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異界の用心棒  作者: ごじう だい
6/14

ココタの村2

 ギルド前に到着した三十郎だが、その後ろにやはり約30人程の村の男たちが付いて来ていた。コソコソと物陰に隠れているつもりだろうが、その物陰が小さくて隠れきれていないヤツ等もいる、そこから小さな声で「押すなよ」「そっちこそ」とか言い合ってる声が聞こえてくる。

「はああああぁぁぁぁぁぁぁっ…‥‥」と大きく溜息を吐く三十郎。そして大声で告げる。

「おいっ!! お前ぇ等!! 俺はこの先のぎるどには一人で入るっ! 付いて来やがったら今度は叩っ斬るぞっ!!!」 

 三十郎の怒鳴り声に「ひいいぃぃぃっ!」と悲鳴が上がり、隠れていたつもりの村の連中は一斉に距離を置いた。

 もう一度「はあぁぁっ!」と溜息を吐くと、三十郎はギルドのドアを開けて中に入って行った。

 入ってすぐ目についたのが、昨日酒場で見かけた四人の男達だった。その男達を確認した瞬間、鋭い矢が飛んできたが、すぐさま抜いた刀で叩き落す。見ると、二階の廊下に二人の弓兵がいた。素早く次の矢を準備するが、その隙に三十郎は室内の全体を見渡す。正面にカウンターがあり、その前であの四人が震えながら剣を構えていた。カウンターの右恥に二階へ続く階段があり、その階段の一番上に、露出の多い奇妙な恰好をした若い女が、長さ三十センチほどの棒を持って立っていた。その階段から上は左横に伸びていて、真ん中に両開きのドアがあり、その両側にさっき確認した弓兵が二人、弓を構えて立っていた。

 室内の様子を素早く確認している三十郎の隙を付いて、昨日の四人の内の二人が「うわああっ!」とヤケクソに叫びながら斬りかかって来た。すぐさま一人を刀で弾き返し、もう一人を刀で受けるが、よく見るとその顔が腫れている。恐らく仲間に痛めつけられたのだろう。必死の形相で斬りつけて来てるが、三十郎の視界の隅に、ソイツの背後から飛んでくる二本の矢が見えた。一本はソイツの背中に当たったが、もう一本ほ三十郎の顔に向かって飛んでくる。その矢を反射的に左手で掴む。背中から射られた男は急に力を失い、その場に崩れ落ちた。その瞬間辺りの空気が急激に冷え込む。只ならぬ危険を察知した三十郎。

「フリーーーズッ!!!」

 階段の上に居た女が叫ぶ。それよりも僅かに早く、三十郎は横っ飛びでさけた。矢を受けて崩れ落ちた男と、再び三十郎に斬りかかろうとしていた男を巻き添えにして周りが瞬時に凍り付く。恐らく二人の男は即死であろう。そのまま出来の悪い氷の彫像と化した。

「ちいっ!! 役に立たないわねっ!!!」女が言い放つ。

 再び三十郎に矢が飛んでくる。それをいとも簡単にそれを右手の刀で斬り落とす三十郎。ギルドの建物に入った時から、女神テテュースの加護が働いている。なので三十郎にとっては、弓兵の放つ時速百キロ以上に及ぶ速度の矢がゆっくりに見えているのだ。

「コイツ等ぁお前ぇ等の仲間だろう!? その言い草は何でぇ!!!」

 余りの物言いに、思わず怒鳴る三十郎。それを嘲笑う女。

「仲間なんかじゃないよ! 下にいる四人はこの黒豹のただの使い捨ての駒さぁ!! 弱っちぃF級だからねぇっ!!」

「このクソアマァ……っっ!!!」

 怒髪天を突く。三十郎はこれまでにない怒りの感情を覚えた。仲間を使い捨ての駒と言い切るその非情さに。

「ひいいいぃぃぃぃっ!!!」

 死に恐怖した残りの二人が入口から外に逃げようとする。だがその入口は、さっきの魔法でドアごと凍らされていた。二人は必死にドアを開けようとする。

「おい!待てっ!! さっきの場所に……っ!!」戻れと言い掛けた三十郎だが、恐怖に取付かれた二人には聞こえなかった。その二人の背中に飛んできた矢が射貫く。そしてそのまま絶命した。

