第五話 二五二年 韓綜の陣
韓綜は魏と言う国が好きだった。
魏国民は認めないだろうが、呉と比べて圧倒的に温い。
おそらく三国でもっとも広大な土地と強大な兵力を持つと言う自負から来るのだろうが、呉と比べると危機感と言うものを感じていない者が多い。
特に上層部にその傾向が顕著と言うのが、韓綜にとって居心地が良かった。
呉では宿将の息子と言う、望んでもいない肩書きのせいで窮屈な生活を送らされてきた。
父である韓当は呉の礎を築いた三老とも言われ、武の黄蓋、智の程普と並び称され、多くの武将から尊敬を集めていた。
それが誇らしくなかったと言えば嘘になるかも知れないが、韓綜が生まれた時にはすでに隠居の身であり、周りからどれほど素晴らしい功績であるかを力説されても韓綜からするとただ口うるさい頑固親父に過ぎなかった。
その韓当が死去してから、ようやく韓綜は堅苦しさから解放された。
それから彼は私財を増やす事を始めたが、もっとも手っ取り早く、確実に、しかも楽に稼ぐ方法と言うのを見つけた。
略奪である。
しかも、それを韓綜自身が行うのではなく、配下や手下達を裕福にさせると言う名目で行わせ、その上前をはねると言うのが韓綜のやり方だった。
どの様な集落であっても財産が皆無であったり、女が一人もいないと言う事は有り得ないのだから、これほど美味しい稼ぎは他にない。
などと考えていたのだが、いかに韓当に計り知れない恩義があるとは言え、孫権はそれらを無条件に許す様な人物ではなかった。
いきなり処断すると言う様な事は無かったが、事の真偽を確かめる為にまずは韓綜に話を聞くと言う、至極まっとうな手法をとったのだが韓綜にはそれが死の宣告であると受け止めた。
何しろ孫権は、曹丕の時代には大釜に油を満たし同盟を持ちかけた使者を煮殺した事がある。
何故か魏では、孫権は辛抱強い守勢の人と言う印象を持たれている事が多いが、呉の家臣団からすると孫権に疑われると言う事はほぼ死罪と同等の意味を持つ。
それは多少の誇張があったとしても、まったくの虚構と言う事は無い。
そんな孫権からの呼び出しを受けたので、韓綜は一族郎党を従えて魏に亡命したと言う経緯がある。
韓綜を受け入れた曹爽陣営は、『主君孫権からの不評によって不当な処罰を受けそうになったので、一族郎党を従えて魏に亡命してきた』と処理されていたのだが、真相はこう言う事であった。
しかも引き連れてきた一族郎党と言うのも自身が略奪を指示した者達であり、一族の女性たちを無理矢理縁組させて一族にした者達と言う事を、魏軍は知らなかった。
そう言う隠した事情はあったものの、魏に亡命してからの韓綜は呉との国境付近の防衛を任されていたのだが、そこで武勲を重ねている。
実際には呉の領地で略奪を繰り返していただけなのだが、結果だけで言うのなら呉の兵と戦って散々に打ち負かしていると言う事に変わりはない。
呉にいる時に感じた事は無かったが、どうやら自分は戦が好きらしい。
韓綜は最近になってそんな事を考える様になっていたのだが、彼は自覚していないだけでそれは単なる略奪行為であり、戦と呼べるものでは無かった。
もし韓綜に不運な事があるとしたら、それはその事を知らずにこの戦に参加してしまった事かも知れない。
韓綜は道案内も兼ねているので先鋒軍の中でも最前線であり、胡遵の旗下に配属されている。
今回に限らず、戦と言うものは敵の位置を早く正確に知る事が最重要であり、先鋒の中でも最前線と言う事は先遣隊の役割を担う。
本人がはっきりと分かっていた訳ではなかったが、父譲りの武才と戦術眼を持つ韓綜は感覚としてその事を知っていた。
そんな韓綜だからこそ、呉の現在地を掴んだのがこれ以上無い吉報であると判断した。
しかも素行には大きな問題があるとは言え、武将としての能力は十分にある人物の韓綜である。
彼はその吉報を得たからと言って独断で暴走する様な人物ではなく、呉軍の現在地を胡遵に報告する。
呉軍の位置は川の上流地点であり、通常の行軍速度で考えるのであれば早くて三日から五日はかかるであろう距離であった。
が、通常であればと言う条件が付く。
