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停戦協定のお願い

 厳かな装飾がなされた部屋。そこには多くの臣下が集まっていた。


 その理由は一つ。呼び出されたからだ。つい昨日、魔王としての座を力で奪い取った魔王によって。


 魔王の名前はアルベッタ。白髪に黒翼を備え、頭からは角の生えた生粋の魔族である。


 だが、幼い。まだ20にもなっていないであろう少女が新たな魔王だった。


 厳かな玉座に似合わない幼い外見に臣下となる魔族たちもまだ慣れない様子だった。


「あ、あの……この書類は一体……」

「見てわかんないの? 手紙よ。友好の証。停戦協定の提案をするの。存在ぐらい知ってるでしょ?」

「そ、それはもちろん! しかし……」


 高くそびえる玉座。そこににふんぞり返る少女を族長たちは見上げる形で意見する。


 話しているのは魔王がどこからともなく取り出した紙切れについて。


 このたった一枚の紙が彼らにとって今もっとも重要なことだった。


 それは親書。正規のものとは言えないが、今も続いている魔族と人族の間で勃発している戦争を終わろうというもの。


「し、しかし前例がありません! 宗教戦争が起こったならばわかり合うことなど不可能。それが宗教の違いであればなおさら! 徹底的に叩かねば」

「そうですぞ! 今休戦に持ち込めたとしてもいつ寝首をかかれるか! わかったものではありません!」


 魔王の提案に臣下たちは否定的だった。


 だが、魔王はその臣下の言を切り捨てる。


「前例がないなら作りなさい。話し合いをする前から不可能と断じるなどそれこそおかしな話。

 それに寝首をかくという話は分かる。だが今の状況は、寝首をかかれるよりも不味い状況だということは把握していて?」


 二人の臣下の言葉が詰まる。

 別に、魔王の言うことが正しいから、と言うわけではない。


 過去に例がないからとはつまり、過去に失敗し続けてきたということである。それを前例がないなら作れ、というのは暴論すぎる。

 寝首をかかれるという話も一緒だ。戦争で敵を皆殺しにするよりも、和平を結んで相手を背後から殺すほうがよほど簡単にことは済む。この不安を魔王は払拭できていない。

 むしろ正面から殴り合っている今のほうが安全だろう。


 二人が黙ったのは違う理由。


 魔王に意見を変える気がないことを察したからだ。


 それならば、と臣下たちは別の観点から魔王の行動を咎めようとする。 


「し、しかし方法がありません。いきなり使者として人間どもの国にに行っても門前払い…、いや、その場で殺されてもおかしくありません!」

「それに相手が人間と言っても戦争には作法というものが。それにこの戦争の発端はそもそも互いの信仰が違ったが故! こちらから和平を持ち出せば向こうからどんな条件を持ち出されるか!」