「貴様らぁ……っっ!!!!」怒りの目を向ける三十郎。

「アイシングアローーっ!!」

 そんな三十郎の怒りを無視して、階上の女の右手の棒から五本の氷柱状の矢が放たれる。その内の三本を瞬時に避け、二本を刀で叩き砕くと、そのまま一直線に階段に向かう。

「くっ…! ファイアボールっ!!」

 階上の女が棒を三十郎に突き出して叫ぶ。そのタイミングに合わせて三十郎、左手に持っていた矢を投げつけた。その女の魔法の火の玉が棒の先から出るが、投げつけられた矢に当たり爆発する。

「ぎゃっ!!」と目の前で起きた爆発に怯む女。三十郎は階段を駆け上がる途中で身を屈めて爆発を避け、刀を峰に持ち替えると、それを女の横っ腹に叩きこむ。

「げふぅっ!!」とカエルが潰されるような声を上げ、女はバランスを崩して階段を下まで転がり落ち、そのまま動かなくなった。峰打ちなので恐らく死んではいないだろう。

 続けて二人の弓兵に急襲する。手前の弓兵は膝を着いて下段を狙っていた。後ろの弓兵は立ったままだ。二人同時に矢を射るが、僅かに二人の間に距離があった。だが放たれた矢は後ろの射手の矢が速かった。が、三十郎は首を傾けただけで上段の矢を避けると、後からきた下段の矢を刀で振り払った。そのまま二人に近づき、刀を振るう。二本の左手が血煙と共に飛ぶ。

 左手と弓を斬られてぎゃあぎゃあ叫んでいる手前の弓兵が、ドアの前でのたうって邪魔になっていた。三十郎は「どけっ!と言い放ちながらその男を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた男は、「うううっ…」と呻いて少し静かになった。

 硬い密度の木製のドアを開けると、そこに三本のナイフが飛んできた。その内の二本を刀で叩き落とし、もう一本は首を傾けて避ける。そのナイフは背後の硬い扉に突き刺さったが、その扉を貫通するほどの威力だった。

「オメーが噂の余所者か?」

 ドアから正面に位置する二人掛けのソファーに、どっかりと座って足を組み、不敵な面構えの小僧がいた。外に居た連中よりも高価そうな金属の防具を纏ったその小僧、恐らくはその防具はかなり強力なのであろう。そしてその小僧の傍らに、見ため清楚そうな恰好をした女がいる。

「手前ぇが黒猫のクソのゲリベン? だっけか?」

 ゲルゼンの頬がピクリと引きつる。そのまま何も言わず、予告もなしに素早く三本のナイフを投げる。それを瞬きもせずに二本を刀で捌き、時間差のフェイントで投げられた三本目のナイフを柄で掴む三十郎。

「同じ手は俺には通用しねぇよ! 今から外の連中と同じ目に合わせてやるから、ふんぞり返ってねぇでとっとと掛かって来いゲリベン小僧っ!!」

 啖呵を切りながらナイフを投げ返す三十郎。それを素早く抜いた剣でさばきながら、ソファーから素早く立ち上がって三十郎に襲い掛かるゲルゼン。ギィンと金属がぶつかる音が室内に響き、お互いに両手で握った武器の鍔迫り合いの後、お互いに相手を押し戻し、結果三十郎とゲルゼンは距離が開く。刀身はゲルゼンの方が長いが、それでも三十郎には届かない間合いだ。

