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新説 鄧艾士載伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 血と粛清の嵐の中で

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第十六話 二五三年 陳泰、駆ける

 陳泰は手勢の五千を率いて、南安を包囲している蜀軍の拠点に出向いた。


 もちろん敵も陳泰の顔は知っている上に、魏軍の五千の兵が来たと言う事で騒然としたが、陳泰は自ら兵の前に立って投降の意思を伝える。


 一軍を率いてきた陳泰だったが、投降の意思を伝えた時に率いてきた兵から離され、単身で代表に会う事になった。


 陳泰はそれに従い、自ら武器を預けて案内を受ける。


 その時に兵の様子を見ると、鄧艾や郭淮の予想通り蜀の兵ではなく羌族の者だと言う事が分かった。


 表面側だけ蜀の兵と蜀の鎧をまとった羌族の兵で蜀軍に見せ、実際には異民族の大軍で南安を包囲している。


 確かに、これはしてやられたな。

 陳泰は表情に出さない様にしながら、そう思う。


 郭淮と共に異民族を制圧した際に、そこまでの不満などは見えなかった事もあり、羌族とも上手く行っているものだと思っていたのだが、それだけに羌族に対する警戒が薄れたのは認めざるを得ない。


 羌族の大王である迷当大王を動かした者がいる。


 姜維伯約。


 今の蜀の軍事を担う武将であるが、あまりに急進的な言動が今の大将軍である費禕と軍事行動の方針で上手くいっていないと言うのは、陳泰も郭淮も情報を持っていた。


 それでも費禕が姜維を高く評価している事も伝わっているので、いつ強硬路線に切り替わるか分からなかった事から、蜀に対してのみ警戒していたのである。


 それを逆手に取った姜維は、見事と言う他ない。


「魏の武将が何の用だ?」


 幕舎で待っていた羌族の長である迷当大王は、いかにもな雰囲気を持つ巨漢だった。


 野性味の塊と思える様な大柄な体と全身を包む筋肉の鎧。濃い髭面で動物の毛皮を羽織った姿がよく似合う、絵に書いた様な暴漢とも言うべき男だった。


「魏の陳泰と申します。大王にお目通り、有り難く思います」


「それで? 魏の名門の生まれが、何をしにきたのだ? 小手先の小細工を聞くつもりはないぞ」


「大王にお願いがあります! 郭淮は狭量にして、司馬一族より重用されている事を良い事に、それを振りかざして軍を私物化しています! もはや私の父や義父の愛した魏ではなく、逆臣司馬一族の専横に我慢ならないのです!」


 陳泰は感情的に迷当大王に伝える。


「郭淮は先年乱を起こした者を身内に持つために降格したと言うのに、軍権を掌握するために私の命まで狙ってきた、狭量で権力に取り憑かれた者! あの様な者と共に戦う事も、それを重用する司馬一族とも、もはや一緒には戦う事は出来ません! 魏の皇族であった夏侯覇将軍も蜀に受け入れられている事もあり、是非大王の口添えをお願いしたく」


「ほう、夏侯覇も郭淮には思うところがあったらしいな」


 迷当大王は頬杖をついて頷いている。


 だろうな。


 夏侯覇は武将としては非常に優れているし、部下に対しては公明正大である事は陳泰も知っている。


 だが、郭淮に対してだけは非常に評価が低く、常に郭淮の事だけは悪く言っていた事も覚えている。


 それが迷当大王の耳にも入っているだろうと思っていたのだが、それを知っていれば陳泰の言葉にも信憑性が増すと言うものだ。


「大王! 今、私の私兵と大王の兵をもってすれば郭淮如き一蹴する事が出来ます! そうすれば包囲している南安も降伏するでしょうし、そうなれば大王の手柄でこの地を治める事も出来るでしょう!」


「なるほど、智将と伝えられる陳泰殿らしい、いかにもありそうな弁舌である。それで儂を説得出来ると思っておるのか」


「大王であれば、私の立場もわかっていただけると思います」


「ほう、と言うと?」


「大王、私の様にならないで下さい。それが心配なのです」


 陳泰の言葉に、迷当大王は眉を寄せる。


 その表情に、陳泰は手応えを感じた。


 羌族も最近では一枚岩ではない事は、郭淮や陳泰も掴んでいた。


 優秀な武将である治無戴の影響力が日に日に強くなっているのは、迷当大王にとってあまり面白い事では無い。

 しかも治無戴はかなりの蜀贔屓で、羌族と言う独立勢力に誇りを持っている迷当大王との考えとはかけ離れている。


 迷当大王としては気に入らないにしても、治無戴には十分過ぎるほどの実績があり、しかも武勇一辺倒の羌族の中にあっては極めて珍しい知略型の武将であるので処断する事も出来ない。


 陳泰は雍州方面軍の司令官であり、最高位にあるのだが形としては部下である郭淮にその立場を追われた事になる。


 その図式は、そのまま羌族にも当てはまると言う事を迷当大王も察したのだ。


「大王、私に任せて頂ければ雍州方面軍を撃滅する事も出来ます。それによって武勲を確実なモノとして、姜維や蜀の者達にその武威をお示しになられては? 私はその為に尽力いたします」


