ココタの村1
村に着く前にすっかり陽は落ちて、足元もよく見えないほどに辺りは真っ暗になった。だが眼前には人の暮らす灯りが見えていた。
「アレがゲルゼンがいるココタ村か……」
独り言を漏らしながら、暗闇を灯りに向かって歩く三十郎。野宿しないで済むと言う気持ちと、早く風呂に入りたいと言う気持ちが、足を早らせる。
村に辿り着くと、周囲は木で出来た塀に囲まれた門があった。その門の横に槍を持った門番らしき男が椅子に座っているのだが、その槍は塀にたけ掛け、その槍にぶら下がるようにして、酒臭い息を吐きながら鼾を掻いて寝ていた。足元には酒瓶が転がっていた。
「おい! 俺ぁ流れ者だが、この村に入っていいか?」
一応尋ねると「んあぁ?」と寝惚けた声で、右手をひらひらと振る。それを許可と受け取り、三十郎は村へ入って行った。
村の中は閑散としていた。すっかり暗くなったせいもあるだろうが、暗くなってから、まだ半刻程度しか経っていない。まだ宵の口の時間であり、自国に居た頃はこのくらいの時間なら、家々からの団欒の灯りがあったのだが、この村にはそれが殆ど見当たらない。
建築様式も日ノ本とは違っていた。殆どの建物が木造建築なのだが、日本家屋の面影は見当たらなかった。
しばらく歩くと、一軒だけ煌々と灯りのある建物が見つかった。近づくと、中から数人の歓声が漏れ聞こえる。三十郎はそこに入ってみる事にした。
ドアを開けて中に入ると、さっきまで談笑していた連中が一気に無言になり、訝しげな視線をこちらに向けてくる。そんな事に慣れ切ってる三十郎は気にもせず、つかつかと連中の隣を通り、カウンターの中の店主らしき男に声をかけた。
「この村に宿屋はあるかい?」
五十代半ば程の店主は、三十郎の恰好を一瞥し、その身体から漂う臭いにあからさまに顔をしかめながら。
「この店は宿屋も兼ねてるが、お客さんみたいな人はお断りしております」
慇懃な態度で無碍もなく言い放つ店主。三十郎はそれを無視して。
「二~三泊ほど世話になりてぇんだが?」
「ですので、お客さんみたいな不潔な方はお断……」
「じゃあ、こいつが言えばどうだい?」
ウィルからもらった金貨を一枚、親指で弾いて店主に投げる。金貨1枚分だったら、この宿屋なら2~3日程度は十分だろう。三十郎はそれを見越して金貨を投げ渡した。店主は二~三日でいいと言う三十郎に驚く。二十日泊まっても十分に儲けがある額だ。
「わかりました。すぐに部屋へご案内……」
「その前に風呂だ。さっぱりしてぇ。その後に飯と酒だ。それと着替えと、あと今着てる服の洗濯も頼む」
金貨一枚であっさりと態度を変える店主にフッと苦笑いが漏れる。三十郎にとってはよく見た場面だ。
「か、かしこまりました! ただ、風呂を沸かすのには少し時間が掛かりますんで、何か飲み物でも飲んでお待ちください」
「じゃあ、後ろの席の連中が飲んでるのと同じヤツをたのむ」
「かしこまりました!」
そう言って、店主はジョッキにエールを並々と注ぐと、奥にいる中年女に風呂を沸かすよう指示しにいった。結局何処の世界でも金がモノ言う。そう思いながら苦笑し、エールを一口飲む。アルコールの度数はそこそこありそうだが、味はあまり美味しくはなかった。
「おい! そこの小汚ぇオッサン!」
突然後ろから声を掛けられる。まだ一口しか呑んでねぇってのにと思い、ゆっくりと振り向くと、先ほどまでテーブル席で談笑していた五人の二十代と思しき若い男たちが、酒臭い息をまき散らしながら、三十郎を囲んでいた。
「随分羽振りが良さそうじゃねぇか! その服はどこの恰好だ? 乞食の間じゃそんな恰好が流行ってるのか? まさか手前ぇみてぇな成りで金貨持ってるとはよぉ!」
