を引き連れた馬車を引くウィルに声を掛けられる。

 ここまで乗って来たハンスの馬車はまだ後方にいた。

「ああ……、頼む……」と言いながら馬車の荷台に乗り込む三十郎。一刻も早くこの場を離れたくて荷台に乗ると、さっそくネーナが抱き着いてきた。

「イカイのおじちゃんっ! やっぱり強いねっ!!」と嬉しそうに抱き着いてくるネーナ。彼女の酸っぱくて幼い体臭を鼻に感じるが、今はそれすらも愛おしく思えて安堵する三十郎だった……。

「なぁ…、ウィル……」疲れた声で話しかける三十郎。

「何ですかい? 旦那」

「あの黒騎士が祀られてた祠の修理は、誰に頼めばいいんだ……?」

「ラグーの町の町長に頼めばいいんじゃないですかねぇ?」

「…………」

 ネーナにじゃれ付かれている三十郎は、それっきり黙り込んで、会話を続けようとはしなかった。


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