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新説 鄧艾士載伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第三章 泥塗れの龍と手負いの麒麟は

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第十一話 二五八年 主導権を握れ

 大きく後退した雍州方面軍は、渭水の南岸まで退いた後に陣を敷いて軍を立て直す。


「司馬望将軍、私はどのような陣に取り込まれていたのですか?」


 鄧艾は自身の敗因について、司馬望に尋ねる。


「私も見るのは初めてだったので確証は持てませんが、おそらくは長蛇捲地(ちょうだけんち)の陣と言われる陣でした。荊州を遊学している時に伝え聞いた程度で詳しくは分かりませんが、聞いた特徴と一致していましたので」


「長蛇捲地の陣、か。私も聞いた事がある程度の陣でまだ研究中の陣形であるにも関わらず、それに変化出来るとは。今は亡き仲達様であればともかく、今の私達の知る八陣図と姜維の用いるソレとの間には十年の開きがあると見るべきでしょう」


「それでは、ただ黙って敗れると言う事か! それでも精鋭の中の精鋭である雍州方面軍の副指令か!」


「師纂、口の利き方には気をつけろ。お前がどの程度で自己評価をつけているのかは知らないが、お前と将軍ではそもそも比べる事がおこがましいくらいの差がある事くらいは知っておけ」


 杜預がらしくないくらいに強い口調で、師纂に言う。


 師纂が特別打算的な武将という訳ではないのだが、さすがに司馬一族に連なる杜預と揉めるのは避ける。


 しかし、不満そうな態度は隠そうともしない。


「師纂の口が過ぎる事はともかく、現状では打つ手なしと言う事でしょうか? 本国より援軍を要請しますか?」


 諸葛緒が尋ねると、鄧艾も司馬望も首を振る。


「援軍と言っても、諸葛誕との戦が終わって今は兵にも休息を与えているだろう。そこに援軍の報を受け、軍を編成して援軍が到着するには相応の時間を要する。さらに兵の士気も低くなるだろうから、ここではそれほど期待出来ない。何としても現状の兵力で打破しなくては」


 司馬望の言葉に、鄧艾も頷くがその糸口がつかめない。


 せめて数的優位くらいはないと、あの陣はとても破れるものではない。


 と、その時、鄧艾はふと気になる事を見つけた。


「司馬望将軍、祁山への蜀軍はどれほどの数でしたか?」


「かなりの大軍であったと思います。数万以上、おそらくは十万近い兵力だったかと」


「……姜維の率いた軍もそれくらいの大軍でしたね」


 鄧艾はよく思い出しながら言う。


「少し八陣図の欠点が見えてきました」


 鄧艾は司馬望に言う。


 諸葛亮の八陣図を極めて深いところで理解している姜維は、おそらく諸葛亮自身と近いくらいに八陣図を変化させる事が出来るだろう。


 そして、おそらくは同数程度の兵力に対してであればまず負ける事の無い力も持っている。


 が、そこに問題が無い訳ではない。


 大軍を迎え撃つ陣としても強力な八陣図であるが、圧倒的大多数を相手にしても何ら問題ないという事は無い。


 また、収穫後であるとはいえ戦略拠点になり得る祁山を確保した以上、そこに守備兵を置く必要もあり、蜀軍の二十万の大軍は現時点で二分されていると言ってもいい。


 そして、現状では破り得ない最強の陣形である八陣図だが、それを最強たらしめているのも、やはり十分な兵力である。


 十分な兵力があり、複雑怪奇に変化出来るからこそ大軍に対しても怯む事無く戦う事が出来る。


「……それはつまり、ほぼ全ての兵力を戦場に集中させているという事になるのでは?」


 鄧艾の言葉に、全員が一瞬呆けた表情になる。


「た、確かに! 蜀軍はほぼ全軍が戦場に出払っているという事になりますよ! 今なら蜀軍の本拠点はカラッポです!」


 鄧忠が興奮気味に言う。


「で、ですが、あの智将姜維が拠点を留守にするでしょうか? 姜維本隊の兵が幾らか偽りの兵が混ざっているという事は?」


「他の陣形であればいざ知らず、あの八陣図を用いるのであれば案山子による兵の水増しは不可能だ。様々な陣に変化するという事は、兵にはそれぞれに役割があるという事。案山子を用いるのであれば、最初から変化を必要としない迎撃の陣を敷いてくるはずだ」


 自身も八陣図を敷き、変化させる事の出来る鄧艾だからこそわかる。


 それに、全軍を投入するというのはこちらにとっても全く望外の一手とも言える奇策である。


 もし今から祁山の夏侯覇軍が急いで本拠点に戻ったとしてもこちらの方が早く襲撃する事が出来るし、その場合には夏侯覇の去った祁山を奪い返しても良い。


「多少賭けの部分は否めませんが、手としては悪くない手と言えるのでは?」


 司馬望も頷く。


「では、司馬望将軍には姜維の足止めをお願いしたい」


「私が? 私では姜維の相手が務まるとは思えないのですが」


 司馬望は眉を寄せて言う。


 これは司馬望が怖気づいたというより、司馬望自身が自分の能力を正確にわかっていると言う事だ。


 司馬望は鄧艾より能力が劣っている事を自覚している。


 それ故にほぼ全権を鄧艾に委ねているのだ。


「戦う必要はありません。陣立てで姜維の足止めをしてもらえば良いのです。司馬望将軍も八陣図はご存知でしょう? それに変化も」


「しかし、私は士載殿や姜維ほど熟知しているとは言えません」


「挑発していただければ良いのです。司馬の名を持つ将軍が八陣図を敷き、さらに変化させれば姜維は自身の八陣図との違いを見せに来るでしょう。一度八陣図を敷いてしまえば、陣を変化させる事に富んでいても軍を俊敏に動かす事には不向きになります。その間に私が蜀軍の本拠点を攻撃します。姜維は自身が慌てて後退するか、あるいは祁山の兵を救援に向かわせるはず。これで流れを押し戻します」