いちゃもんを付けてきた連中の恰好は、どれも似たり寄ったりだった。薄汚れた襟なしのTシャツの上着に皮の胸当てか肩当て、そして左右どっちかの腕に皮の籠手を装備している。下は現代で言う作用委の様なズオンで、ポケットが六つほどあった、そんな五人共似た様な格好なのだが、そんな恰好がこの世界の基準と言うのなら、着物姿で髪の毛を後ろでまとめ、それを頭の天辺で更に纏めている着物姿の三十郎の恰好は奇妙なのだろう。
「ああ、あと二枚ほど持ってるが?」
自身の恰好には答えず、連中が食いつきそうな質問にだけ答える。
「痛ぇ目見たくなかったら、その金を俺たちに寄こしなっ!」
「お前ぇ等、乞食の俺に集ろうってのか? 俺が乞食なら、お前ぇ等は何でぇ? 乞食以下の蛆虫か? それとも黒猫のクソか?」
フッと鼻で笑いながらあしらう三十郎。
「何だと!? この野郎っ!!!」
一番体格のいい男が剣を抜く。それを抑えて、リーダーらしき男が口を開く。
「俺たちゃ楽しい酒を飲んでたんだ。それを臭ぇテメェが入ってきて、酒の味が台無しだ。その弁償をしろと言ってんだよ…」
なるほど。俺よりも若ぇヒヨッコ風情が尤もらしい理屈を付けて来やがる。クソ生意気な若造ってのは何処の世界でもいるもんだ。
「ここじゃあ何だ。店に迷惑が掛かる。表に出て話さねぇか?」
三十郎の提案に、リーダー格の男の頬がヒクッと動く。表に出て話すと言うのは、穏便にと言う事ではないのを理解していた。
「……いいだろう…」
三十郎の提案を受け入れ、五人と三十郎は店のすぐ外に出る。出ると同時に剣を抜いたヤツが四人。リーダー格の男だけはまだ抜いていない。四人は早速剣を構えて三十郎を取り囲んだ。リーダー格の男三十郎の正面に立っていた。
「どうしたぃ? 斬り合いが怖くねぇんなら、テメェも早く抜けよ」
言いながら、袖口から両手をだす。
「黒猫のクソの連中は臆病者の集まりか?」と更にする三十郎。
「死ねええぇぇぇっっ!!」と言う雄叫びと共に、真後ろの男が斬りかかってきたが、キンッと言う金属音と共に、その剣は、三十郎の振るう刀に、刃の根本から斬られ、回転しながら弧を描いて地面に突き刺さる。
「くそっ! こんな時に剣が折れやがったっ!」
「馬鹿たれ! 斬ったんだよっ!!」
折れたのか斬られたのかの判別もつかない男に、ぶっきらぼうに言い捨てる。
「…ああもぅ、めんどくせぇ! まとめて掛かって来いっ!!」
三十郎の挑発に、先に剣を構えていた残りの三人が同時に斬りかかるが、金属音が3つ鳴り響いて、三つの刃の部分だけが宙を舞う。それを見てたリーダー格の男が、慌てて剣を抜こうとするが、抜いてる途中で三十郎に根元から斬られ、刃だけが鞘に戻り、柄だけを構える何とも間抜けな状態になった。
「どうでぇ? この乞食のオッサンの腕前はよぉ?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、三十郎は刀を仕舞う。五人の男達は、あまりの実力差に腰を抜かし、尻もちを付いて「ひいぃぃ…」と情けない悲鳴を上げながら後退りしている。
「まだ俺から金が欲しいか? それとも俺に斬られてぇか? ん?」
刀を肩に乗せながらリーダー格の男に詰め寄る。男は真っ蒼になって、声も出せずに震えて首を横に激しく振る。
「だったら俺の気分が変わらねぇ内にとっとと失せろぃ!! 今度は本当に叩っ斬るぞっ!!!」
三十郎の迫力に悲鳴を上げながら、慌てて逃げ出す5人の男。
覚悟もねぇクセに簡単に抜きやがって。まったくどこの世界でも粋がったクソガキは居るもんだ。そう思いながら地面に突き刺さった剣を引き抜いてみた。刃欠けだらけで手入れもされてない、切れ味の悪そうな剣だった。
「ふん! なまくらじゃねぇか!」
ポイっと放って、三十郎は店に戻った。
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「あ、お客さん。風呂の準備が出来ましたよ。それと石鹸も付けときましたんで」
