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新説 鄧艾士載伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 泥塗れの龍と手負いの麒麟は

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第二十二話 二六〇年 策の行方

 姜維は本隊の指揮を夏侯覇に委ね、単身で先鋒隊に合流した。


「大将軍! 単身で行動は危険過ぎます! ここは敵地ですよ」


「急ぎの用でしたから、急いで来ました」


 張翼に怒られはしたが、姜維はそれについて議論しようとは思っていなかった。


「それより、投降者とは?」


「魏の王瓘と言う者です。先の内乱で司馬昭に叔父の王経とその一族を殺されたとか。自身の身の危険と、何より一族の仇が討ちたいとの事でこの度蜀に投降してきたと本人は言っています」


 張翼もすぐに本題に入る。


「確かに内乱の事は知っていますし、王経とその一族が殺された事も報告にあった通りですね。会ってみましょう」


「よろしいのですか?」


 張翼だけでなく、廖化も心配している。


 蜀はかつて魏の投降者を受け入れたばかりに、当時の大将軍を暗殺されるという惨事に見舞われている。


 その後の投降者である夏侯覇は、皇族の後ろ盾と言う強力極まりない身元保証がついているので問題ないが、それでも同じ悲劇を起こす訳にはいかないと誰もが頭の中には置いているのである。


「まず心配はいらないでしょう。私は王瓘と言う者と面識がありませんので、おそらく向こうも私の顔を知らないはず。暗殺を企んでいるとしても、私が姜維であると確証を得られない限りは手が出せません。それに、投降を装ってすぐに暗殺に走るというのは、状況的に考えても極めて難しいと言えるでしょう。念の為に傅僉を側においておけばそれで充分です」


 姜維自身も並外れた武芸者ではあるのだが、姜維は一目見ただけで常人ではない雰囲気の持ち主なので、それが本人で無かったにしても要人である事は相手にすぐ伝わるという事に自覚を持っていない。


 張翼や廖化はそこが心配ではあったが、姜維が言う様に周りを蜀に武将に囲まれた状態で暗殺と言うのは、相当な手練れでなければ不可能だろう。


 張翼はそれで納得して、廖化に王瓘を連れてこさせる。


「貴方が王瓘ですか。私は蜀軍の大将軍を務める姜維と申します。初めまして」


 姜維は幕舎にやって来た王瓘に向かって、先に声をかける。


「こ、これは大将軍自らが……。失礼いたしました。私は王瓘と申します」


 王瓘は慌てた様に膝をついて、姜維に頭を下げる。


「蜀に投降したいとの事でしたが、それは何故に? 敵とはいえ、この雍州を守る司馬望、鄧艾は名将と呼ぶに相応しい人物です。ここで投降に来たという事は、貴方も雍州に赴任されてきたという事でしょう?」


 姜維は威圧するという訳ではなく、本当に気になっていた事を尋ねるという口調だった。


「正直に申しますと、私はそのお二方の事は風聞で知るのみで詳しくは存じません。ですが、陛下を害したのは司馬昭であり、我が叔父の一族を殺したのも司馬昭とその一味です。この行いは明らかに非道。にも拘わらず、雍州方面軍は敵襲の報も無いというのにその非道を咎めないどころか見て見ぬふり。司馬望将軍が司馬昭と距離を置いていたとしても、やはり司馬一族である事に違いは無く、鄧艾将軍もその一族から厚遇されて今の地位にある以上、信用する事は出来ません」


「それはいささか短絡が過ぎますよ。司馬望、鄧艾の両将軍は話せばわかる人物です。立場上敵同士で命の奪い合いを行っていますが、私個人はあの将軍達であれば尊敬に値すると思っているのですが」


「それでは、大将軍は私を受け入れる事は出来ないと仰せですか? 陛下を害し、我が叔父とその一族を皆殺しにした者の為に血を流せと? 大将軍、貴方も元は魏の人でありながら今蜀の為に戦っているのは、信じるに値する人がいたからでしょう? 私は信じるに値しない人間の為に戦う事は出来ず、人として許されない事をした司馬昭を討ち、あるべき姿に戻したいのです」