「よくそんな細身の剣で受けられたなぁ!!」

 刃幅が広くて、刀身が長い剣を右手一本で肩に担ぎながら言う。見た目通りのかなり重たそうな剣だが、それを軽々と振り回すゲルゼンの腕力は相当なモノであろう。

「手前ぇの刃幅が太いだけのなまくらとは違ぇのさっ!」

 言いながらフフンと鼻で笑い、刀を右手に下げて言う三十郎。

「多少は腕に覚えがあるようだが、俺から見ればまだまだだ。小僧!」

「……んだとぉ!?」

 ゲルゼンの殺気が、静かだが一気に上がり、目の色が変わる。

「……ほほぅ…。殺る気だけは十分なようだなぁ…」その殺気を感じ取るが、まだまだ余裕の三十郎。ニヤニヤと挑発しながら言う。

「アリーっ! 俺にブーストの強化魔法を掛けろっ!! このクソオヤジをぶっ殺してやるっ!!!」

 アリーと呼ばれた女は、三十郎にはハッキリと聞こえない声でブツブツと何かの文言を口にする。そして大声で「ブースト!」と言いながらゲルゼンに手を向けて光を放った。だが三十郎にはブーストの意味が解らない。ぶーすと? 何を意味する言葉だ?

「死ねえええええぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」

 叫びながらゲルゼンが斬り掛かって来た。さっきまでの動きとは格段に速さが違う。一瞬の内に十回以上の剣戟を放ってきたが、三十郎はそれを全て刀で受け流した。ゲルゼンは自分の全ての攻撃が通用せずに再び距離をとる。

「何やら動きが多少速くなったが、あの女が何かしたのか?」

 魔法と言う業をまだあまり理解できてない三十郎は素朴な疑問を口にする。その疑問に、馬鹿にされたと思ったゲルゼンとアリーの殺意が更に上がる。

「アリー! もう一度ブーストをっ!! 重ね掛けだっ!!!」

 また傍らの女がぶつくさと念仏の様な何か言い、「ブースト」と大声で言いながらさっきと同じ光をゲルゼンに放った。

「うおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!」

 雄叫びを揚げてゲルゼンが再び斬り掛かってくる。さっきよりも速い動きで。だが三十郎はまたしても全ての攻撃を受け流しきった。

「どうした? さっきよりも動きは良くなった様な気がするが、その程度か?」

「……っっ!!」絶句するゲルゼン。

 何なんだコイツは? ゲルゼンは初めての純粋な恐怖を感じていた。冒険者としてB級にランクアップするまでに色んな敵と戦ったが、こんなに得体の知れない恐怖を感じた事はなかった。俺は今、何を誰を相手にしてるんだ? このままでは確実に負ける。絶対に死ぬ。ゲルゼンを恐怖が包む。

「アリーっ! もう一度掛けろっ!!」

「三重は無茶よっ! アンタの身体が持たないわっ!!」

「いいから早くしろっ!!!」

「………っ!!」

 アリーが迷っていると、ドンっと階下からギルドの建物を揺るがす程の音が聞こえてきた。外側から建物を何か重いモノで叩いている様な音だ。それは三十郎の後を付けてきた村人連中が、抱えた丸太で内側から凍らされて開かないドアを打ち破ろうとしている音だった。

 このままでは自分達が危ない。アリーは危機感を感じ、そう怒鳴るゲルゼンに仕方のない感じでブーストを掛けるアリー。その魔法を受けたゲルゼンは、目が真っ赤になり、耳と鼻からは血が吹き出していた。三重の強化魔法の負担で肩で息しているゲルゼン。かなり苦しそうだ。

「うわあああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 ヤケクソ気味な雄叫びで斬り掛かってくるゲルゼンだが、剣戟の速さは確かに上がっていた。が、最初の攻撃と比べると、明らかに時間が短くなっていた。最初の攻撃の半分にも満たない刹那の時間であった。それすらも三十郎は難なく受け流した。あり得ない! あり得ない!! 何だこの状況は!?