この時期、例年と比べて冬の到来がいつもよりかなり早く、異常な寒気が吹きすさんでいた。
それだけではなく、その寒気を運ぶ北風も相当な強さであり、いかに操船技術に長ける呉人であったとしても大型の軍船であったとしても操船は厳しいだろう。
それは元呉人である韓綜ならではの判断ではあったが、胡遵にしても同じ考えであった。
また、こちらが呉軍を捕捉したと言う事は、おそらく呉軍もこちらを捕捉しているであろう。
今のこの状況とこの地形では伏兵を配しているとも思えず、また奇襲をかけるにも条件があまりにも厳し過ぎる事もあり、双方共に手が出しづらい状況である。
まず何より烈風とも呼べる厳しい北風が多少なりとも弱まる事がなければ、お互いに動く事もままならない。
ここからどうするべきか、現場の韓綜や胡遵、さらに諸葛誕や司馬師に至るまで考えが一致した。
まずは兵に休養を取らせる事にしたのである。
ここまでの行軍はそれなりの強行軍であり、寒波の中を突き進んできたので兵にも戦の前から疲労が溜まりつつあった。
数日の間まともに進軍出来ないと言う状況であれば、その間に兵を休養させて戦に望むのがもっとも効果がある行動である。
当代の名将が一致した決断だった。
冷える為に飲酒も許すと司馬師からの許可もあり、鄧艾達予備軍は前線に物資を運ぶように指示された。
「……大丈夫かな」
石苞は不安そうに言う。
「北風も強く船は出せないと言う事であれば、兵の休養は重要だから。私としてもこの判断は正しいと思うのですが、仲容は何か引っかかると?」
「前線での気の緩みを気にされているのですか?」
石苞と鄧艾の他、鄧艾の副将の杜預と後方待機を命じられている文欽の軍から文鴦が同行していた。
「そもそもこの風では船を出せないでしょう。呉出身の韓綜将軍がそう言っているのだから、この風が止むまで兵は動かないだろうと言う事でしたが」
文鴦が尋ねてくる。
「手柄が立てられなくて残念か?」
「それはもう。せっかくの初陣、大手柄を上げたかったのですが」
杜預の質問に、文鴦は肩を竦める。
よほど自信があるのだろう。文鴦にはまったく恐れるところが無い。
「しかし、寒いですね。今年の冬は早くて寒い」
「まぁ、寒くはあるな」
文鴦と比べ、鄧艾らはそこまで寒さを辛く感じてはいない。
寒くないと言う訳ではないのだが、鄧艾と杜預は雍州の過酷は冬を知っている。また石苞も長く遼東での戦いを経験しているので、鄧艾達と同じように過酷極まりない寒さの経験があった。
その経験の違いから、今回の呉遠征の武将達の中でこの予備戦力の部隊はかなり寒さに強いと言える。
だからこそこう言う場合にこき使われる事になるのだが、それもまた役割である。
「いや、船は出せるんじゃないか?」
そんな中、石苞だけが呉の奇襲の可能性を消していない。
「俺は遼東で毌丘倹将軍の副将をしていた頃、倭国の使者の朝貢に立ち会った事がある。倭国の民は農耕と漁で生計を立てていたそうだ。その使者も嵐の様な風の中で魏に来た事があった。彼らが言うには、船の乗り方には風がある時、波がある時、海の乗り方、川の乗り方があると言う。そんな彼らは風と波を捕まえれば、普通では無理と思える時でも船を出せる。その時の方が船を早く走らせられるとも言っていた」
「それは倭国の異民族だからでは?」
杜預の質問に、石苞は頷く。
「それは確かにそうだろう。だが、呉の腕利きの船乗りであれば船は出せるのではないか? しかもこの強い北風を捕まえる事が出来るのであれば、こちらの予想を遥かに超えた速さで来るかも知れないではないか」
「無い、とは思いますが断言は出来ないと言う事ですか。確かに一理あるにはあります」
鄧艾も石苞の言葉に頷く。
「では、物資を運ぶ時に一声かけておきましょう。私は最前線の韓綜将軍の元へ、仲容は胡遵将軍の元へ、杜預は司馬師様へ、文鴦殿は文欽将軍へそれぞれ奇襲への警戒を説く事にしましょう。万が一とは言え、そう言う事も有り得ると言う事を」
鄧艾達はそれぞれの部隊に物資を運ぶ為に、分担して行う。
鄧艾は酒も含む防寒の物資を韓綜の陣に届ける。