「なるほど、それであれば先に一手仕掛けておきましょうか」


 司馬望はそう言うと、自ら筆を取って蜀軍に挑戦状を書いてさっそく挑発を始める事にした。




「魏から挑戦状?」


 張翼は魏から届けられたという書状を見て、首を傾げる。


「確かに挑戦状ですね。しかも司馬望からです」


 書状に目を通した後、姜維は諸将にその書状を見せる。


 それは確かに司馬望の挑戦状であり、鄧艾は陣立てに敗れたものの自分はそれを救出する事が出来るくらいにその陣を知り尽くしている。その自分を恐れないのであれば、明日陣立てで勝負してみせよ、と言う内容であった。


「司馬望、何するものぞ! 所詮は司馬一族の端に引っかかった程度の者。恐るるに足りぬ相手ではありませんか!」


 鼻息の荒い傅僉に、姜維は苦笑いする。


「司馬一族は優秀な人材が多い事は間違いないですが、鄧艾があれほどはっきりと敗れたというのに、懲りずに挑んでくるとは。よほど自信があるのか、あるいは何かしらの策でしょうな」


「十中八九は策ですね。そしてその為に司馬望が私を足止めするつもりで、おそらくは鄧艾が別動隊として動くつもりです。こんなに早くこちらの弱点に気付くとは思ってもいませんでした。まさかあの難敵だった郭淮や陳泰の方がマシだったと思う日が来るとは」


 姜維は溜息をつきながら言う。


「……と言う事は、大将軍には敵の動きがわかると?」


 張翼が姜維の言葉からそう予測して、姜維に尋ねる。


「と言うより、弱点? そんなモノがあるとは思えませんでしたが?」


 傅僉が話に割り込んできて、張翼に睨まれる。


「弱点と言っても諸葛丞相の考案された八陣図にではありません。もし陣立てで勝負するのであれば、鄧艾や司馬望はもちろん、もし司馬仲達や曹孟徳であったとしても敗れる事は無いという自信はあります。ですが、八陣図も万能ではありません。万全の状態で威力を発揮するには条件があるのです」


「条件? あの八陣図は無敵でしょう?」


「数だ」


 張翼が妙に熱くなっている傅僉に言う。


「極端な話だがその気になれば陣は五人程度いれば組む事は出来るのだが、魏の大軍と戦うにはそれ相応の数が必要になる」


「それに場所です。ある程度の広さが無ければ八陣図といえども変化に制限を受けます」


「……弱点らしい弱点は無いと思うんですが?」


 傅僉は首を傾げる。


「察しが悪いな。それなりに広い場所にそれなりの数を集めている今の状況、お前であればどこを狙う?」


 張翼の言葉に傅僉は首を傾げて考え込む。


「……新たに奪った祁山の拠点ですか?」


「拠点には違いないですが、そこではありません。我々の本拠点です」


 姜維は司馬望の挑戦状を見ながら言う。


「私の当初の目的では、魏の援軍が来るのを待って、その連中の無謀な挑戦を受けるだけ受けて、相手の士気が下がったところを見計らって、祁山の夏侯覇将軍と共に多方面から攻撃して長安まで狙うつもりだったのですが、まさかこの手を思いつく武将がいるとは」


「郭淮や陳泰では思いつかなかったと?」


 張翼の質問に、姜維は軽く首を振る。


「思いついても、実行出来なかったでしょう。戦術でいうのであれば、魏の戦術の常道でいうなら援軍を呼ぶはずだったのですよ。郭淮であれば、そうしたでしょう。ですが、戦が終わったばかりの魏軍は疲労も溜まっているでしょうから、実際には数ほどの力を発揮出来ないんです。ですが、呼ばざるを得ない。郭淮だけでなく、おそらく陳泰も、司馬望にしてもその判断に行き着くと思っていたのですが、まさか反撃してくるとは」


「では、すぐにでも本拠点の守りを固めないと」


 傅僉は慌てて言うが、張翼も姜維も苦笑いする。


「踊らされるな、大将軍がここまで説明してくれるという事は相手の動きはまだ想定内と言う事だ」


「何度も使える手ではないのでもう少し寝かせておきたかったというのが本音ですが、それでも鄧艾が相手であれば悪くないですね。さっそく動きましょうか」


 姜維がそういうと、張翼も頷いた。


前回も言った通り


諸葛亮の八陣図は、現存する資料が無く、具体的にどんな陣形だったのかはまったく分からない未知の陣形と言われています。


なので、本編で八陣図について色々と言っていますが、全て架空の陣形の話をしています。

ただ、複雑に様々な陣形に変化する事が出来る事を強みとしている八陣図であれば、やはりある程度の兵数は必要になると思います。


姜維がこの陣形であれば司馬懿にも曹操にも負けないというとんでも発言は本作の創作ですが、姜維であればそれくらいの大口叩いてもおかしくないと思うのですが、ちょっとやり過ぎかな?

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 やはり、あの八陣は少ない兵力を補う陣型。 大軍だと指揮能力の限界により運営しづらいのではないかと思う。 遊兵を作ってしまい、隙を作ってしまう。 諸葛亮が魏に攻めた際、兵力…
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