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新説 鄧艾士載伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 血と粛清の嵐の中で

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第十七話 二五三年 決着の時

 姜維の策が当たって既に八日が過ぎていた。


 鉄籠山からの抵抗は無く、また後方待機の部隊が物資を鉄籠山に届けた様子も無い。

 もちろん姜維はそんな事を許すつもりも無いが、後方の物資を守る守将は自身の仕事の重要さを十分に理解しているらしい。


「さて、それでは軍議を始めましょう」


 姜維はそう言うと、集まった面々を見る。

 そこには夏侯覇や張翼といった蜀の武将達の他に、羌族からの補充要員として五千の兵を率いてきた治無戴も参加していた。


 本来であれば治無戴は南安包囲側なのだが、そこが型に嵌ったと判断した姜維がその智謀を活かす為、こちら側に呼んだのである。


 唯一、副将の廖化だけは別動隊として魏軍の後方部隊を牽制している為この場にはいない。


「出来る事なら司馬昭の方から降伏して欲しかったところですが、そこはさすがに司馬一族と言う事にしておきましょうか」


 姜維の言葉に集まった面々から笑いが漏れる。

 姜維が敢えて全員を集めて軍議を開いた理由を、集まった面々は説明されるまでもなく分かっていた。


 魏の援軍としてやって来た司馬昭の本陣に奇襲をかけ、何ら物資を持たぬまま鉄籠山に籠城して八日。


 司馬昭がどれほど戦上手であっても、その窮地に駆けつけた胡奮がどれほどの名将であったとしても、飲まず食わずで戦えると言うものではない。

 鉄籠山には食すに適した物も少なく、しかも徐質の部隊を焼き払った時の炎によってそれらがあったとしても、すでに灰と化している。


「ここまでで十分な休養も取れたでしょう。これ以上時間をかける必要もないと判断しましたので、これより鉄籠山の司馬昭を討ち取ります。鉄籠山を攻めるのは私と夏侯覇将軍。念の為に聞いておきますが、夏侯覇将軍は魏の重鎮である司馬昭を討つ事に躊躇いはありませんか?」


「愚問。司馬一族をこの手で討ち取れるのであれば、どんな戦場であっても一番槍をつけてやるとも」


 夏侯覇は胸を叩いて言う。


 その事について、姜維は口にしたほど疑っている訳ではない。

 だが、姜維が疑っていないからと言って、周囲の者達も同じように考えているとは限らない事もあって、姜維は敢えて全員の前で夏侯覇に宣言させたのである。


「治無戴殿は鉄籠山の入口付近に待機して下さい。我々が鉄籠山を攻めると知れば、さすがに敵の後方部隊も本格的に動く事でしょう。また、後方部隊の将がもしかするとこちらの本陣を狙ってくる恐れもありますので、その時には敵軍の側面を蹂躙してやって下さい」


「承知」


 治無戴は短く答える。


 彼自身極めて高い能力を持つ智将なのだが、それだけに姜維の非凡な軍才を誰よりも評価していた。

 むしろ心酔していたとさえ言える。


「張嶷と張翼は本陣の守りを。先ほど治無戴殿に言った通り、敵の後方部隊はこちらを攻めてくる事も十分に有り得るので油断など論外。また、鉄籠山を目指してくる場合にはこちらから打って出て治無戴殿と挟撃して魏軍を打ち破る様に」


「御意」


 二人の将軍は声を揃えて答える。


 共に戦場に立てば、姜維の能力の凄まじさは嫌でも痛感させられる。


 まるで未来を見通しているかの様な神算鬼謀は、まさに諸葛亮の生き写しと言わんばかりであり、張翼や張嶷も決して凡庸な武将ではないのだがそれでも姜維の用いる策を思いつく事も、破る策を見出す事も出来なかった。


「十中八九こちらの勝利は約束された様なものですが、まだ油断は出来ません。九分九厘成功していたにも関わらず、徐質には驚異的な粘りを見せられ、想定外の損害を招きました。決して魏軍を侮る事のない様に」


