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竜ノ想ヒ人‬  〜愛の現実(世界)逃避(行)〜  作者: ヤマバグ
第1章 「逢竜」
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第6話 「一金 二竜 三人間」

 



「やっぱり、容姿がムカつくほど良いんですよね」

 スイと竜さんはアパートから最寄りの服屋から出てきた。


 大家さんになんとか言い訳をして貸してもらった洋服を着せてきたのだが、サイズが上半身と下半身とで合わず、店員の冷たい目が向けられていた。

 そんな気がした。


 だが、一旦趣向を変えてしまえば、今度は街ゆく人の憧れの目が向けられる。

 そんな気がした。


 実際、彼を連れ添っているスイにも視線が感じられる。

 数少ないスイの知り合いに見られようものなら、あわや大ニュースである。


「さて、どうしたものか。竜探しに(きょう)ずるのも悪くはなさそうだが」



 インターネットのヘッドラインを飾るのは昨夜の『謎の飛行物体』。

 SNS上では様々な議論が飛び交わされ、なかには新型UMAだとする意見があったり、ドラゴンではないかという意見も見られた。


 その通りだ。あれは紛れもなく竜のシルエットだった。スイには分かる。


「あれって竜さんの知り合いだったりするんですか?」

「世界に竜は6頭しかいない、我を含めてな。それが本当に竜だったならば、恐らく正体は迍竜(ちゅんりゅう)という愚か者だ」


「その迍竜(ちゅんりゅう)さんがどこにいるか分かったりは——」


「——しない。普段なら竜ほどの魔力があればすぐに分かるが、やつも竜の姿を保てる程度の魔力しか残っていないだろうからな」


 スイが分かるのは竜が飛んで行った方角のみ。もし、竜さんと同じように人間の姿になってしまっていたら、見つけるのは不可能に等しい。


 つまり、スイたちからは、どうすることもできないのである。

「我らだけで、どうにか帰る手段を探さねばな」

「ですね......」

 スイは溜め息混じりに返事をした。



 ◇◇


 帰り道、2人が一ノ木公園という、象の滑り台がある公園の前を通りかかろうとしたその時だ。


「ッ! 魔力を感じる!! スイ、気を付けろ」

「えっ!? 魔力っていうことは——」


「——そう、我がいた世界の者だ。だが、竜ではなさそうだ」


 竜さんは顔をひょっこりと覗かせる。その気が感じられるのは、ベンチに寝ている金髪の青年だ。


 何も分からないスイは潜ませた声で問う。

「あの金髪の子が?」


 竜さんは頷く。

「接触を試みよう。我の後についてこい」

 抜き足差し足で近づく。目の前まで来ても、彼は依然として眠ったままだ。




 ——ガタッ!