 それもそうだろう。

 戦争の理由は信じる神の違い。


 直接の喧嘩を売ったのが前魔王であっても、人から見れば魔族から売られた喧嘩に等しい。


 例え魔王が代替わりしたからと言って「はいそうですか」と納得されるとはだれも思わない。


「届けることに関しては私がなんとかする。あとそこの、作法がどうたら言ったやつ。命よりも大事な作法があるなら後で全部書類にして出して」


 だが、新たな魔王は折れなかった。

 方法、作法、いずれでも説得失敗。


 だんだん諦めの境地に達してきた臣下たち。


「それで? もう反対意見はない? ないなら送るよ」


 最初から決定事項だったのだろう。


 臣下の言を聞き流したわけではない。けれど魔王の考えを変えるほどの意見を持つものはいなかった。


 少女は書類を回収すると転送の魔法で敵対国ーーセールスト王国に対して親書を送るのであった。





「これは……なんだ……?」


 魔王が臣下と親書に関して話し合ったその翌日。

 魔族の戦う人の国、セールスト王国では緊急の会議が開かれていた。


 内容は一通の親書。


 普通であれば親書に対しこのような対応は取らない。国王が確認し、定例会でその内容を共有、検討するのが通例だ。


 もちろん緊急の用が書かれていれば話は別。


 しかし、今回は次元が違う。


「皆のもの、このような時間に起こしてすまなんだ。しかし、事は一刻を争うと判断し集まってもらった次第だ」

「王様、我らのことは気にしなくとも構いません。それよりも……結界が破られたというのは本当ですか」


 今もっとも大臣たちが恐れているのはそれだった。


 送られてきた親書は、王宮を外敵から守る魔法の結界を破って送られてきたのだ。


 その結界が破られると言うことはすなわち、同じように爆弾でも送ればいつでもお前たちを殺せるという意思表示に他ならない。


 もちろん手紙だから成功したということも考えられる。爆弾や魔法と違い、ただの紙ならば守護結界が十分に作用しなくとも納得はできる。

 納得はできるのだが、それでも結界を破った相手という時点で警戒度は上がる。


「本当だとも。これがその実物だ。諸君も(あらた)めてほしい」


 代わる代わるに国の重鎮たちはそれを読んでいく。その顔はどれも優れない。


 内容はシンプルだ。魔王が変わったから戦争を終わらせたい。


 向こうが仕掛けてきたことを考えれば勝手だがこれ以上戦争をしなくても良いなら喜んでいいはずだった。


 しかし、喜べない事情がここにある。


「魔王が……変わったですと? となると……」

「そうだ。あちらは方針を変えるとのことだが……非常にまずい。なにせ、この戦争は互いの合意の上で成り立っていたものなのだから」


 合意の上での戦争。


 セールスト王国と魔族の戦い。


 それはただの喧嘩ではなかった。


「し、しかし戦争を止めるとなると……民の怒りは我らに向かうのでは!」

「わかっておる。それ故の緊急会議だ。この戦争を終わらすわけにはいかぬ」


 彼らには、王国には、戦争を終わらせるわけにはいかない理由がいくつかあった。


 まず一つ、金。


 戦争は金が回る。


 武器であったり、食料であったり、戦争に必要なものはいくらでもある。


 二つ目に王国内部の勢力調整。


 敵対する貴族の領地を戦場にすることで力を削ぐことも彼らはやっていた。


 三つ目に、悪政により日夜高まる民の不満の矛先を敵へと向けることができる。


 その他にも様々な理由で王国は戦争の継続を望んでいた。


 それは前魔王も同じ。


 王国の貴族も、前魔王も、国の調整の手段として戦争を利用していたのだ。


 互いに決定打は打たないという裏取引のもと、邪魔な勢力を互いに潰し合う。


 それは相手の国を占領するよりも統治するにあたって遥かに効率が良かった。


「まず……この手紙は国民に知らせますか?」


「いや、知らせぬ。もしどこかに漏れた、あるいは同じ手紙が国民へと流布された場合も我らを油断させるための罠だとして説明する」


 国の一部の重鎮のみが知るこの事実。


 敵領地を占領することよりも戦争をし続けることのほうが国にとっては益があった。


 もちろん上層部に限った話ではあるが。




 要するに、この国は腐っていたのだった。




 前魔王も、この国の王も、国をコントロールするためだけに戦争をしていた。その事実を実際に戦場で戦っている者は知らない。


 だが、前魔王は死んだ。現魔王に殺されて。


 それが意味するのは戦争の終わりではない。


「前魔王が死に戦争もこれまでのように調整することは困難になる。各々、過去の敵戦力を分析し、相手の戦力を見極めよ。これからの戦争に取り決めはなくなった。当初の予定通り、新魔王を滅し、魔族の領地を取りに行くものとなる」


 戦争をして何も得られなかったとなると民からどんな批判が飛んでくるかわからない。


 談合をする相手も、手紙を信じるならばすでにいない。


 おまけに新魔王が前魔王を殺したともなればその戦闘力は未知数であり、明確な脅威だ。放置して後々になって面倒を起こされてはたまらない。


 となれば、敵の殲滅へと考えが働いていくのは国王にとっては当たり前のことだった。


「参謀に伝えよ。遊びは終わりだと」

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