「それはつまり、蜀軍に降りはするが司馬昭を討ち取った後には蜀の臣下ではなく、魏を再興させるという事ですか?」


「……もしもその時に陛下がそう望まれるのであれば、私は蜀への忠誠を全うする事は出来ないかも知れません」


 王瓘は一瞬迷ったものの、正直に言う。


「それはさすがに虫が良すぎる話ではないか?」


 王瓘の申し出に向かってそう言ったのは、傅僉だった。


「敵を倒す為に兵力は貸して欲しい。だが、敵を打ち倒した後は敵になると言っているのだぞ? 我々に降るというのであれば、蜀に忠誠を尽くせ」


 傅僉の言葉に、王瓘はすぐには答えなかった。


「どうした? 投降すると言う事はそう言う事だろう?」


「言葉ではいくらでも言えますが、そこに信が無ければそれはただの言葉でしかなく、その忠誠の誓いに何の意味があるというのですか? 私とて言葉だけであれば、今、この場で蜀に忠誠を誓い身命を捧げますと言った方が望まれている答えだという事は分かっています。ですが、そんな軽い言葉で私の信用まで疑われるのであれば、最初から私の本心を知ってもらいたかった」


 王瓘は傅僉ではなく、姜維に向かって言う。


「……そうですね。口からだけなら何とでも言えます。そこに信を置くというのは、中々に難しいものです。王瓘、その身、一時的に蜀が預かる事にしましょう。ただし」


 一瞬表情を輝かせた王瓘に、口を開くヒマを与えずに姜維は続ける。


「蜀で預かる間は、蜀の武将として働いてもらう。それは構わないな?」


 口調を変えて、姜維は確認する。


「御意に」


「ではさっそく、魏の情報をもらおう。私達の当面の敵は司馬昭ではなく雍州方面軍であり、司馬望、鄧艾はおそらく司馬昭より難敵だぞ」


「私の持っている情報であれば提供いたします。特に今であればまだ迎撃の準備も整っていないはず。今夜にでも祁山に奇襲をかければ奪う事も出来ましょう」


「なるほど、それは確かに良い情報だ。だが、わが軍もここまでの行軍で疲労している。奇襲を行うだけの余力があるかを確認するのが先だな。その事について軍議を行うが、張翼将軍」


「はっ」


「王瓘将軍から魏の情報を収集して欲しい。情報は多いに越したことは無い。王瓘もそれには協力してくれるのだろう?」


「もちろんです」


 張翼と王瓘は姜維の幕舎から出て行く。


「良かったのですか、大将軍。俺が言うまでも無いでしょうが、敵の間者でしょう?」


 傅僉が眉を寄せて姜維に尋ねる。


「まぁ、私も十中八九そうだとは思うのですが、時期にも状況にもそこまで不自然なところは無いのですよね。ただ怪しいというだけで、もし本当に本物の国士であれば、それはあまりにも惨いと思えてですね」


「いや、まぁ、それはそうかもしれませんが……」


 姜維としても傅僉が言う様に、これが魏の策であるとは思う。


 しかし、そうと言う確信が持てなかった。


 だが、策であるとした場合、あの王瓘の受け答えは巧みと言える。


 かなりの切れ者であると思って警戒するべきだろう。


「廖化、夏侯覇将軍を……」


「大将軍! お話があります!」


 姜維が夏侯覇を呼びに行かせようとした時、本隊を率いていた夏侯覇が合流したらしく幕舎に駆け込んでくる。


「魏からの投降者だと聞きました! あり得ないとは言いませんが、あまりにも都合が良すぎると思いませんでしたか! しかも王経の甥だとか言っていましたが、俺はそんな者の存在を知りません!」


「……どこでそれを?」


「先ほど幕舎から出て来たところで、張翼と本人から聞きました!」


「なるほど、それなら話が早い」


「笑い事ではありません!」


 夏侯覇は怒鳴る様に言うが、姜維は微笑んだまま手で夏侯覇を制する。


「今の夏侯覇将軍の言葉で確信を得ました。司馬昭であれば処刑した王経の甥とやらを軍部に置いたままにするとは思えませんし、もし置くとしても手元であり雍州の様な目と手の届かないところに置くとは思えません。いかにも策だとは思っていたのですが、確信が得られなかったんですよ」