「……儂の為だけに働くと申すか?」


「その際に私の力添えがあった事を伝えていただければ、あとは夏侯覇将軍がきっと私の事を拾ってくださると信じておりますので」


 陳泰は頭を下げたまま願い出る。


 この場に治無戴がいなかった事が、陳泰にとって有利に働いた。


 もし治無戴がいれば、迷当大王もここまで露骨に治無戴への不信感を表に出す事は無かったはずだ。


「……良かろう、陳泰。我が旗下の豪傑、蛾遮塞がしゃさいとその一軍を貸そう。それと貴様の一軍で、見事雍州方面軍を粉砕して見せよ。さすれば、貴様の事も考えてやる。どうだ?」


「一軍と言うのは?」


「羌族の精鋭、一万。貴様の五千と合わせれば一万五千だが、我が羌族の精鋭は魏の軟弱な兵の十倍勇猛だ。数であれば十分であろう。これで失敗する様であれば、それは貴様の実力不足と言う事」


「十分です。この陳泰、大王の期待に必ずや応えて見せましょう」


 軍略や戦術さえも軽視して腕力のみで戦をしようと言う傾向の強い羌族なので、陳泰は来てからすぐに率いた兵達を連れて雍州方面軍の拠点へ移動する事になった。




 が、今回は敵として、さらに羌族の蛾遮塞とその兵一万を連れてである。


 兵法で言うのであれば、夜襲と言うのはそこまで推奨されている手では無い。


 視界が極めて悪い上に、そのせいで同士討ちの危険が飛躍的に高まってしまう。


 しかも灯りの確保の為に兵や装備をそれに当てる事になるので、兵の実数より戦力が落ちてしまう。


 とは言え、利点も当然ある。

 

