聖女ですが、魔王様に一目惚れしたので裏切らせていただきます!
「魔王、観念しろ!僕が貴様を倒す!」
そう言って、勇者が剣を構え走り出した。聖剣エクスカリバー。魔王を斬り裂ける唯一の武器。勇者の後に仲間も続く。ここに来るまでの長い旅路、苦楽を分かち合ったかけがえのない仲間たちが。彼らの周りが、清涼な光で青く輝く。私のかけたバフだ。魔王の瘴気に満ちた穢らわしいこの場所で、人間が存在するのに必要不可欠な聖力。神から授かりし聖なる力。
ここは魔の領域深く。数多の魔物と魔族に守られた魔王城。その玉座の間。そしてその玉座に頬杖をついて気だるげに座っているのは、憎き人類の敵。魔王。
魔王を倒す為に、私たちはこれまで何人もの仲間を失い、数え切れない程の無辜の民の命が散った……。
涙で滲んだ目頭を拭い、初めて相見える怨敵の姿を目に焼き付けようと玉座を睨みーー
私は息を止めた。
そいつは……いえ、その魔族は……いえ、その方はーー
艶やかな黒髪は肩へと流れ、胸元へと落ちる。アメジストの瞳は、地上のどんな宝石よりも美しく輝いている。すっと通った鼻梁。皮肉げに歪められた唇は薄いピンク色で、白磁の肌にバランスよく収まっている。均整のとれた体。頬に触れる指先までもが美しくーー
つまり、とんでもなく美しかった。
全身を、雷で撃たれた時と似た、けれどそれよりもずっと強い衝撃が襲う。
見れば見る程……見れば見る程、その方は美しかった。身体が震え涙が流れる。何故かはわからない。感動か、歓喜か。
けれど、やるべき事はたった一つだった。
私はーー
勇者達にかけていた疾風のバフを解除した。
そして、玉座に座る魔王を狂おしく見つめる。
突如スピードの落ちた勇者一行に、魔王様が怪訝そうな顔をする。
ああ、そんな表情まで素敵…。
続いて、勇者達の清浄の加護も解いた。途端に瘴気に侵され、床に転がり苦しみ出す勇者たち。でも、そんな些細なことはどうでもいい。
魔王様、勇者じゃなくて私を見て。
誰にも邪魔される事なく、魔王様へと歩み寄っていく。場にいる者は、誰も動かない。勇者たちの前に立ち塞がっていた雑魚も、玉座に座る魔王様も、魔王様の後ろに控える側近らしき魔族たちも。……床でもがき苦しんでいる勇者たち以外は。
ああ、そんな事はどうでもいいの。この胸の高鳴りを、この気持ちを彼に伝えなくては!
私は大きく息を吸い込みーー
「結婚してくださいっ!」
透き通った声が、床をのたうち回る勇者たちの耳触りな雑音をかき消して玉座の間に響き渡った。教会にいた頃、聖歌を隅々まで響き渡らせ信者が涙を流した自慢の声が。
皆の視線が私に集中する。
そうよね。びっくりするわよね。こんな人前で、出会ったばかりの男性にプロポーズだなんて。
今さらながらに自分の大胆な行動を自覚して顔に血が集まる。けれどそれでも、魔王様を見つめる視線は外さない。
魔王様も私を見ている。
姿だってよく褒められるのだ。至高の芸術品のような魔王様とは比べるべくもないけれど、月とミカンくらいには評価してもらえるはず。それに、恋する乙女は特別綺麗って言うし……ふふっ。
魔王様は、頬を薔薇色に染めた私を見て、何故か唖然と口を開けていた。
「どうかされましたか?」
可愛らしく小首を傾げてみせる。
もっと私を見て。
私だけを見て。
理由はわからないけど、魔王様は拳を握ってぶるぶると震え出した。寒いのかしら?
気の利く私は、暖気の魔法をそっと魔王様にかけてみた。
「何故!貴様は!仲間を攻撃しているのだ!」
叫んで荒い息を吐く魔王様。
色っぽいわ。それにお声も素敵。
ドキドキしちゃう。
「愛ゆえにですわ!」
もう一歩近づくと、どうしてか魔王様は立ち上がり一歩後ずさった。
それを見た瞬間、無意識に自分にバフをかけ魔王様の胸元に飛び込んでいた。
逃がさない。
硬直する魔王様の胸に、そっと手をつき寄りかかる。
「逃げたりしちゃ、嫌ですわ。旦那様」
視線を合わせ、絡め、動きを縛る。『魅了』と『服従』の魔眼で。動揺している相手には、効きやすい力で。
逃がしたりしない。こんな素敵な殿方。
だって私、恋に堕ちてしまったんですもの。
「これから二人で、幸せになりましょう?」
お付き合いとか、まだるっこしい事は言わない。私はこの方と一生一緒にいる。ずっと。永遠に。二人きりで。そう決めたのだ。
私の囁きに、魔王様は魔眼の力で操られたように頷いた。
それ以降、魔王の姿を見た者は誰もいない。ただの一人も。
王国では、勇者たちも帰ってこない事から、魔王と相打ちになり世界に平和をもたらしたのだろうと、感謝を捧げる像を各地に立て想像で作り上げた劇と一緒に毎年盛大にお祝いしている。
斯くして一応、世界に平和が戻った……。
めでた……し……めでた…………し?
どうでもいい小話:
聖女ちゃんは、修行で実際に何度も雷に撃たれてます。