 姜維の言葉に、夏侯覇は安心したらしく、張翼のいた席に座る。


「つまり、祁山を奇襲すればと言っていたのも罠と言う事ですか」


 傅僉の言葉に、姜維は首を傾げる。


「完全な罠、と言う訳では無かったと思いますよ。もしその奇襲部隊を率いているのが廖化や張翼であれば、ある程度の戦果を挙げたところで鄧艾が迎撃に出てきて撃退する。そうすると、王瓘の情報は正しかったと私達は判断するでしょう。率いていたのが私だった場合には祁山の陣営を奪わせて、そこを包囲して私を孤立させるつもりだったのかも知れません。敵の策であると分かった以上、乗る必要もありませんが、おそらくその一手を打つために王瓘はこちらに入り込んできたという訳ではないはず。そこを見抜いてからで無ければ後手になります」


 姜維は腕を組む。


「司馬望、鄧艾はおそらくあの郭淮、陳泰より厳しい相手です。八陣図であればまず間違いなく勝てるでしょうが、鄧艾にしても司馬望にしても、こちらが八陣図で挑む事を知っていて無理に攻める様な事はしないでしょう。それに鄧艾であれば、あと数戦もすれば同じ様な八陣図の変化を身に付け、こちらにとって最も嫌う消耗戦に持ち込まれる恐れもあります。向こうが先に手を出してきたのであれば、それを利用する事を考えましょう」


 姜維はそういうと、祁山を奇襲する事はせずに合流を果たした蜀軍に十分な休養を与える事を選んだ。


 それは敵の策を見抜いたというだけでなく、今の疲労を抱えたまま奇襲を行う事の成功率が決して高く無いと判断した結果でもある。


 それもあって、後日王瓘が祁山の奇襲を行わなかった事を尋ねて来た時にも、その事をそのまま伝えた。


「確かな好機ではあったのですが、大将軍の言われる通り疲労を抱えてはいざと言う時に限界が来る事もあり得ます。次の手の為にも、私の持っている情報であれば提供を惜しみません」


 策が空振りになった事を知ったはずの王瓘だったが、少なくとも姜維の目にはその事を悔やむ様にも姜維を責める様にも見えず、本当に姜維の判断であればそれも仕方が無いと思っている様だった。


 数日王瓘を泳がせながら雍州軍対策を話し合っていたが、そこへ傅僉とその部下が一人の密偵と思われる人物を捕らえてやって来た。


「大将軍、尻尾を掴みました!」


 傅僉は密偵から奪い取った密書を、姜維に差し出す。


 そこには蜀軍の軍容の他、蜀軍の輸送路とその輸送を自分と蜀の武将の誰か、おそらくは張翼になると思われるので、壜山谷たんざんこくに伏兵を配して準備してほしいと書かれていた。


「なるほど、最初から軍ではなく糧秣が狙いか。向こうも八陣図と戦っても勝てない事は分かっているらしい。軍とは戦わずに勝利を得られる、恐ろしい策ではないか」


 姜維は密書を見て、笑いながら言った。


「蜀軍の糧秣が通るのは八月二十日、か」

王瓘とは


ぶっちゃけ、よくわかりません。

三国志の後半の人達、そんなんばっかりです。

ただ、策そのものは割と良い感じの策なのですが、ちょっと都合良過ぎるところと、仕掛ける相手に問題があり過ぎたのが運のツキとでも言いますか。

姜維との問答は創作ですが、王瓘は優秀な印象を受けたのでそれっぽくしてみました。

それっぽく見えてるかは不安ですが。


あと、夏侯覇。

お前、何で王経とその一族に詳しいんだよ、と自分でも思ってます。

一応王経は曹爽派にスカウトされた事もあり、夏侯覇もその一族を調べたのかも知れませんが、あんた蜀に降ったのもう何年前の話よ? とかも思ってます。


まぁ、そんな細かい事は気にしない事です。

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