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新説 鄧艾士載伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 武勲までの長い道のり

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第二十三話 二四九年 揺れる大国

 二四九年、鄧艾と郭淮は、魏の根底から揺るがす大変事を任地の雍州で知る事となった。


 大将軍曹爽が謀反の疑いで拘禁されたのである。


 曹爽の放蕩ぶりは目に余るところがあり、苦言を呈してきた毌丘倹を遠ざけたところから前兆はあった。


 諫言を嫌うと言う印象から毌丘倹だけでなく陳泰も距離を置く様になり、そこから軍部に広まり、武官が大将軍を見限ると言う緊急事態に陥っていたのだが、周りの文官達は何故かこの緊急事態を軽く見ていた。


 理由はいくつかあるのだが、一つには大将軍は軍部の最高司令なので、どの様に反発しようと大将軍の命令は絶対である、と言う事への盲目的な信頼があった。


 つまるところ現場の武将は大将軍の駒でしかない、と言う侮りが文官達に広まっていた事が事態の悪化を進ませる事になった。


 そこへ李勝の報告である。


 文官達、中でも極めて高い能力があり人を見下す傾向の強い何晏や桓範をもってしても、司馬懿と言う知恵者を侮り見下す事は無かった。


 しかし、李勝の報告では痴呆が進み、もはや神の如き智謀を誇った以前の司馬懿はいなくなったと判断したのである。


 最大最強の政敵がいなくなった事の安心感から、元々勤勉とは言えない態度の曹爽は益々増長し、大将軍と言う肩書きを持ちながらまともに政務を行わず、日々遊興三昧と目に余る乱行振りであった。


 そこへ皇帝付きの宦官である張当ちょうとうが接近してきた事によって、その増長は留まる事を知らずに膨れ上がり、親曹派の王凌や腹心の桓範、さらには弟の曹義そうぎまでも苦言を呈する様になる有様だった。


 この行動が、帝位簒奪を目論んだとして謀反の疑いに繋がるのだが、物的証拠は無い。


 だが、皇帝付きの宦官が大将軍に擦り寄り、後宮の女官らを曹爽の酒宴の席に数十名あてがったと言うのだから、それは疑われない方がおかしいくらいである。


 この頃になると毌丘倹や陳泰どころか、軍部歴の浅い文欽や長らく曹爽の友人であり復職に尽力してもらった諸葛誕しょかつたんですら、曹爽の元を離れていた。


 ここまで悪化して、ようやく曹爽は事態の収拾を図ろうとした。


 自分に帝位簒奪の意志は無く、皇帝の忠臣であると印象付ける為にも、二四九年になった直後に皇帝を連れて先帝達の墓参りに出向いたのである。


 この行動を軽率だと諌めたのは、桓範だった。


 とは言え、この時の桓範が警戒していたのは司馬懿では無い。


 桓範も李勝の報告を間に受けて、司馬懿は既に自分達の敵ではないと思っていた。


 桓範が警戒していたのは、司馬師、司馬昭の兄弟の方である。


 今の司馬懿にかつての力が無いにしても、息子兄弟も同じ様に衰えていると言う事は有り得ない。


 まして司馬師は、あの人を見下す何晏をして「天下を担うにたる人物」とまで言わしめた人物である事を、桓範は知っていた。


 その為警戒し、監視を緩める様な事はしていないのだが、司馬師は一切それらしい行動を取っている様には見えなかった。


 大雑把な言動の割に筆まめな性格だったらしく、父である司馬懿や母の張氏の近況などを郭皇后に頻繁に書状で知らせていた程度で、普段の行いは何か企んでいる様子は見られなかった。


 念の為郭皇后に宛てた書状も検閲していたのだが、そこには本当にどうでもいい様な近況しか書かれていなかった。


 少なくとも、桓範の目にはそう映っていた。


 それが暗号文である事など知る由もなかった桓範は、曹爽の軽率を諌める事は出来ても実際にどの様な危険があるのかを説明する事が出来なかったのである。


 それが致命傷となった。


 曹爽が皇帝である曹芳を連れて都を離れた時、突如として司馬懿は息子達を連れて都に現れたのである。


 絶対にそこにいるはずのない人物であった為、警戒していた桓範ですら誤報と疑ったほどだった。


 それが事実だと分かった時には、すでに勝敗は決していた。


 全て、とは言わないまでも、曹爽が軍部に反感を持たれていた事が実績人望共に申し分ない司馬懿を歓迎する雰囲気を作っていた事、郭皇后をすでに取り込む事に成功していた事など、決起した時にはもう終わっていたのである。