随分と愛想良くなってタオルと石鹸と着替えを渡しながら、にこやかに話しかける店主。大分砕けた姿勢になっている。恐らくこれが素なのだろう。
「店主、すまねぇな。あそこの黒猫のガキ共を成り行きでおっぱらっちまった」
「いいんですよ、お客さん。アイツら黒豹の下っ端連中でさぁ、毎晩タダ酒集りに来てて、こっちも迷惑してたんでねぇ。ただ……、私らは大丈夫なんですが、お客さんが目を付けられねぇかと……」
「俺なら大丈夫だ。もし明日連中が殴り込んできたら、俺が泊まってる部屋へ案内してくれてもいいさ。それと、風呂から上がったら、そのゲルゼンって野郎の話を詳しく聞かせてくれ」
「んじゃあ、その時に隠しておいたとっておきの旨い酒でも。いい酒はあらかたアイツ等に取られましたが、何本か隠して置いたんですよ」
「そいつぁ楽しみだ」とニヤリと笑い、三十郎は風呂場へ向かった。
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「ふうぅ、久しぶりにさっぱりしたぜぇ」
風呂上りの三十郎はご機嫌にカウンターの椅子に腰かける。上はTシャツのような薄手の肌着で、下はトランクスと、その上に短パンを履いている。
「だがよ、店主。もう少しマシな着替えはなかったのか? このとらんくすとか言う下着だが、どうにもブラブラしてて落ち着かん。俺はもっとこう、締め上げるような感触の……」
と、普段褌を使っていて、トランクスの履き心地に文句を言う三十郎の前に、トマトソースのパスタとビーフシチューが置かれる。嗅いだ事のない、それでいて食欲をそそる匂いに、三十郎は下着への文句も止め、「いただく」と一言言うと、ガツガツと食い始めた。途中フォークの使い方を店主に習うが、すぐに適応してかっ食らう。二つとも食べた事のない料理だが、久しぶりに満足する程の旨い晩飯であった。
満腹になり、ふうっと一息つく三十郎。
「お客さん、そろそろいくかい?」と、店主が酒を飲むゼスチャーをする。
「おお! 是非頼む!」と三十郎。飯もアレだけ旨かったのだから、酒も嘸かし旨いはず。と期待する。
「ハハハッ! まぁその前にお客さん、口の周りをこいつで拭きなよ」
と、小さな手ぬぐいを渡される。三十郎は口の周りを拭ってみて、初めてトマトソースで汚れている事に気付く。
カウンターに、綺麗なギヤマンのシングルショットのグラスが二つ置かれる。
「こいつは十二年物の上等なウイスキーだ」
そう言いながら、店主がカウンターの下からボトルを取り出す。その中の琥珀色の液体を、三十郎のショットグラスに並々と注ぐ。三十郎は、お猪口みてぇな器だなと思いながら、店主とグラスを合わせる。そして一気に喉に流し込んで……。
「ぐぇほっ!! …げほっ…げほっ…」
激しく咽る。酒好きの三十郎だったが、日本酒や焼酎しか呑み慣れてなかったので、思いもよらないアルコール度数の強さに身体が驚いたのだ。だが咳き込んだ時に鼻から抜けた香りは、とても良いモノを思わせるものだった。
「大丈夫かいお客さん! ほら、今水出すから」
出されたチェーサーを少し飲んで落ち着いた三十郎。ふぅっと一息ついて。
「もう一杯くれ」とグラスを差し出す。
心配する店主が注いでくれた一杯を、今度は味わうようにして半分口に含んだ。何と言う芳醇な香りと甘み…。日本酒や焼酎に比べると確かに強い。だがそれを補って余りある味の奥深さがある。
「こいつぁ気に入ったぜぇ」ニヤリと笑う三十郎。
グラスに半分残った琥珀色のウイスキーを眺めてると、飲み慣れた店主がグラスを空ける。三十郎も残りを飲み干すと、店主にグラスを差し出した。店主は三十郎に注いで、自分にも注ぐ。そしてもう一度グラスを合わせた。
旨い酒は楽しい一日の後に呑めば、より旨くなる。店主にとっても、こんな痛快な夜は久しぶりだった。
