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竜ノ想ヒ人‬  〜愛の現実(世界)逃避(行)〜  作者: ヤマバグ
第1章 「逢竜」
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第9話 「不幸な報せは突然に」

 

「なにっ!? それは誠かキジンッ!!」


 叫び声が聞こえた。


 この時間に幼い女の子の悲鳴ときたら警察沙汰になりそうである。

 そんな心配をしながらスイらはセルラブスが出てくるのを待つ。




 ——そこはスイのアパートから徒歩6分。キタロウを見つけたとされる一之木公園の一角、公衆トイレの中であった。




 遡ること10数分前。成り行きで夕飯を一緒にすることになった一行。


 当然のことながら、全員を(まかな)える量の食材なぞスイの冷蔵庫には入り切らないため、3人程で買い出しに行くことになった。


 問題となったのは“誰が行くか(・・・・・)”である。みな行きたがらないのが常である。


「じゃあ、ジャンケンで決めるよね!」


「え、あ、コウ。それマジで言ってるの?」

 スイが反応する。


「懐かしいッスね」

 ニヤついたコウの表情の心理を読み取った2人はやれやれといった具合で賛同する。


 こっちの世界の3人は仲良く輪を組んでいるが、あっちの世界の3人はジャンケンという聞き慣れない言葉に置いてけぼりにされていた。

 どうやら、日本語や箸の文化がある世界でも、ジャンケンは存在しないらしい。


 こっちの世界の3人が簡単にルールを説明すると、あっちの世界の3人も納得したようで賛同する。


 ——ジャンケンの時点で既に勝負は決まっている。......いや、これを勝負と言うのは少々(はばか)られるものだ。


「さーいしょはグー! じゃーんけーん——」


 6人全員の視線が手元に集まる。

 ……だが、刹那、こっちの世界の3人は目を合わせた。互いに心で通い合い、動きを合わせる。


 勿論、あっちの世界の3人は“それ”を知る由もなかった。


「——ポン!!」

 結果、チョキを繰り出したリョウの一人勝ちだった。


「ふむ。流れはわかった」

 次こそは、と意気込む竜さんの影でほくそ笑む2人。スイとコウには次の手も用意されていた。


「じゃーんけんポン!」

 グーチョキパー、全て揃ってあいこだ。


「あーいこでしょ!」

 チョキとパー。


 抜けたのは、またもやチョキで勝ったスイだけであった。


「ははあ、なるほどのう! 気付いた時には遅かったようじゃな」

 合点がいった。セルラブスはそんな表情である。


 3人のうちで残ったコウ、なにかに気付いたセルラブス、あとの2人は首を傾げる。


「その策だと1人残るのじゃがのう......良いのか?」


「ふふ、見たらわかるッス」

 先に抜けた2人はニヤニヤ笑っている。



 それを見て不安に駆られる竜さんとキタロウ。彼らに勝ち目は無いだろう。

 つまり、これは実質、コウとセルラブスの一騎打ちである。


「最初はグー、ジャンケン——ポン!!」


 ただならぬ気迫が過ぎ去った後、そこにはただ1人の勝者、コウがパーで他がグーである。

 驚くべきは結果ではなく、コウが見せた気迫である。

「身震いしたぞ」

「ぼ、僕も。なんて言うか、今のコウさん凄かったです」


「ん! ありがと!!」

 そこにいるのは無邪気なアホっ子。2人に迎えられ、こっちの世界の3人でハイタッチをした。


 彼らが使った戦術は勝者役と敗者役を作る、複数人ジャンケンにおける必勝法だ。

 この作戦の唯一であり決定的な弱点は、最後、敗者が残ってしまうということ。それを補うのがコウの“超反射神経”である。これが彼女の空手最強伝説の所以であるが、それはまた別のお話。