 瞬く間に都を制圧した司馬懿を恐れた桓範は、急ぎ都を脱出して曹爽の元へ走った。


 この時、曹爽の元には皇帝曹芳がいて、都である洛陽は制圧されたと言っても旧都許昌までは半日と近く、曹爽が許昌を制圧すれば司馬懿と戦う事も出来た。


 出来たのだが、曹爽はその行動に出る事は無かった。


 方法として出来ると言っても、それが実行出来るとは限らない。


 まるで妖術の様な手際の良さはとても常識で測れる様な事ではなく、それだけに曹爽は対抗すると言う選択肢を選ぶ事が出来なかった。


 この時の曹爽は、司馬懿を人ならざる化物に感じていたのかもしれない。


 その化物と戦う覚悟を、曹爽は持つ事が出来なかった。


 その曹爽の元に、司馬懿の使者としてやって来たのは陳泰だった。


 皇族に劣らない名門生まれであり、親曹派の面子でもあった陳泰は適任であった為、司馬懿から任命された。


 今すぐ降伏するのであれば、命は取らない。


 それが司馬懿の提示した条件だった。


 命は取らない。


 その最低限の条件の持つ魅力は、曹爽の心を掴み判断力を奪う。


 知恵袋と呼ばれていた桓範は、ここでも徹底抗戦の意志を示し、他にもそう主張する者達も少なからずいたのだが、その主張が曹爽に届く事は無かった。


 確かに許昌を押さえれば戦う兵と物資と拠点は得られる。


 だが、率いる将がいない。

 反撃の糸口は見つかっても、実行する事は出来ない。


 目の前に広がるのは、ただ八方塞がりであると言う事実のみ。


 この状態で戦意を保ち続ける方が無理と言うものだった。


 桓範らの必死の説得も虚しく、曹爽は降伏する事を決めた。


 こうして曹爽ら一族と、その腹心達は捉えられ大将軍府に監禁される事となったのだが、それから僅か四日後に事態は急変する。


 宦官の張当が、曹爽謀反の企てを自白したのである。


 実際には酒の席で酔った勢いの戯言だったかもしれないし、張当が自らだけでも助かろうと虚言を吐いたのかもしれないが、曹爽が今の曹芳を廃立して自らが皇帝になるのも悪くないと言う帝位簒奪の意志有りと思える様な発言をしたと言う事を記憶していたのだった。


 事の真偽はともかく、『皇帝付きの宦官』と言う役職の者の口から『大将軍』が帝位簒奪の意志有りと思える発言をした、と言う言葉が出てきた事が大きすぎる問題であり、大将軍位剥奪だけで済ませる訳にはいかなくなり、結果曹爽一族とその腹心達の数名は処刑される事となった。