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昨晩は飲み過ぎた感もあったが、良質な酒だった所為か、話しの内容も記憶に残ってるし、二日酔いの頭痛もないし、何より寝覚めがいい。異世界なので時間が解らないが、多分昼前だろうか? 三十郎は気持ちよく起きれた。
もうすっかり渇いた自分の着物に着替えてると、何やら階下が騒がしい。三十郎は二階の部屋を宛がわれたが、怒声と物音が聞こえてくる、数人が階段を上る音が聞こえてきて、慌てて着替えて刀を腰に挿した。足音が止まり、部屋のドアが激しく叩かれる。
「開いてるよ」
ぶっきらぼうに言うと、ドアが開いた。ぬうっと入ってきたのは三十郎よりも頭一つでかい大男だった。袖なしの皮のチョッキを着てて、太い腕を見せつけて、手には大きな金槌を持っている。どうやら、ソレがソイツの獲物らしい。
「アニキ! コイツです!! このオッサンが昨日話した野郎でさぁ!!」
見ると昨日の連中のリーダー格の男だった。大男はギロリと三十郎を睨む。
「オメェか? 昨日仲間を可愛がってくれたオッサンてのは」
本人は威圧しているつもりだろうが、修羅の場数を踏んできた三十郎には通用しない。それどころか、ガキが強がってる様子にヘラヘラと笑って言う。
「こりゃまたデケェ蛆虫だな」
「何だと…?」
大男の目の色が変わる。場の緊張感が一気に高まった。
「お前ぇら俺に昨日の仕返ししに来たんだろ? こんな狭い部屋じゃ十分に暴れられねぇ。全員表で片つけようや? どうだい?」
「……いいだろう…」
そう言うと、部屋の外にいた連中も部屋に入ってきた。総勢七名。昨日見た顔はあのリーダー格の男だけだった。そして三十郎を四番目にし、一列になって廊下へ出る。酒場のホールを通る時は左右に一人ずつの十字の形になった。三十郎を逃がさない陣形だ。
「アンタぁ!! しっかりしてぇっ!!」
その酒場カウンターの下で、昨日酒をご馳走してくれた店主が倒れて唸っていた。それを心配して揺すっているのは、昨晩厨房に居た中年女だ。その中年女の顔にも青あざがあった。紹介されなかったので知らなかったが、どうやら店主の女房だろう。その店主は連中に痛めつけられていた。
「おいっ! デケェの!」
一番前を歩いていた大男が、三十郎に呼ばれて顔を向ける。
「アレをやったのはオメェか?」顎で店主を指す。
「そうだが? それがどうした?」
ヘラヘラと笑って答える大男に。
「高くつくぜ。覚悟しな…」
三十郎は冷酷な声でそう告げた。
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村の広場に到着した。
七名の男達の内、六名は剣を抜いて構えている。三十郎の正面に立ってる大男だけは、大金槌だった。それを軽そうに振り回して見せ付けている。
そんな騒ぎを、大勢の村人が遠巻きに見ている。そんな村人に向かって、三十郎が大声で呼びかける。
「宿屋の主人がケガしてるっ! 誰か行って手当してくれっ!!」
「誰も行くんじゃねぇっ!! 行ったヤツぁぶっ殺すぞっ!!」
大男が怒鳴る。恐怖で支配された村の住人は、その言葉に従ってしまう。
三十郎は、村人の恐怖心を消すために、一番近くに居た二人の手下の両腕を斬ってみせた。斬られた相手も、それを見ていた大男と手下の連中も、更には遠巻きに見守っていた村人も、何が起こったのかはすぐに理解出来なかった。ただただ、気付いたら、剣を握った二人分の両手が宙を舞っていたのだ。
地面に落ちた二人分の両腕。ワンテンポ遅れて斬られた二人の悲鳴が上がる。
「誰かこいつらの二の腕を縛ってやれ! このままじゃ血が出過ぎて死んじまう!それと! 女どもは子供を連れて家に帰れ!! これから起こる事をガキ共に見せるなよ!!! それと! 誰か宿屋の店主も手当しに行けっ!!!」