 姜維は全員に言う。


 誰にも失策は無かったにも関わらず、徐質には思わぬ苦戦をする事になった。


 今回はその反撃も出来ないくらいに憔悴しているはずなのだが、相手の状況を確認する方法が無い以上、想像を絶する方法で戦力を維持している可能性はある。


 こうして一切の油断を排除して、まさに全軍に出撃の命令を出そうとした時に伝令が入ってきた。


「報告です! 南安が降ったと言う事で、南安を包囲していた迷当大王が五万の兵を率いてこちらに向かっていると言う事です!」


「はっはっは! 羌族の王は一郡を落としただけでは不服と見える。これは心強い援軍が来たな!」


 夏侯覇が笑うと、姜維も表情を和らげる。


「姜維殿、我が主を悪し様に言うつもりは無いが、もし主に司馬昭を討ち取られたら何を要求されるか分からないくらいに高くつくかもしれない。気前は良いががめつい御方だ」


「司馬昭を討ち取ったのであれば、費禕大将軍におねだりしてみますよ。大王を失望させる様な事にはならないでしょう。大将軍も気前は良い方ですから」


 姜維はそう言うと出陣の準備を一時中断して、援軍に来たという迷当大王の出迎えの準備にかかった。


 この時の姜維には余裕が有り、それが結果として蜀軍の完全崩壊を防ぐ事につながった。


 最初に違和感に気付いたのは、同じ羌族の智将である治無戴だった。


「……姜維将軍、よくよく考えればこの援軍は妙だ」


「どういう事ですか?」


「率いてきた兵は五万と言っていたな。それがおかしい」


 治無戴は引っかかりを感じていた。


 もし本当に南安が降伏したというのであれば、南安には蜀軍の兵だけを残し、羌族の兵を全軍でこちらに向かわせるはずだというのが治無戴の主張である。


 南安の包囲には蜀軍から一万、羌族から九万と総勢十万の兵だった。


 南安が降ったとして、半数を残して治安慰撫にあて、残り半数を援軍に向かわせるというのは実に良い差配であると姜維には思えた。


「ああ、良い差配だ。大王らしからぬ、実に見事な手腕だと思う」


「……それはつまり」


「これは援軍なのか? もし大王であれば、南安が降ったというのであれば略奪に走るか、あるいは南安を蜀軍に任せて独断で鉄籠山に全軍で攻め上がって司馬昭を討って手柄を誇るのが常だ」