 それらの経緯は、司馬師からの書状だけでなく雍州に赴任してきた陳泰の口から、直接説明された事でもある。


 陳泰の赴任についても、大きな問題が発生していた。


 曹爽と共に拘禁されたものの処刑は免れた腹心の中に、皇族の血筋である夏侯玄がいたのである。


 現在雍州には先の異民族討伐の際に援軍としてやって来た軍が駐屯しているのだが、その最高指揮官の座にあるのが、同じ一族の夏侯覇だった。


 今回の計画に夏侯覇は無関係であると思われるのだが、反逆者が同じ一族から出た以上、本人の無実を調べない訳にはいかない。


 そう言う事もあって、夏侯覇の役職は郭淮に引き継ぎ、陳泰がその補佐として赴任する事になったのである。


 それについて雍州方面軍で、最前線の夏侯覇に付いていかなかった者、雍州各地の太守などが集まって対策を話し合っていた。


「……夏侯覇将軍が素直に応じるでしょうか」


 鄧艾は郭淮に尋ねるが、郭淮の表情は険しい。


 尋ねた鄧艾でも、答えは分かっている。


 素直に応じるはずがない。


 まず今回の騒動に関してのみ言えば、夏侯覇は無関係である可能性は極めて高い。

 何しろこの雍州にいて、しかも涼州の蜀との国境付近の最前線にいるのだから、関わる事の方が難しいと言える。


 とは言え、雍州に来る前から何かしらの企みに関わり、その後の地位の約束などを取り付けていると言う事は、極めて低いとは言え可能性として残っている。


 そんなほぼ無実の事を取り調べられるだけでも十分揉めそうなのだが、その為に現在の役職から更迭され、後任は不仲の郭淮と言う事になればそれはすんなり行くはずもない。


 さらには親曹派の夏侯覇にとって、今回の騒動は司馬懿側の企みと思っているかもしれない。


 そうなれば最悪である。


 もしそう思っていたら、夏侯覇は軍を率いて司馬一族打倒を言い始める恐れもあるのだ。


 こんな不安定なところでそんな事になったら、その隙を突いて蜀軍が攻め込んでくるというところまで見える。


「夏侯覇が素直にこちらのいう事を聞くとは思えないが、一応は使者を……」


「緊急事態です!」


 郭淮が今後の方針を決めようとした時、伝令が駆け込んでくる。


「夏侯覇将軍が軍を率いてこちらに来ます!」


「迷惑極まりない事に、動きが早いな」


 方針を決める前に動き出した夏侯覇に、うんざりした様に郭淮は言うと立ち上がる。


 それに合わせて、その場にいた全員が郭淮に付き従う。


 ただ一人、副将の陳泰だけは郭淮の密命を受けて、一人別行動を取った。


「魏軍同士で戦う事に?」


「そうならない様にしたいのだが、使者として仕事をしてみるか?」


 郭淮は鄧艾に向かって尋ねる。


「やってみます」


 鄧艾とその副将の杜預は、郭淮の許しを得て夏侯覇の陣に向かう。


 夏侯覇の陣は、郭淮の雍州方面軍と比べて戦意が高く、その気になれば雍州方面軍を一撃で粉砕しかねない。


「今更話し合う事など無いが、せっかく来たのだ。帰り道の安全は保証しよう」


 夏侯覇は鄧艾と杜預を招く事無く、陣の前で二人に向かって言う。


「魏の兵士達よ!」


 鄧艾は夏侯覇の陣の前で叫ぶ。


「曹爽は大将軍の地位に有りながら、欲に駆られ帝位簒奪までも企んだ大罪人である! 夏侯覇将軍! 今、曹爽を庇い立てすると言うのであれば、その罪、御身にまで及びますぞ! 兵士達もそうだ! 今の方面軍司令官は郭淮将軍である。夏侯覇将軍に従うと言うのであれば、お前らも謀反軍として扱われ、その家族も罪に問われる事になるぞ!」


 鄧艾の言葉に、夏侯覇は苦笑いする。


「迂闊だった。帰りの安全など保証するべきでは無かったな。その手があったか」


「夏侯覇将軍、今激情に駆られて行動しては謀反となります! ここにいる全員が、将軍の無罪を知っています! どうか一旦都に戻り、身の潔白を証明してこの場にお戻り下さい!」


「黙れ、下郎! 曹爽大将軍を死に追いやった司馬一族こそ真に簒奪を狙う謀叛者ではないか! 今あの者達を倒さねば、魏はやがて司馬一族の物になる! その時、司馬一族に加担した貴様らこそ、歴史に悪名を連ねる事になるぞ!」


「将軍、後に反逆者になるか、今この場で謀反人になるかですよ。将軍の様な勇名を馳せた方であればともかく、兵達はどう思うでしょうか。後に忠義を示した勇士として名を残すかもしれない変わりに、今生きているであろう家族を見殺しにしなければならないのです。しかもそれが、自らの武名の為だけに、ですよ?」


「……少し侮っていたな。鄧艾と言ったか。確か遼東で司馬懿に楯突いてトバされたヤツだったな。なるほど、司馬懿にもこの調子で楯突いたのであろう。郭淮の元へ戻れ。これ以上その口を開くと、帰りの安全の保証は出来なくなる」


「残念です」


 鄧艾はそう言うと、杜預と共に夏侯覇の陣から離れる。


「良かったんですか? 交渉は失敗しましたけど」


「元から上手く行くはずもなかったから、これは仕方が無い」


 杜預に対し、鄧艾は平然と言う。


「では何故にあんな危険な事を?」


「それは……」


 鄧艾が説明する前に、夏侯覇の軍が急激に慌ただしくなる。


「た、大変です、将軍! 陳泰の一軍が我々の退路を断つ動きをしています!」


 陣の最前線に出ていた夏侯覇の元へ、兵の一人が慌てて駆けて来て報告するのが聞こえてきた。


「さ、逃げましょうか。郭淮将軍も来ますから」


 鄧艾と杜預は急いでその場を離れると、それを見越していた様に郭淮の軍が前進を始めた。


 もし鄧艾を使者として迎える事無く、問答無用で戦いを始めていれば数の上では郭淮が有利だったとは言え、戦意の高さから夏侯覇の軍が勝利していたかもしれない。


 だが、魏の者である兵士達も、魏の刑法の厳しさは知っている。


 もし本当に反逆罪に問われる事になれば、本当に一族全員皆殺しは有り得る。


 親も兄弟も家族もいない、天涯孤独の兵士でも無い限りそれは脅し文句としては圧倒的なまでの効果を発揮する。


 その状態で退路まで遮断される動きを見せられては、もはや戦意を維持する事など夏侯覇がどれほどの名将であっても不可能だった。


 それでも夏侯覇は郭淮の軍に備えようとしたのだが、もはや勝負は決していた。


 だが、そこから夏侯覇の取った行動は郭淮にも鄧艾にも予想のつかないものだった。


 こうなっては観念して都に送られるしかないと思っていたのだが、夏侯覇は蜀へと逃げていったのである。

クーデターはどっち?


一般的に曹爽と司馬懿の政争は、司馬懿のクーデターによって曹爽が失脚して司馬一族による魏の専横が始まったと位置付けされています。

が、一方で曹爽により曹芳廃立と言うクーデターの動きは実際にあったらしく、司馬懿はそれを防いだと言う見方も出来ます。

実際洛陽制圧の時には、郭皇后の助力があったのも伺える事から、実際には曹芳対曹爽による帝位争いであった可能性もあり、曹芳側の実働部隊が司馬懿であったと言う訳です。


かなり穿った上に司馬懿寄りの見方ではありますが、そう言う観点もあると言えます。


ちなみにクソ扱いされている曹爽で、本編でもやっぱりクソ扱いしてますが、それなりに優秀な人でもあったみたいなところもあります。

ちょっと相手が悪すぎた、と言う事でしょう。


赤壁の時の蒋幹と周瑜みたいなものですね。

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