三十郎がそう言うと、村の男何人かが飛び出てきて、両腕を斬られた二人の止血をする。女たちはこれから起こるであろう惨状を子供に見せたくなく、周りの自分の子供だけじゃなく、他人の子供も纏めて手を引いて建物の中に避難した。そして数人が酒場へ走っていった。
「随分と優しいじゃねぇか!」大金槌の大男がニヤニヤと言う。
「そう思うか? じゃあこれからオメェの両腕も叩っ斬ってやるよ! 両腕なくして同じ事が言えりゃあてぇしたもんだ!!」
「抜かせええぇぇっっ!!」
怒号と共に大金槌が三十郎に振り下ろされる。その大金槌を足さばきで下がりながら、下から切り上げる三十郎。振り下ろされた槌の部分が真っ二つになる。
「なっ……!?」
鋼で出来た槌を真っ二つだと? 目にした光景が信じられずに目を剥く。だが驚いてる暇はないと思い、もう一度大金槌を振り上げるが、振り上げる瞬間、思った以上に軽くなっている事に気付く。いつの間にか肘から先の腕がなかくなっていた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
いつの間に斬られたのか? その様子を見ていた村人でさえ分からなかった。斬られた本人ですら。肘から少し先を切断された自分の腕を見て、大金槌の大男が絶望の悲鳴を上げる。大金槌を掴んだままの腕は、そのまま宙を舞って地面に落ちてきた。
「おい! 誰か丈夫な紐か縄をくれっ!」
村人の誰かが投げて寄こす。三十郎はその縄で大男の二の腕をきつく縛り上げながら言う。
「俺が優しいヤツで良かったなぁ? 俺はオメェ達を殺しゃしねぇよ。オメェ達を生かしてこの村の連中に渡すだけだ。オメェらが贖うべき代償は、この村の連中が決めるだろうよ! オメェ等がここでして来た事をたっぷり味わうんだなあっ!」
言いながら、縄を更にきつく締める。自分達がしてきた事を仕返される…。代償を払わされる…。つまりは……。
「おい! そこの下っ端チンピラ共。オメーらはどうすんでぇ?」
今まで剣を構えていた四人は震えていた。まさか自分より強い味方がこうもあっさりとやられた…。慌てて背中合わせに剣を周りに向けるが、数十人の村人に囲まれてて逃げられねぇ……。こうなったら人質をとって……。と考えて周りを見渡すが、すぐに人質を取れる距離に村人がいないのに気付く。この騒動を遠巻きに見ていた村人は、いつの間にか手に石を持っている……。
「死ねぇ!!」と村人の誰かが叫びながら石を投げた。それが合図のように、村人の恨みの声と共に、戦意を失った四人に一斉に石が投げられる。両腕を失って止血された二人は抵抗も出来ずに、村人から容赦のない殴る蹴るの暴行を受けている。やがて一人が動かなくなった。そいつに村人の一人が止めとばかりに、大きな石を頭部に投げつける。頭蓋が砕かれた音がして、男の四肢が痙攣し、やがてそれも止まる……。もう一人も同じだった…。そして、腕を斬られてなかった他の四人も、周りから次々に投げ込まれる石に対応できず、剣を放り捨ててその場に蹲る。やがて村人達は徐々に取り囲み。それぞれに手にした石やこん棒や農具で、憎しみを込めて痛めつける。三十郎と大男に一番近い位置にいた男は、泣きながら命乞いをしていたが、村人の一人に頭を棒で思いっきりなぐられ、痙攣して動かなくなった。それでも村人の暴力は止まない。こうして大男以外の他の六人は絶命した。目を背けるほどの酷い死体となって……。
その光景を目の当たりにした大男は恐怖し、三十郎に怯えた声で懇願する。
「た……、助けてくれ!! 何でもするから!! …頼むよ!!」
「さっきも言ったが、それを決めるのは俺じゃねぇ…。この村の連中だよ……」
「お…、俺らが悪かったから……、頼むから……」
「…………」