「……一度確認しておきましょうか」


 最近では治無戴と迷当大王が上手くいっていないと言う噂は姜維も耳にしていたので、治無戴が少々神経質になっているのではないかとは思う。


 だが、姜維達蜀の武将達より身近で接している人物が、いつもと違う動きをしていると言っているのは無視出来ない。


 念の為に姜維は羌族の援軍に伝令を出し、部隊に戦闘準備を整えさせる。


 もし無駄になった場合には、姜維と夏侯覇はそのまま鉄籠山に向かい、守備兵達に接待の準備をさせていたと説明すれば、とりあえずは大丈夫だろうと判断したのである。


 それが功を奏した。


 迷当大王の率いる羌族の援軍は、蜀の援軍ではなく魏の援軍となっていたらしく、そのまま蜀軍に攻め込んでくる。


 いかに完全なる奇襲では無かったと言っても、今姜維が率いている迎撃軍の総数は羌族の軍勢より数が少ない上に、状況を正しく判断出来ていない状態だった。


 それでも砦として守りを固めていた拠点を利用して、羌族の大軍を食い止めようとする。


「敵将姜維を討ち取れ! ヤツこそが元凶である!」


 だが、大王自らが率いる羌族の攻撃力は万全ではない蜀軍では完全に食い止める事が出来ずに混戦になった。


「姜維将軍、将軍は撤退を」


「何を言われる! こうなったのは私の落ち度! 共に戦いましょう!」


「そちらこそ何を言っている。将軍の戦いはここで終わりではない。将軍が安全なところへ撤退していち早く立て直さなければ、蜀に未来は無いのではないか」


 治無戴に説得され、姜維は本陣から撤退する。


 戦闘の準備を整えていた事が幸いして、姜維は最低限の装備を身につけた状態で馬に乗ったのだが、その時に馬が興奮状態で暴れた為に矢筒から矢がこぼれ落ちてしまった。


 さすがに拾っている余裕は無かったので、姜維はそのまま馬に乗って砦を出る。


 魏軍はどの様にして連絡をとっていたのか疑いたくなるくらいの連携の良さで、後方部隊からも蜀軍本陣に向けて兵が出ていた。


 こうなっては立て直しは極めて困難と言わざるを得ないが、別動隊の廖化と合流すればまだその好機はあると思い、姜維は魏軍の後方部隊をやり過ごして廖化の部隊へ向かおうとする。


「賊将、姜維! 見つけたぞ!」


 この時、姜維は単騎だったので発見は難しかったはずなのだが、運が無い時というのはこう言うものである。


 しかも、よりにもよって見つかった相手は知勇兼備の武将、郭淮だった。


 向こうも単騎ではあったが、今は郭淮を討ち取るより廖化との合流を急ぐべきだ。


 姜維は矢の無い弓を構えて弓弦を鳴らす。


 それを見て郭淮は身を躱す仕草を見せるが、追撃の速度を緩めようとはしない。


 このままでは追いつかれるな。


 姜維は何とかして郭淮の追撃の速度を落とさせようと弓弦を鳴らすが、それは逆に姜維の逃げる速度を落とす事になり、しかも郭淮にこちらに矢が無い事を悟らせる結果となった。


 自分でも呆れるくらいの失策である。


 矢が無い事を悟った郭淮が、逆に姜維に向かって矢を構える。


 ……やむを得ない、か。我ながら情けない。まったく、智将が聞いて呆れる。


 郭淮の放った矢はまっすぐに飛来してくるが、それを姜維は躱すのではなく矢を掴んで奪取すると言う離れ業をやってのけた。


 姜維はその矢を郭淮に射返す。


 こちらに矢が無いと思っていたはずだが、さすがに郭淮からも姜維が矢を掴むのが見えたらしく剣を抜いてその矢を防ぐ。


 そのまま剣を振りかぶって郭淮が突進してくるのを見て、姜維も覚悟を決めた。




 姜維が弓を投げつけると、郭淮は剣を振って弓を両断する。


 その僅かな隙を見て、姜維は念の為にと馬の鞍に括りつけていた武器を手に取る。


 剣の間合いに入ろうとしたまさにその時、恐ろしく鋭い飛矢が郭淮に襲いかかってきた。


「何?」


 郭淮は一度はそれを防いだものの、その飛矢はさらに数本同時に飛来してきたのである。


 まったく予想外の攻撃に、郭淮は腕や肩、胸を射抜かれて落馬する。


 姜維に矢は無かったはず。それどころか、弓まで投げてきたのに、一体何が起きたと言うのだ?