「何なんだ? てめぇはぁ!!!」喘ぐような呼吸をしているゲルゼン。

「フンッ! ただの流しの用心棒さ…」それに鼻で笑って答える余裕の三十郎。

「さらに動きは速くなったが、今度はあっと言う間に体力切れだなぁ。最初の威勢はどうした? 小僧!」

 肩で息をし、気力だけで立っているゲルゼンに、三十郎は無常に言う。その三十郎は全く息が乱れてなかった。ゲルゼンが手にしてる剣が異様に重く感じる。負ける。このままでは確実に負ける。少しで長く戦って勝ち目を見つけなければ……。

「アリーっ! 俺にヒールを掛けろっ!!」

 何度目かの建物を揺るがすドンっと言う音が階下から聞こえてくる。そして木が裂ける音や氷が砕かれる音が聞こえて来て、ギルドの建物に数人の足音が響く。

「………!」

 アリーは何も言わずに回復魔法の呪文を唱える。ブーストと同じようにゲルゼンに光を浴びせると、傍から見てても回復しているのが分かる。荒かった呼吸が整い、剣にもたれて立っていた身体の背筋が伸びている。

「これで最後だよゲルゼン!! もう魔力が殆ど残ってない! アタシはもうアンタに付き合あってられないから、ココいらでトンズラさせて貰うよ!!」

「アリーっっ!!!」

 アリーはそう言うなり、ゲルゼンを見捨てて既に行動していた。窓を開けて外へ飛び出す。

「…くそぅっ……!!」ゲルゼンは再び剣を構える。

「随分と薄情な仲間だな。それもお前ぇの人徳ってヤツか」呆れながら鼻で笑う三十郎。

「うるせえええぇぇぇぇっっ!!!」

 叫びながら斬りつけてくるゲルゼン。だが動きはさっきと違って遅く、三十郎にとっては簡単にいなせる剣戟であった。ゲルゼンの全ての剣の軌道が見える。三十郎はゲルゼンの剣を全て打ち払いながら、豪華な宝飾がされている籠手を、難なく手首ごと斬り払った。

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」と絶叫するゲルゼン。

「オイオイ…。…手前ぇ、今までこの村で好き勝手やってきたんだろぅ? 手首断っ飛ばされたくれぇでそんな情けねぇ声だすなよ…」

 三十郎のその言葉は、冷たい死神の声に聞こえた。情け容赦のない、抗えない死の宣告そのものだった…。

 その時、三十郎の背後のドアが勢いよく開いた。そこには手に様々な道具や石を持った村人が十人ほど立っていた。

「ひっ? ひいいぃぃぃっっ!!」

 憎悪の復讐の目を向ける村人達に、ゲルゼンが思わず悲鳴を上げる。

「た…助けてくれ……、金なら幾らでもやるから…、なあ、頼むよ…‥。俺をここから助け……」

 命乞いをするゲルゼンの言葉を遮る三十郎。

「その金だって、元々はこの村の連中のモノだろぅ? お前ぇをどうするかはこの村の連中が決めるこった……」

 冷酷に言い放ち、踵を返しながら刀の血を振り払って鞘に納め、部屋を後にする三十郎。入れ替わりに雪崩れ込んだ村人に囲まれるゲルゼン。三十郎の背中から絶望の悲鳴が聞こえてきた……。

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 ギルドの外に出ると、さっき二階の窓から逃げたアリーが、村人に縛られ連行されている場面に出くわした。顔は殴られて晴れ上がり、着ていた服は全部剝ぎ取られ、全裸で村人に連行されていた。その中には村の女も数人混じっていたが、誰もアリーの裸を隠そうとする者は居なかった。

 三十郎は目を背けると、そのまま宿屋に向かった。時刻はまだ夕方だが、日は沈みきってなく、西日が暑くて眩しい。騒めく村を歩いていると、復讐心で高揚した村人に充てられたのか、三十郎は異様に疲れを感じていた。考えてみたら朝飯も昼飯も食ってない。腹も減っていたし、早く風呂に入ってゆっくりと休みたい。