 敵全軍が準備万端で迎撃する為に待ち構えていると言う事は、まず有り得ない。


 見張りの兵にさえ見つからなければ、ほぼ確実に先手を取る事が出来る上に、そこで先手を取れば一気に勝負を決める事も出来る。

 危険も見返りも大きい賭けになるのが夜襲である。


「陳泰、貴様は味方を売ってでも媚びを売るつもりらしいが、お前に分けてやる武勲などないぞ」


 蛾遮塞は鼻で笑いながら言う。


「将軍、いかに勇猛果敢な羌族と言えど魏軍を侮る事の無い様に。油断は大敵です」


「ふん、口ばかり達者なヤツよ。郭淮如きに追われる程度のヤツめ。貴様に用は無いから後方に下がっていろ」


 蛾遮塞は陳泰を侮っている事を隠そうともしないので、陳泰はそれ以上は何も言わずに後方に下がる。


「この俺が先陣を切る! 羌族の兵よ、俺に続け! 魏の者を皆殺しにするぞ!」


 そう吠えると、蛾遮塞は駿馬を走らせ拠点に向かって突撃していく。


 兵がその勇敢な突撃に続こうとしたまさにその時、どぉっと言う音と共に蛾遮塞が馬ごと姿を消した。


 それを合図にした様に、周囲一帯に明かりが灯され、すでに魏軍は夜襲に備えていた事と包囲が済んでいる事を見せつける。


「羌族の者達よ! 魏は無益な殺生を好まない! 今すぐ武器を捨てて投降せよ!」


 郭淮の声が響く。


「郭淮将軍は約束を守る御方。皆、安心せよ。命を取る事はしない」


 後方に下がった陳泰も、それに合わせて羌族に向かって言う。


 いきなり勝敗が決した事もあり、呆気に取られた羌族の兵士達は猛将蛾遮塞を失った事から立ち直る前に投降するしか選択出来なかった。


 陳泰は馬を進めて、拠点の前に掘っておいた落とし穴を見る。


「だから言っただろう? 魏軍を侮るなと。油断したお前が悪いんだよ」


 陳泰は落とし穴に落ちた蛾遮塞に向かって声をかけたが、蛾遮塞は落とし穴の底に仕込まれていた槍に貫かれて絶命していた。


「陳泰、作戦終了を演じる為にも一日休むか?」


「いえ、事は急を要します。将軍、歓待の準備を済ませて下さい。羌族の主、迷当大王をこちらに連れてきますから」


「俺も一緒に行きますよ」


 郭淮と共に拠点防衛に回っていた杜預が、驚くほどの速さで陳泰の横に控えていた。


「お、元凱も来るか。よし、さっさと終わらせようか」


 陳泰はまたさらに兵を率いて羌族の拠点に向かう。




 その時、武器こそ奪われたものの羌族の兵は誰一人として処断される事無く、共に羌族の拠点に向かう。


 陳泰も羌族の兵に、こちらの言う通りにすれば無事を約束した事もあって羌族の兵も従っていた。


 もちろん魏の兵士に脅されての面もあるが、郭淮は以前の戦いでも無意味に羌族を弾圧したりしていない事も伝わっていると言う面もある。


 だが、羌族の拠点の方は多少混乱していた。


 出て行った部隊が、驚く程早く戻ってきたのが理解出来ないのだ。


 しかも戦った様子もなければ、羌族の兵達もそのまま連れている。


「陳泰、どう言うつもりだ? 怖気づいたか?」


「大王自ら確認とは、恐れ入ります」


 事態を確認に来た迷当大王に向かって陳泰は馬を進めると、槍の柄の先、石突きの部分で迷当大王を突き倒す。


 卓越した槍術を身につけた陳泰による完全な不意打ちだったので迷当大王は倒れたが、その一瞬の隙を突いて杜預が飛び出すとすぐに迷当大王を捕えて縛り上げる。


「ど、どう言うつもりだ! 陳泰!」


「羌族に告ぐ! 大王は捕えた! 無事に帰して欲しければ、しばらくこの場で待て! 動かなければ、必ず大王を返すと約束する!」


 陳泰はそう叫ぶと、迷当大王を見る。


「それでは大王、御足労願います」


 陳泰が迷当大王を連れて羌族の拠点を出た時、杜預をはじめとする魏軍の兵達の全員が足を止める。


「これは何のつもりだ?」


 迷当大王は魏軍の行動の意味が分からず、陳泰に尋ねる。


「我々の目的は大王との対話です。我らの非礼によって大王を連れ出したのですから、兵を大王の拠点に置く訳にはいかないでしょう。それは全員が分かっています。また、大王の兵の強さも十分に理解しておりますので、置いてきた兵では大王の兵全軍を止める事は出来ない事も分かっています。彼らは自ら人質である事を理解して協力してくれているのです」


 魏軍の真意が分からない迷当大王は、不可解に思いながらも陳泰に連れられて雍州方面軍の拠点に来る。




 総司令の幕舎に入ると、そこには上座を空けて郭淮が待っていた。


「羌族の主、迷当大王ですな。大変失礼致しました」


 郭淮は自ら迷当大王の縄を解くと、上座に据えて自身と陳泰はその下座で膝をつく。


「いや、これは……。魏の方々が礼を重んじる事は聞いているが、儂は奇襲によって敗れた敗軍の将。ここまで歓待を受ける理由は無いのでは?」


「私は常々大王とよしみを結びたいと思っておりました。今は戦である以上、姑息な策を用いました事、お許し下さい」


 郭淮は丁寧に詫びると、手を打って使いの者を幕舎に入れる。


 入ってきたのは蜀からの投降者である句安で、魏に投降してからは郭淮に従事していた。


「元々魏は大王の羌とは戦をしておりません。全ての原因は羌を無理に戦に引き込んだ姜維の策謀によるところ。大王、ここはお互いの為に矛を収めてはいただけませんか?」


 郭淮はそう言うものの、迷当大王の目はすでに郭淮を見ていなかった。


 迷当大王の目は、句安が運び込んできた金銀財宝に釘付けになっていたのである。


 郭淮が私財をはたいて集めた金銀財宝は、まさにこの為に集めた物だった。


「大王、今我々の共通の敵姜維は鉄籠山にて、司馬昭将軍を窮地に追い込んでおります。もし司馬昭将軍に何かあった場合、私がどの様に大王に尽くそうと考えていても魏軍による大弾圧は避けられません。大王、どうかご助力を」


 郭淮はそう言うと、句安に財宝を迷当大王の前に出させる。


「大王、これまでの非礼とこちらの一方的なご助力嘆願に見合うかはわかりませんが、これは心ばかりの礼品としてお納め下さいませ」


「……まことか?」


 財宝に目を奪われている迷当大王が、疑わしそうに郭淮を見る。

 郭淮と陳泰、さらに加わった句安はそれぞれに迷当大王に頭を下げる。


「大王、どうか我々にご助力を」


 陳泰と句安が声を揃えて言う。


「大王、この戦の後に魏は羌には一切手出しする事は無いと、この郭淮、及び雍州方面軍総司令である陳泰が命にかえて約束いたします。それだけでなく、魏よりの援助も約束致しますので、どうか魏にご助力下さいませ」

名前から漂う残念感


演義にしか出てこない羌族の部族長である迷当大王。

もう、字面から脳筋のヒャッハー感が溢れてますが、その通りの人と扱われてます。

本編でもそんな扱いで、世紀末救世主に秘孔を突かれるみたいな人だと思って下さい。

それと今回名前が出た直後の退場した蛾遮塞は正史にしか名前が出てこない武将で、治無戴と同一人物とも言われてます。

ちなみに演義で落とし穴に落ちるのは俄何焼戈。

本編では既にモデルになった餓何と焼戈が夏侯覇に切られてますので、代わりに出てもらいました。

でもやっぱりヒャッハーです。

モヒカンかもしれませんけど、トゲ付きの肩パットとかレザージャケットは着てません。

多分半裸じゃないかと思います。

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