三十郎は何も答えなかった。この連中は村に来てからの僅か数日の内に、二十人以上をなぶり殺しに、若い女には片っ端から乱暴狼藉をしたと、酒場の店主から昨晩に聞いていたからだ。それを見せつける事で、村人に恐怖を植え付けて今日まで支配してきた。そんな連中に、三十郎は少しも同情する気になれなかった。ウィル一家を助けた時に三人の首を跳ねたが、その時の感情は無機質であったが、今回もそれと同じ気分だ。そんな事を思い出してる内に、他の手下連中は皆なぶり殺しにされて、生きて残っているのは、三十郎の傍にいる大男だけになった。その大男に、本来武器ではない農機具や石やら棒を手に村人が集まってきた。三十郎は無常に距離を置く。
「あああ……、ああ……、た…助けてくれ……。お願いだ……。た…たす…」
懇願の言葉の途中で、取り囲んだ村人の誰かが、叩きつけるように投げた憎しみ石が、その命乞いの言葉を遮った。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
痛みに絶叫する大男。その悲鳴が合図のように、様々な暴力を振るわれる。それは村人達の憎しみで満ちていた。家族を恋人を友人をなぶり殺しにされた恨みだ。大男には、さっきまで恐怖でこの村を支配していた時の威勢は、今はもう見る影すらない。蹲って背中をみせるが、両腕がないのですぐに村人に仰向けにされ、そこに容赦のない暴力が振るわれる。止血を指示した三十郎に「優しい」と言い、すぐに皮肉で返された意味が今解った。
「こ……、殺してくれぇ!!! …早く殺してくれぇ!!!」
大男は残った気力で絶叫するが、村人の暴力は止まない。これが俺たちが他人にしてきた事の仕打ちなのか? 俺はこれだけの事をしてきたのか……。薄れゆく意識の中で自身の行いを振り返る。
振るわれた暴力で目も潰されたが、薄っすらと視力が残った右目に、誰かが大きな石を掲げている姿が映る。ああ…この石が俺を楽にしてくれる。大男はそう思いながら目を瞑った。
三十郎はその様子を遠巻きに見ていた。諸行無常とは言え、少しばかり胸糞悪くなる光景だったが、村人達を止めるつもりはなかった。加害者に復讐しても得られるモノはない。せいぜいが死者の無念に報いるくらいだろう。だが大事な人を殺されて、あの瞬間で止まったままの遺族の時間は、それが早ければ早いほど短くなる。そして前を向いて歩けるようになる。三十郎はそれを経験で知っていた。
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村人達の復讐が落ち着くと、三十郎は数名の男達に声を掛けた。
「ゲルゼンって野郎が根城にしてるぎるどの場所まで案内してくれねぇか?」
「喜んで案内しますよ! 旦那ぁ!!」
復讐を果たせた興奮と高揚感の所為で、目つきがすっかりおかしくなっている。こりゃちとまずいな。と考える三十郎。
「やっぱり場所を教えてくれるだけでいい。ヤツの所には俺一人で行く」
「……そんな…」
「今のお前ぇ達ぁ、完全に浮足立ってる。ヤツぁ一応手練れなんだろ? そんな興奮した状態で大勢で行けばますます死人が増えるだけだ。だから場所だけ教えてくれ。俺一人で行く! 俺がちゃんとヤツらを生かして連れてくるから、お前ぇ達ぁココで大人しく待ってろぃ!」
「で…、でも旦那ぁ……」
「やかましいっ!! とっとと場所だけ教えろぃ!! 言う事聞かねぇと承知しねぇぞ!!!」
叱られて、しょんぼりと尻尾を垂れた犬のように項垂れる男達。素直にギルドまでの道順を教える。
「じゃあな! ちょいと行ってくらぁ!」
いつもの様に懐に手を入れ、時折背中を回しながら肩で風切る三十郎。もちろん振り向く事はしない。
(ドン!フォフォッカッ♪ ドン!フォフォッカッ♪ ドン!フォフォッカッ♪ パラッパラッ♪)