 突然飛び起きた。夢の中で転けたりでもしたのだろう。


「ッ!!」

 2人とも構える。とは言っても『構え』が形になるのはスイだけだ。


 臨戦態勢に入った竜さんが先に声をかけた。

「起きたか、人間よ。貴様はテッセラクトの者だな? どうやってこの世界に来たのだ」


「?? ......どなたでしょうか」

 ジャーキングという——夢の中で転倒する感覚に襲われる——現象によって一気に眠気から解放された様子の彼は、今度は囲まれている状況に追い付かないようだ。


「我は逢竜ファーグレイニウス。貴様の名はなんだ」


「......あれ? 分からない、です。ここはどこなんでしょう?」

 おもむろながら金髪は立ち上がる。

 しかし、ふらついてしまい、そのまま転んでしまった。

 その拍子に何か光るものを落とす。すぐに回収されて、スイには何かわからないままだ。


 そんな彼を見兼ねて、竜さんが黙って手を差し伸べる。


「もしや、記憶がないのか? 弱ったな......」

 そのまま、助けてほしそうな眼差しをスイに向けた。


 やれやれ、仕方ない。

「......分かりました。一先ず、うちに来ますか?」


「うむ。それが良いであろう」


 スイは、相変わらずきょとんとした表情の青年の背後に回って、彼の肩に手を置く。

「さ、行きましょう!」


 半ば強引に連れて行く。これで彼が、この世界の記憶喪失者だったら笑い話にも成らなさそうだったが。




 ——アパートの前までやってきた。できれば大家さんにバレないように部屋に入りたい。2人も男を連れていると、いろいろと茶々を入れられる気がしてならなかった。



「2人とも、いいですね? 静かに頼みますよ」

 スイが先陣を切る。


 階段に差し掛かり、ゆっくりと上がっていく。

 登った先が騒がしかった。




「——ピンポーン!! ピンポンピンポンピンポーン!!!!」


 誰だろう。ピンポーンなんて口に出して......関わりたくないな。



 騒音の主は、今朝見送った少女である。

「げぇっ! コウ!!」

 意外や意外。まさかの身内だった。


「あ、どうもッス」

 コウの他に、カメラを引っさげた青里(あおさと)リョウと女子小学生のような子どもがいた。


「ウスイちゃんやっほー! ただいまー!!」


 ただいまって......ここ私の部屋だけど。


 そんなことを心の内でボヤいていると、コウがスイの後ろの影に気付いた。

「なんか1人増えてるー!」


「こ、こんにちは」

 金髪はへりくだった様子でお辞儀をした。


「っていうか静かにしてよ...」

 昨日、大家さんに注意をされたばかりなのに、この調子だとまたなにか言われてしまう。今度こそタダではすまなさそうだ。



 ——スイの肩を誰かが叩く。

「——静かにね」


 おばさまは一言だけ告げ、そのまま1階へ戻っていった。

 顔さえ見られていないが、きっとそのご尊顔は『仏の顔』だったに違いない。



「だ、そうなので......」


「ごめんなさいッス」

 頭を下げたのはコウではなくリョウくんと——


「わらわからも詫びるのじゃ。すまなかった」

 ——見知らぬ女子小学生であった。


 肝心のコウは笑っていた。こんな小さい子でも謝っているのに。


 竜さんは彼女の声を聞くとスイの前に出た。

「待て、まさか貴様...逹竜(たつりゅう)か?」


 口を開こうとした女子小学生を制し、満面の笑み——プロの愛想笑いを浮かべて竜さんに言い放つ。

「......中で。お願いしますね?」


 竜さんをぐいっと引っ張って、もう片手でドアを開けて中に入る。


「おっじゃましまーす!」

「お邪魔しますッス」

「邪魔するのじゃ」

「あ、お邪魔します」



 ——約8畳の部屋に大人数が詰めかける。

「じゃあ、何からどうしましょうか」


「まずは自己紹介からでええの? 逢竜も気になるようじゃし、わらわの方も聞いていた話より1人ほど多いからのう」

 女子小学生は立ったまま話している。


「わらわは逹竜(たつりゅう)セルラブス。こやつと同じ竜じゃ」

 なぜだか腰に手をあてがい、胸を張って話す。


 態度はどうであれ、探そうとしていた竜が向こうからやって来てくれたようだ。

 内心、スイはかなり動揺した。こんな偶然があるものなのか。

「僕が拾ったんッス。そしたらコウが来て、竜なら友達がいるって言うものだから彼女について来たわけッス」


「わらわが一番苦手な竜であったがな」

迍竜(ちゅんりゅう)ではなく貴様だとは、つくづく逢竜の力は不便であるな」

 何を、と言い返そうとするセルラブスをスイが抑える。確かにこれほど仲が悪いというのは如何なものか。



「して、その姿はどうしたのだ?」

 竜さんはソファに座り、セルラブスを嘲笑うかのように尋ねた。


「お主と同じローブじゃの。ま、それについては追々話すつもりじゃわい」


 セルラブスは金髪に目配せをする。


「はい、次は僕...ですね。でも、なにも紹介出来ません。名前も、生まれ育った場所も、好きだった花の名前も......記憶がないんです」


 それを聞いたリョウが話す。

「それは困ったッスね。記憶喪失ってことは警察に届けたりしたらいいんッスかね」


「無駄じゃろ。この世界の者ではないからのう」


「ああ、魔力があるからな。ところで貴様は?」

 竜さんはテーブルを挟んで対岸のリョウを見る。


「貴様って言われたの生まれて初めてッス。僕は青里(あおさと)リョウって言うッス。ウスイさんとかコウとかと同じカラテ仲間ッス。あ、カメラマンッス」


「その語尾はなんとかならんのか」

「ごめんなさいッス。いつの間にか癖になっちゃって......」

 彼のこの癖、初めて出会った頃には既に彼のキャラになっていた。


「次は、情報交換でよいな?」


「ええ。とは言ったものの、セルラブスさんに教えられるようなことは——」

「——無いな。逹竜よ、すまない」


「う、謝るでない! しおらしくて、気持ち悪いのう」

 両腕をさすり始めるセルラブス。


「わらわが知っていることは、『この世界に来たことは副作用(・・・)』であるということ。それと『力を奪うことが主作用(・・・)』だということ。前者は推測の域を出ないのじゃがな」