 この作戦で全員が勝つということは、コウスイリョウの3人の連携がなせる技だと言うべきなのだ。



 一方で負けてしまったセルラブスは机に突っ伏す。

「謀られたのう。この逹竜がのう」

 しくしくと泣き言を連ねる。よほどプライドに傷がついたようだ。



 あれ? でもこれって——


「——でもさ、よくよく考えたら、こっちの世界の知識がある人が1人はつかなきゃだよね」


「あ!」「あ......ッス」


「やれやれ、仕方ないから私が行くよ」

 結局、スイが付き添うことになった。


「かたじけないのう......うぅ」


 そんなわけで、スイは目に涙を溜めたセルラブスを初めとした異世界組と近所のスーパーを目指したのであった。



 道中の公園に差し掛かると突然、セルラブスが慌てだした。

「キジンから連絡じゃ。まだ報告の時間には早いはずじゃが......嫌な予感がする」


 そう言って公衆トイレへ駆け込んだ。魔法が人目に付くと危ないかもしれないという話はすでにしておいたのだ。




 ——そのキジンとやらに報告を受けたであろう反応があったが、あまりにも長すぎる。悲鳴まで聞こえる始末だ。

 仕方なく、唯一、女性トイレに入ることの出来るスイが様子を見てみることにした。


「あのー、セルラブスさん?」

 個室に篭もるセルラブスに声をかけるが返答がない。


 いよいよもって、不安になってきた。

 戸の上に手を引っかけ、腕力だけで上がってみた。なんとか中の様子を伺うことが出来たところで一安心。


 何か有事があったわけでは無さそうだ。


 彼女は手から発せられるホログラム画面に顔をのめり込ませて、あっちの世界と通信を取っている。

 再び声をかけてみても無反応だった。



「シンソウイシキヲ ツナギマス......」

 映っていたトカゲの姿はすうっと消え失せ、真っ黒な画面が広がる。盗聴を思わせる映像だ。

 今話しかけるのはまずそうである。


 スイの位置からも耳をこらすと、男性の話し声が聞こえる。内容はこうだった。


「まずは、逹竜さんをどうしたか、ですね」

 落ち着いた声色で、逹竜の名を口にした。



「——ご存知の通り、私は元々はネクロマンサー、生と死、そしてその境界の研究を長いことしていたんです。

 その過程でとある発見をしました。それは、“魂”の存在です。

 人間の作りだした魂の細かい定義はよく知らないんですが、私の発見した魂は力、魔力そのものでした。そして、魂は身体を以て初めて一つの生命体になるのです。


 …...と、それを踏まえて何をしたかです。

 私は、彼女の魂を奪いました。それだけです。身体の方に何かやった訳でもなかったので、突然消えてしまって、ビックリしすぎて死ぬかと思いました。私不死身ですけど」


 話が終わってカチャン、と食器の音がした。


「ネクロマンサー......だったのか」

 真っ暗で何も映らない画面に視線がとどまっている。


 その後、何の前触れもなく通信が終わり、呆然とするセルラブス。心做しか、彼女の息が荒くなっている。

「正真正銘、最後の魔力じゃな。頼む、出ておくれ逞竜(ていりゅう)......!!」


 映像はない。ただ音声のみが繋がった。

「逹竜殿、生きていらっしゃったのですか!」

 逞竜(ていりゅう)という相手の、喜びようがよく分かる声が聞こえた。


「今はわらわのことなぞどうでも良い。“はじまりの地”でネクロマンサーがわらわの使いを——」


「皆まで言わなくて結構。承りました」

 うぬ、と返事をし、魔法が収束した。


 最後まで待ったスイは再三、声をかけてみた。


「あの、セルラブスさーん大丈夫ですか?」

「ん? ああ、スイ。待たせた。悪かったのう」

 ようやっとスイが上から覗いているのに気づいた彼女は、スイが扉から離れたのを確認して、個室から出た。


 スイには先程の話がなんだったのかは分からない。だが、深刻そうな彼女の様子から、重要さが見て取れた。


「待たせて悪かったのじゃ」

 先程とは打って変わって、いつも通りのセルラブスだ。


 しかし——

「——なにかあったな。その顔に書いてあるぞ」

 竜さんがセルラブスを茶化したように笑う。


「えっ何にも書いてないですよご主人」

 キタロウは何でもなく答えた。


 そんな彼の天然っぷりに、竜さんはプイッとそっぽを向いてしまった。


 困惑をするキタロウ。仕方なくスイが囁いてあげた。

「そういう言い回しよ。長い付き合いだからわかるんじゃない?」


「あ、ああ〜。なるほど......」


 やれやれといった感じだ。気を取り直して、スーパーへ向かおうとしたその時。今度はスイのスマホの通知が鳴り響く。一度立ち止まって、確認する。


 ……………………。





 ——何も見なかった。


「どうかしたのか? スイ」

 公園の出口に向かっていた他のみんなも歩みを止めて振り返った。


 視線が刺さった。

「——あ、いや。なんでもないよ、ホントに。さ、行こっか!」

 スイは駆け足で遅れを取り戻す。


 だが、追いついてもまだ早歩きを続ける。本人にはその気がなくても、自然とそうなってしまうのが人間というものである。


「はは、あれはわらわにも分かるわい」

 苦笑いで、なんとかスイに付いていく一行。



 ——そんなこんなで、あっという間にスーパーに着いた。


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