真実の愛を捧ぐべき相手は……僕だ!
アラン王子の発言の意味を、誰一人理解することができずに静まり返る会場。
「一体どういうことでしょう?」
数分前に彼から婚約破棄を宣言された時よりも、遥かに困惑している様子のイザベラ公爵令嬢。そこに慌てた様子で息を切らして近衛兵のダニエルが駆けつけてきました。
「実は、先程、殿下に何度も接触していたルイズ男爵令嬢を拘束し取り調べた結果、アラン様に対して、何らかの薬物を密かに盛っていたことが判明しました。本人は、『魅了の霊薬』だと供述していますが、どうやら粗悪品を掴まされていたらしく、その薬の影響でおそらく王子は……」
悔しそうに歯を食いしばり、壇上のアランを見つめるダニエル。
「……僕は、自分以上に愛おしい存在など見つけることができないと、はっきり悟ったんだ! この優れた容姿に澄んだ美声! 高貴な生まれに聡明な頭脳! ああ……僕は……自分が好きで好きで仕方がない!!」
「……大変、申し訳ありません……我々がもっと早くにあの女の陰謀に気付くことが出来ていれば……こんな悲惨なことには……」
「……殿下……最高に素敵だわ……」
「はい……?」
恍惚とした表情で壇上のアランを見つめ、うっとりした声音でそう告げるイザベラの言葉に、ダニエルは我が耳を疑いました。
「完璧なアラン様の唯一の欠点は、ご自分にこれっぽっちも自信を持っていらっしゃらないことだったの。毎日自分自身を卑下して、婚約者である私にも、ことあるごとに自らの至らなさを謝罪してばかり。きっと以前の彼のままでしたら、いずれ私の方から婚約を解消させていただいたでしょう。あの男爵令嬢をわざと放置して泳がせておいたのも、そうなったときにアラン様の有責であると主張する材料になるからです。でも今の殿下ならば……」
「……僕は誰かを愛するなんて無駄なことに時間を割きたくない!」
「なんて素晴らしいの……今までいくら褒めちぎっても、逆に厳しく叱咤してみても、弱気で優柔不断のままだったアラン様が見違えるようだわ。様々な薬品も使ってみたけれど、全く効果はなかったのに……後でどこでその薬を手に入れたのか聞かなければいけません。そうそう、すぐにルイズ嬢は解放してあげて下さいね! くれぐれも手荒な真似はしないように。私にとっても殿下にとっても大恩人と言っても過言ではないのですから」
「……ですが、そんな勝手なことは……」
「あなたも、近衛兵なら公爵家の裏の顔のことぐらいご存知でしょう? 路頭に迷いたくないのなら、素直に従った方が身のためよ……」
イザベラは冷ややかな声でそう告げて、そのままステージで自らの素晴らしさについての熱烈な演説を続けるアランの元へ足取りも軽やかに向かいました。
「アラン様……どうか婚約破棄の件について、もう一度考え直してくださいませんか?」
「どうしてそんなことをしなければならないんだい?」
「私を愛して下さる必要はありません。ですが、どうか私にあなた様を愛させていただけませんか? 殿下の溢れんばかりの神々しい魅力を、ご自身だけで愛でるというのは実に勿体ないとお思いになられませんか?」
顎に手を当て、しばし考え込むアラン。
「……なるほど……確かに、イザベラの言うことにも一理あるな! 未来の王太子というやんごとなき立場でありながら、自分の間違いを潔く認めるところも僕の輝かしい美点だ! よし! 婚約破棄は取り消そう!」
「賢明で慈悲深いご判断に感謝いたします!」
(……勿論、いつか必ずアラン様には私のことを愛してもらいます。公爵家のモットーは『欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる』ことですから……)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後アランは、より多くの女性達に自分の素晴らしさを間近で堪能させることこそ真の務めではないかと考え、婚約者であるイザベラもその方針に諸手を挙げて賛成したことで、王国全土に大々的な側妃の募集を呼びかけました。ですが、残念ながら王子の自己愛が強すぎる性格のせいか、はたまた王国の裏の支配者であると恐れられる公爵家のせいか、一人たりとも申請はありませんでしたが。
この一件で再び自信を喪失しかけたアランでしたが、どうにか持ち直すことが出来たのは、イザベラによる愛と真心の籠った献身的な励ましによるものなのか、それとも得体の知れない薬によるものなのか、真相は未だ明らかになっていません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「今日も殿下は素敵ですわ! 眩しすぎて目がくらんでしまいそうです!」
「そうだろう! だが、たとえどんなに素晴らしい名画でも、それを鑑賞し、賛美してくれる人間がいなければ幼子の落書きと変わらないように、君が隣にいてくれるからこそ、僕は太陽のように燦然と光り輝いていられるんだ! 愛しているよ、イザベラ!」
「まあ……嬉しいです! 私も、アラン様のことを心からお慕いしておりますわ!」
【自分を愛せない人を他人は決して愛しません。人から愛されたいと思うなら、まず自分自身を愛することから始めなさい】Joseph Murphy
【だからといってナルシストが必ず好かれるとは限りませんが】たなか