 つまり、ローブの人が竜さんたちの力を奪おうとしたら、この世界に飛ばしちゃったということか。


「それだけか」


「うむ。仕方ないじゃろ」


「イヌキの件といい、世話になってばかりだな」


「イヌキ? やつは何かしたのだったかのう」

 イヌキとはセルラブスの使いだという。


「覚えていないのか...直近の出来事だというのに。リーズの大火事の時にイヌキを遣わせてくれたではないか」


「覚えておらんな......もしや、記憶が断片的になくなっておるのかのう。この金髪と同じように」

「なに? では我も何かを忘れているということか」



「竜のお二方は、記憶全部が無くなった訳ではないんですね」

「じゃあさ、お互いに教え合えばいいんじゃない!?」


「何万年間分の記憶をか? 無理言うでない。それに我らは思い出せたとしても、この金髪には相手がいないではないか」


「おそらく、力を奪ったあのローブをどうにかすれば力も記憶も返ってくるじゃろう。そうするためには逢竜の助けが必要じゃが」


「ん? 我がか。何をすればいいんだ?」

「魔力を貸してもらう。その金髪にもじゃ」


 え? 僕? といったような様子で、自身を指さす。確かに、コウも金髪に近いが。


「わらわの使い、サルデを呼び出す」


 女子小学生はその短かめな腕を前に突き出して続ける。


 竜さんはセルラブスの肩に手を置いた。

「貴様も手を貸せ」

 指示を出し、金髪もそれに従って同じようにする。


 金髪が手を置いた瞬間、セルラブスの手の先から『魔法陣』のようなものが広がった。

 竜さんの時には見られなかった光景に、スイの心が躍る。


「いでよ、サルデ!!」



 スイと同じように初めて魔法を目にする2人はカメラを奪い合う。

「ほら、リョウちゃん撮って! あのブワーってなってるの!!」

「撮らないッス。撮るのもカメラマン、撮らないのもカメラマンッスよ」


 言っている間に、魔法陣から何かの影が飛び出した。


「ァ......アア、ゴシュジンサマ、ヒサカタブリデゴザイマス」


 朧気ながら手のひら大のトカゲがそこに現れる。竜さんとそっくりだ。


 コウが触れようとするが、透けてしまう。

 SF映画でよく見るホログラムのようなもので、通信をとっているようである。


「良かった、なんとか呼び出せたようじゃな。ローブについて調べて欲しい。わらわは魔力がもう無いから、夜になったらサルデの方から逐次報告すること」


 かなりざっくりとした物言いだが、すんなりと伝わったようだ。


「ギョイ」

 返事の直後、サルデの姿は消えていった。


「これで、待ちぼうけはなくなったじゃろう。何らかの出来事が起こるかするじゃろうからな」


 おお、とスイと竜さんは声を上げる。事態はかなり進展したように思えるからだ。


 一通りの事をし終えて、スイが手を上げる。


「......あのー、この金髪くんの呼び名を思い付いちゃったんですけど...いいかな?」

 本人に確認する。彼はどうぞと言わんばかりの仕草で返す。


「セルラブスさんの使いの方、イヌキさんとサルデさんですよね」

「さん付けはせんでよい」


 ちょっとだけ思い切って尋ねてみる。

「それって、残りに『キジ』って感じの名前の方がいませんか?」


「お、おお。その通りおるぞ。何故分かったのじゃ?」


「『桃太郎』です。桃太郎のお供なんですよ。イヌ、サル、キジって」

「おおー! 確かに、ウスイちゃん賢い!!」

 納得するのは、スイを含めて3人。残りの金髪、竜2頭は首を傾げる。


 桃太郎はそっちの世界にはないのか。


「えーと、桃太郎で思い付いたんですけど、桃から生まれたから桃太郎なんですよね? 似た事がこの子にも言えるんですよ」


「つまりどういうことッスか?」


「彼の名前、『一之木公園』で見つけた——『イチノキ太郎』でどうですか?」

 シーンと静まり返る。スイが予想していた反応とちょっとズレていた。


 その沈黙を破ったのは竜さんだった。

「良いのではないか? イチノキ太郎。さしづめ、イチノ・キタロウと言ったところだろう」


 続いてセルラブスが口を開く。

「悪くはないのう」


 イチノキ太郎が深呼吸をして、スイの方に向き直った。


「あ、ありがとうございます。名付けてくれて」

 深々と頭を下げられて、スイもお辞儀をし返す。


「いえいえ、私の方も何時までも金髪呼ばわりはしたくなかったので」



 ——すっかり笑顔になったキタロウの顔だったが、その顔を怪訝そうに覗くセルラブスがいた。


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