 途中ギルドに向かう道すがらに何人もの村人に声を掛けられた。皆興奮した様子で、どうやらゲルゼン一味の吊るし上げ宴会を開くらしい。三十郎自身はヤツ等に何かされたワケじゃないし、そもそもそんな悪趣味な宴会に参加する理由もない。ただ成り行きでこうなってしまっただけで、自分が原因でこの村の問題を解決したのだとしても、その後のバカ騒ぎに付き合う義理はない。宿屋へ戻る途中に、十回以上の誘いを村人から受けたが、それらを全て断った。だがそんな同じ誘いを何回も断る事に三十郎は疲れ果て、足取り重くもやっと宿屋へ辿り着いた。

 ドアを開けると、カウンターの内側に店主の妻が立っていた。三十郎を見て睨んでる。昼間の騒動が原因だろう。

「…女将、店主の様子はどうだい?」

「…………」何も答えない女将にふぅっと息を抜く三十郎。致命傷までは負ってはいないと思うが……。

「……すまんな…。もう一晩だけ厄介になる…」

 そう言いながら二階へ向かおうとする三十郎。

「お待ちよ! そんな血の匂いプンプンで部屋使われたら、匂いが部屋に染み付いて当分使えなくなっちまう。今から風呂沸かすから、エールでも飲んでこっちで待ってなよ」

 女将がカウンターの席を指さす。三十郎は黙って席に座る。女将も黙ってエールが並々と注がれたジョッキを置く。そしてそのまま風呂の準備をしに奥へ引っ込んだ。エールは相変わらず不味かったが、それでも今日一日の出来事を癒すほどの酔いを与えてくれた。

 半分ほど飲んだところで、女将が戻って来た。外は薄暗くなっており、宿屋から百メートルほど離れた広場からは、村人の歓声と、それに混じった男女の悲鳴が聞こえてくる。

「風呂の準備が出来たよ。着替えも石鹸も用意してある。アンタが今着てる物は洗濯しておくから脱衣所に置いときな!」

「…すまん。世話になる…」一言礼を言って風呂場へ向かう。

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 風呂から上がったが、三十郎は心まではサッパリになれなかった。外からはまだ村人の復讐への歓喜の声が聞こえてくる。

 昨晩と同じ着替えを用意されていたが、それに対して文句を言う気もなく、カウンターの中で何やらやってる女将には何も言わず、部屋へ行こうとする。

「食事の用意、出来てるよ!」女将の大声の呼びかけに足を止める三十郎。

「……すまねぇな…。今日は食う気がしねぇんだ…」

「ダメだよ! 食べなっ!! せっかく作った料理が無駄になっちまう。それにアンタ、今日は朝から何も食べてないだろ?」

「……わかった…。食うよ…。だが昨日の半分くらいの量でいい……」

 そう言いながら席に着く三十郎。空腹感は感じていたが、どうにも食欲が湧かなかった。

 出された料理は昨日と同じ、トマトソースのパスタとビーフシチューだった。それをモソモソと食う三十郎。昨日ほどの美味しさは感じられなかった。そんな三十郎を見ていた女将は、三十郎の前に氷の入ってないロックグラスを置いて、昨日と同じウイスキーを並々と注ぐ。

「食欲はなくても酒は飲めるだろ?」おちょくるような表情の女将に、苦笑する三十郎。

「…ああ…、ありがとよ…」三十郎は礼を言いながら、僅かに微笑んで女将にロックグラスを掲げた

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 外はもうすっかり暗くなっていた。

 ゲルゼン一味との決着から一刻ほど経っているはずだが、まだ村人の喧騒が聞こえてくる。だが辺りが暗くなってから半刻ほどしか経っていない。三十郎にとっては今日一日が長すぎた感があり、村人連中にとってはまだ宵の口の時間であった。

