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異界の用心棒  作者: ごじう だい
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イラクリョーン1

 奇跡の泉を後にした三十郎は、黙々と真っ直ぐ歩いていたが、途中で小川に出くわした。

 日はまだ高いが、腰に巻き付けた無限収納バッグのテントとサバイバルキットの使い方がふと気になり、今日はここで野宿する事にした。

 腰に巻いていたバッグを取り出し、その中から先ずはテントを取り出し、付属の説明書に従って建ててみる。

 一本の支柱で建てる簡易テントだった。

「こいつぁ便利だな!」

 初めて使ってみる道具に、思わず関心の言葉を呟く。今までの野宿経験で、寝るときに雨や雪に降られるのが一番難儀だったからだ。これさえあれば雨や雪の夜も困らない。寒さもある程度凌げそうだ。

 他には、断熱マットとシュラフ、組み立て式簡易薪ストーブに、鉈とロープとランタン、それにマグネシウム・ライター、折り畳みのスコップとスライド式の釣竿に、女神テテュースの恩恵で、毎日、消費すれば補充される塩が入った小さな瓶と、同じく、消費されると、米が常に補充されるライスクッカーが入っていた。

 どれも21世紀の時代のキャンプ用品なのだが、三十郎にとっては女神から授かった道具であり、何の疑問も持たなかった。

 何でここまで至れり尽くせりなのかと言うと、テテュース曰く、「自分が管理する世界で、三十郎に死なれちゃ困る」からだそうだ。

「そうなったら、アマテラス様の怒りを買うかも知れない」と怯えるテテュースに「アマテラス様ってそんなに怖いのか?」と訊いてみたら。

「アマテラス様は普段はすっごく優しくて、すっごい綺麗でいつもニコニコしてるけど、いったん怒らせるとすっごい怖いのよ。怒らせるとアマテラス様が従えてる災厄の神々が天変地異を起こすのよ。その規模っつったら、他の世界の悪魔連中の起こす災害の力がしょぼくみえるくらいよ! ああもう、想像しただけでも恐ろしい!! だから義忠、アンタが誰かに殺されたとかならまだ言い訳もできるけど、この世界で絶対に野垂れ死にしちゃダメよ? そうなったら私が困るから! だからここまで破格のサービスをしてるってワケよ」

「はて、サービスとは?」

「~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!!!!!!!!」

 髪の毛を搔き毟りながら「うっかり八兵衛だって黄門様で使ってたのに何でサービスの意味知らないのよおおぉぉぉぉ!!!!」と、訳の分からない事を絶叫しながらのたうつテテュースを思い出し、意地の悪い笑みがこぼれる三十郎。それを切欠に、新品にしてもらった愛刀を思い出し、抜いてみた。

 新品の刀宜しく、柄の握り具合が馴染んでない。が、ギラリと光る刀身は新品のそれであった。

「ほう……」

 思わず溜息が漏れる。前に使っていた刀は、使い込んで柄に手馴染みがあったが、刃の部分は使い込んで研いだ分、やはり刀身が痩せていて、次の宿場町で研ぎ師に研いでもらおうと思っていたのだ。それが新品に若返ったと思うと、思わずその頃を思い出してしまう。まだ、三十郎が青臭かった頃を……。

「これが新品だった頃の俺の刀…。しかもめんてなんすふりー……」

 よく斬れる状態にしておくには、マメな手入れが欠かせないのだが、それをしなくて良いと言うのは、大きな負担の軽減になる。刀を手にした頃は腕が今よりも未熟でよく刃毀れをしてしまい、それの修繕に稼いだ金を継ぎ込み、よく食い詰めていた。余りの空腹続きに「売って竹光にしようか?」と本気で悩んだ時期もあったが、今は「売らずに良かった」と、本気で思う。

 ひとしきり新品の刀を堪能した三十郎は、それを鞘にしまうと、出しっぱなしにしていた道具類も、今日必要な物以外をバッグに片付け始める。出して確認したら、以外に嵩張る物ばかりだったが、それらをバッグに物を戻しても、厚みは全く変わらないどころか、重さすら感じない。

「実に恐ろしきは、魔法の御業よ」と思いつつ、テントの中にバッグを置き、鉈と釣り竿と、ライターとライスクッカーと塩を残した。

 およそ一尺の長さのスライド竿を振ると、それが五尺ほどに伸びた。「おおっ!」と、思わず感嘆の声が出る。更に糸を巻き取るリールの構造にも感動した三十郎は、さっそく仕掛けを作って、小川で釣りを始めた。そして釣れるのを待っている間、枯れ木を集め、それを鉈で割り、焚火の準備をした。マグネシウムを使ったライターで火を着けると、難なく火が起こせた。野宿の時は毎回火起こしに苦労してた三十郎だが、この道具の便利さにも感動していた。

 三十郎は長い間放浪生活を送っていたが、こんなに野宿が楽しいと思った事はなかった。

 ライスクッカーを火に掛け、のんびりと魚が釣れるのを待つ…。何とも穏やかな時間であった。

 と、その時、草むらがガサガサと動いたかと思うと、一頭の赤茶けた巨大な熊が飛び出してきた。その熊は明らかに、三十郎を獲物として見ていた。

 そして三十郎の姿を見ると、後ろ足で立ち上がり、威嚇の雄叫びで辺りの空気を震わせる。身の丈およそ九尺(260㎝)足らず。まごう事なき巨大な熊であった。

 三十郎は咄嗟に傍らにあった鉈を投げつける。それが熊の胸に刺さる前に、同じく傍らに置いてあった愛刀を取ると、目にも止まらぬ速さで迎え撃つ。

 先に投げた鉈が熊の胸に深々と刺さり、それとほぼ同時に、三十郎の刀が、熊の喉と動脈を断ち斬った。首こそは落ちていないが、完全な致命傷であった。それにまるで斬った感触が違う。軽い手ごたえしか感じなかったのだが、熊は激しく血煙を吹いた後、前のめりに倒れてそのまま絶命した。

「……ふうっ! ビックリしたぜぇ…。驚かすない…!」

 緊張を解く溜息を吐いて、肩の力を抜く三十郎。驚いたのはむしろ熊の方であろう。今日の獲物に襲い掛かったら、訳も分からずに返り討ちにされたのだから。

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「あ~あ…、殆ど焦げちまってるじゃねーか!」

 いつの間にか日は傾き、辺りは薄暗くなっていた。

 川魚は二匹釣れて塩焼きにしたが、肝心のクッカーを火にくべ過ぎたせいで、食えるご飯は殆どなかった。

 熊を倒した後、その体躯をどう解体する事に悩んでいたからだ。でか過ぎる獲物をどうするかと悩んでいると、その遺体は目の前であっと言う間に溶け、何やらキラキラと光る石だけが残った。

 これが何なのかを調べている内に、クッカーの火加減を忘れてしまったのだ。

 結局その石が何かは解らず、そのままバッグにしまったが、クッカーの中のご飯は八割方が焦げていた。

 焼き魚二匹と、二口三口の焦げたご飯。三十郎の腹には聊か足りなかったが、それでも心は晴れやかだった。

 飯を食い終わった三十郎は、片づけを後回しにして、その場に寝転がる。

 地球とは違う、木の陰に遮られながらも、一部に見える煌々と輝く星を眺める。

 この異世界で、これから起こる出来事に胸を躍らせながら……。こんなにも楽しい期待を持つのは何年振りだろう? こう言う時の一杯はまた格別な味が……。

「しまったぁ!! 女神に酒を付けて貰うのを忘れてたあああぁぁぁっっ!!!」

 三十郎にとって、一生の不覚であった……。


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