 致命傷を負った郭淮だったが、その正体を見極めようと剣を杖にして立ち上がる。


 姜維の手には、これまで見た事も無い様な特殊な形状の弩があった。


 弩と言う武器は、もちろん魏にもある。


 しかし一つ一つにかかる手間や価格が通常の弓と比べて非常に高価であるため、拠点防衛に使われる事はあっても遠征などにはあまり使われていない。


 おそらく蜀も同じだろうと郭淮は思っていたのだが、姜維の持つ弩には当てはまらないのかもしれない。


 弩の欠点はその高価さだけでなく、連射に向かないというのもある。

 狙って引き金を引くだけなので、一射目に関して言えば弓より圧倒的に弩の方が強い。

 しかし、強力な貫通力を生み出す弩の弓弦は固く、二射目からは確実に通常の弓の方に軍配が上がる。


 また専用の矢も通常の矢と比べて作るのに手間がかかると言う事もあって、通常装備にはなり得ていない武器だった。


 が、姜維の持つ弩は、高価かつ手間である事は変わらないどころかさらに上になるだろうが、連射出来ると言う弩の常識を覆す武器だった。


「敵将、郭淮。悪いがその首をもらう」


 姜維は特殊な弩を馬の鞍にくくりつけると、自らの剣を抜く。


 姜維が切りかかろうとしたまさにその時、


「郭淮将軍!」


 魏軍の者の声がすると、複数の騎馬がこちらに駆けてくるのが見えた。


 郭淮を討つ事は出来るだろうが、それでは逃げる機会を逸すると見た姜維は、そのまま剣を収めて逃げ去っていく。


 郭淮の元に駆けつけたのは陳泰と、途中まで郭淮と行動していた句安だった。


 郭淮はすでに言葉を発する事も出来ず、二人に対して自身の体に刺さった矢を指差すと、そのまま倒れて絶命する。


「これは……、連弩れんどか? おのれ、伯約! 丞相との誓いを破ったか!」


「句安、何か知っているのか?」


「伯約がそのつもりであれば、こちらにも考えがある!」


 陳泰には分からないが、句安には何か思うところがあるようだった。


 このあと姜維は廖化と合流する事には成功するが、蜀軍は急遽全軍撤退を始めた。




 その隙を突いて鉄籠山の司馬昭と胡奮は救出され、鄧艾の守る後方の拠点にやって来た。


「……徐質に続き、郭淮まもで失ったか」


 司馬昭は後方拠点に回収された郭淮の遺体を見て呟く。


 句安が言うには、郭淮の体を貫いている矢は連弩と言う諸葛亮考案の弩で、連射が出来る弩だと言う。


 通常の弩より飛距離も貫通力もあり、しかも連射出来る武器なのだが、過度の殺傷を招く武器と言う事で諸葛亮自らが使用を制限する事を決め、拠点防衛にのみ使用を許可された秘密兵器だったらしい。


 それを姜維は携帯し、郭淮に向かって使った事が句安には亡き諸葛亮の意に反するとして、姜維を見限る事になったので全てを説明するに至ったと司馬昭に言う。


 情報を秘匿していた事について、司馬昭は句安を咎める事はしなかった。


 元は蜀の武将である句安が、諸葛亮に対する忠義を示すのは無理からぬ事と理解を示したのである。


 むしろよく話したと評価さえしていた。


「して、蜀軍は何故急に退却したのだ?」


 司馬昭は鉄籠山で身動きが取れていなかったので、戦場の状況が分からないのである。


「実は……」


 情報を手にしたのは鄧艾だったのだが、あまりにも予想外の理由だったので虚報であると疑っていた。


 蜀軍の本陣での戦いも、羌族の主である迷当大王が何者かに討たれた事もあって混乱から立ち直る目処が立ったにも関わらず、蜀軍が南安の包囲軍も含めて全軍撤退した事を考えると事実だったらしい。


「蜀の大将軍である費禕を郭循将軍が暗殺したとの事」


 大将軍費禕暗殺。

 それは蜀にとって、まさに国を傾ける様な大事件であった。

連弩の法


本来であればもう少し前に出てきていたのですが、今回初登場の蜀軍のびっくりどっきり兵器です。

木牛流馬に続く、孔明先生のオーパーツ兵器なのですが、本編で言っていた様な使用制限はかかっていません。

ただ、木牛流馬は接収した魏軍も使っていたみたいですが、連弩に関しては演義ですらほとんど出てこない(と言うより説明が割愛されている)ので、敵の手に渡らない様にしていたのでは、と思ったので本編ではそんな不思議な使用制限を付けてみました。


ちなみに郭淮は、演義では姜維に矢を掴まれた後、その矢を受けてリタイヤとなってます。

あまりにも残念な感じだったので、このように変更してます。

正史ではそのまま病に倒れています。

三国志後期の名将にしてはあっさりした退場になって、申し訳ないです。


ま、演義ではいつの間にか誰かに殺されていた迷当大王よりはマシと言う事で。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 連弩ですか。 諸葛亮が今際の際に姜維に託した遺品。 一度に十本の矢が飛来し、鏃には毒が塗ってある。 極めて危険な武器。 張郃は確か実験台にされて、あの世行きに ついに費…
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