「将軍、物資を……」
「ようやく来たか! 遅い! 何をしていたのだ!」
韓綜は届けに来た鄧艾を怒鳴りつけると、まるで野盗の集団の様に鄧艾達が運んできた物資を強奪していく。
「用が済んだのなら、とっとと去れ! ここには貴様ら文官に与えるほど物資に余裕は無いのだ!」
その物資を運んできた鄧艾達に対し、韓綜は見下した態度を取ってあからさまな厄介払いと言わんばかりである。
「将軍、休養も大事ですが見張りを立てておくべきです」
「ああ、分かった」
韓綜は鄧艾の話も聞かず、手で追い払う。
「将軍、呉の奇襲、絶対に無いとは断言出来ません。この様に風紀乱れては危急の際対応出来ません。将軍、今一度風紀をただし……」
「黙れ! 荷を運び終えたのであれば去れ! これ以上ものを申せば切り捨てるぞ!」
「将軍! この戦は魏にとって大きな戦、油断されぬ様……」
「去れ! これ以上貴様如きに構う時間など無い!」
鄧艾と物資を運んだ部隊は、韓綜の陣から叩き出される様に追い出された。
だが、この二日後、韓綜の予想を超えた事態が発生した。
呉軍が川を下って現れたのである。
韓綜の軍はその時には酒に酔い、乱れ、緩んでいた。
「将軍、敵みたいだぜ?」
そんな中、最低限の見張りをしていた者が韓綜に報告する。
「敵ィ? どれどれ、見てやろうか」
韓綜は手勢を連れて見に行くと、確かに魏の者ではない小舟に乗った百名前後の人影を見る事は出来た。
「ふっはっはっは! 敵にもお調子者はおるらしいの! 調子に乗って川を下ったは良いが、あの手勢では何も出来はすまい! うっはっはっはっは! 皆、笑ってやれい!」
韓綜が大笑いすると、手勢の者達も同じようにバカ笑いする。
川を下ってきたのは小舟が数艘で、その数は集団ではあるものの軍勢と呼べるほどの数ではない。
しかも鎧兜といった装備も身につけず、この寒さの中で考えられないほどの軽装、ほぼ肌着に刀だけを持った様な蛮族と見紛う一団であり、一目見ただけで正気とは思えない集団である。
状況次第ではあるが、それは韓綜でなくても笑い飛ばす様な不可解な一団だった。
これが鄧艾や司馬師、諸葛誕であればその一団の狙うところを看破したであろう。
が、酔った韓綜ではその一団の狙いを見抜く事が出来なかった。
その一団が雄叫びを上げて突進して来た時も、まだ正気を疑っていた。
「韓綜か! この裏切り者め! その首落として、亡き韓当殿に、烈帝陛下の墓前に捧げてくれるわ!」
圧倒的な熱量を持って真っ先に駆けてくるのは、白髪の老将だった。
「て、丁奉だと! そんな馬鹿な!」
その老将を見て、韓綜は目を疑う。
丁奉は孫権の宿将の一人であり、若い頃から呉の猛将達の元で最前線に出続けた歴戦の武将である。
韓綜の父である韓当とも面識があり、韓綜も幼少の頃からよく知っている武将だった。
それだけに丁奉が抱く韓綜への恨みは、魏の武将達に向けるよりも強く深い。
「皆の者! 戦の準備だぁ!」
韓綜は慌てて叫ぶが、酒宴の最中の酔った部隊である。
すぐに正気に戻って装備を整え、戦の準備を済ますとはいかない。
呉軍の奇襲部隊の兵数はごく少数であったのは間違いない。
だが、韓綜はそれに対応する事は出来なかった。
次の指令を出すより早く、千鳥足で逃げる韓綜を丁奉の剣が捉えた。
悲鳴を上げる間も無く、韓綜は丁奉に切り捨てられる。
が、当然の事ながら呉の奇襲はそれで済む事は無かった。
演義よりの丁奉
本編で白髪の老将と書いていますが、史実から考えるとこの時の丁奉はそれなりの歳ではあったと思いますが、おそらく五十代で六十代までは行っていなかったのではないかと思います。
丁奉は若年の頃から前線に出ていた事もあって老将扱いされていますが、史実の情報から逆算するとひょっとすると鄧艾の方が年上かもしれません。
この物語では鄧艾の方がだいぶ年下です。
また、韓綜の父親である韓当ですが、実は新説呂布伝の方にもチラッと出てます。
孫堅から地味といじられてたりします。
三国志では割と親と比べて残念な息子が多いですが、韓綜もその一人です。