 風呂にも入り、腹を満たし、いい塩梅に酔った三十郎は早々に床に就いた。そしてそのまま深く眠りに就く。今日一日の出来事を忘れるかのように……。

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 目が覚めたのは夜明け前だった。

 三十郎は私服に着替えると、なるだけ音を立てずに廊下を歩き階下へ降りた。外は誰時の明るさになっていた。そっと酒場を通る。

「挨拶もなしに行くのかい?」

 突然の声に振り向く三十郎。カウンターの内側に包帯まみれの店主がいた。

「脅かすない」苦笑しながら答える。

「何でこんな時間に起きてる?」

「ああ…、昨日ヤツ等にやられた所が痛くってなぁ。だからこんな時間に目が覚めちまったさ…」

「身体は大丈夫か?」

「…刺し傷切り傷はねぇから、一週間もすれば治るだろうよ。ただ、昨日の今日だからなぁ…。イテテテ…」

「……短けぇ間だが、色々世話になった…」

「いいさ、それよりも旦那。一杯だけ付き合ってくれねぇか? このままじゃあ痛くて眠れやしねぇ。酒で誤魔化さねぇと…」

 そう言いながらカウンターの下からウイスキーと、シングルショットのグラスを二つ出す。

「コイツは前のよりいい酒なんだよ。何しろ二十年物だからな…」

 ショットグラスに並々と注がれる琥珀色の液体。

「俺は次の町まで歩いて行こうと思ってるんだが、どれくらい掛かる?」

 チラリとウイスキーを舌先で舐める。なるほどこの間飲んだウイスキーよりも上質だ。まろやかさがまるで違う。

「村の入り口からそのまま真っ直ぐ行けば、ラグーって町に通じてる。ココタは辺境の村でね…。この村より先は何もない…。歩いて行くなら、恐らく五~六日は掛かるよ……」

 グラスを合わせながら少し寂しそうに言う店主。

「そうか…、ありがとよ」そう言ってウイスキーを一気に口に含み、転がすようにして飲み干した。

「旨かったぜ!」そう言いながらショットグラスを置いて、出て行こうとする三十郎。

「旦那ぁ、コイツをを持ってってくれよ」そう言いながらカウンターの下から袋を出す店主。

「この村の数少ない特産品だ。石鹸と魔物避けのお香だ。焚火にくべれば魔物は寄ってこなくなる、それと、旦那の好物の酒も入れて置いたぜぇ!」

「フッ! じゃあ有難く貰っておく」言いながら受け取り、バッグに仕舞う。そしてドアを開けて外へ出ようとする。

「旦那ぁ!」店主の声に振り返る三十郎。

「そう言やぁ、旦那の名前をまだ聞いてなかったよ! 宿屋やってると役人が煩くってねぇ。こっちで宿帳に適当に書いておくから、名前教えてくれねぇか?」

「伊海三十郎だ…。もうすぐ四十郎だがな……」

 今更かよ…。と思いながら、三十郎は苦笑気味に答える。

「またこの村に来てくれよなっ!」笑顔で送る店主に「ああ、また来るさ。あばよ」と答える三十郎。

 そして静かに酒場のドアを閉めた。

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 村の門に向かって歩いていると、途中に広場があった。

 流石に夜明け前のこの時間には、騒いでる者は誰も居なかったが、広場で数人の男達が酔い潰れていた。

 その広場の一番目立つところに台が置かれ、そこに十一の生首と、その隣に五つの死体がくの字でぶら下がっていた。ゲルゼンの一味だった。ぶら下がった死体の下には大きな血だまりがあり、そこにはまだ死体からの血が水滴の様に滴り落ちていた。

「…………」

 朝焼けの逆光に、それらの輪郭は僅かにしか見えず、三十郎は足を止めて右手を胸の前にかざして静かに言う。

「……南無阿弥陀仏…」

 そして踵を返すと、いつもの姿勢を取り、二度と振り向かずに村を後にした。

(ドン!フォフォッカッ♪ ドン!フォフォッカッ♪ ドン!フォフォッカッ♪ パラッパラッ♪)


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