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新説 鄧艾士載伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
最終章 鼎、倒れる時

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第二十六話 二六四年 杜預の暗躍

 鍾会が鄧艾を陥れたのは手柄の独占が理由だとは思うのだが、鍾会の野心を考えるとそれだけにとどまらない事は十分に考えられた。


「それはつまり、謀反と言う事ですか?」


「無いわけじゃないと思う。認めるのは癪に障るが、士季は能力のある奴だ。今の蜀には十分な戦力が確保されている上で、司馬昭閣下の本隊との距離もある。蜀の天険を利用すれば、魏国とも戦えると考えるかもしれない」


 杜預は近づいてきた成都を睨みながら言う。


「もしそうなら、成都の門は閉じられているのでは?」


「有り得る。が、警戒するなら北側の魏からの道の方であり、こちらの呉に対する門を強く警戒するとは思えないから、おそらく大丈夫だとは思うが」


 陳寿の心配に、杜預は曖昧に応える。


 もし本当に謀反を企んだとすれば、もっとも警戒すべきは近づいて来る龐会であるはずで、動く可能性が激薄の呉に対する警戒に兵を割くくらいならそちらに向けるはずだと杜預は思ったのだ。


が、陳寿の心配通り成都の門は閉ざされ、城壁の上には見張りの兵までも見える。


「考えが甘かったか。士季の野郎、本気だな」


 杜預は小さく呟く。


「どうされますか?」


「おそらく俺は警戒されているだろうが、陳寿は蜀の文官だ。対呉戦線への伝令の任を終えて戻って来たと伝えれば、おそらく中には入れるだろう」


「まぁ、事実ですからね」


 陳寿は頷くと、先頭に立って成都へ近付く。


 杜預と他の兵はその後へ続き、陳寿の従者として振舞う。


「止まれ! 何者だ!」


 城壁の兵が陳寿とその一隊に気づいて制止を呼びかける。


「対呉戦線への伝令の任を終えた陳寿である! 劉禅様への伝令がある! 門を開けよ!」


 陳寿の言葉に、思いのほか簡単に城門が開く。


 やはり北方と比べて警戒の度合いが違うのだろう。


 振り返る陳寿に杜預は頷いて見せると、成都へ入って行く。


 全員が入った事を確認して、改めて城門が閉じられる。


「随分と警備が厳重だが、何かあったのか?」


 陳寿は守備兵に向かって尋ねる。


「命令が出たのです。いついかなる時に敵が来るか分からないので、警戒せよと」


 兵士はそう答える。


 彼は事の詳細を知らされていないらしく、ただ命令に従っているだけらしい。


「待て」


 足早に去ろうとする杜預達だったが、城門の守将と思われる若い武将が呼び止める。


「何か?」


 陳寿は警戒しながら守将を見るが、守将が見ているのは陳寿では無かった。


「杜預? 杜預じゃないか?」


 そう呼びかけられて杜預は剣に手をかけたが、声をかけて来た人物は顔見知りだった。


「……羊琇ようしゅうか?」


 杜預は守将を見て尋ねる。


「やはり杜預だった! でも、何で従者を?」


 守将である羊琇は、不思議そうに陳寿と杜預を見る。


「それはこっちも聞きたい。何故羊琇が城門の守将などをやっているんだ? もっと下のモンに任せれば良いだろう?」


「お知り合いですか?」


 陳寿が二人に尋ねる。


「ああ、子供の頃からの知り合いだが、この羊琇はこんな冴えない顔して、名門の出だ。と言うより、俺より偉い」


 そう言うものの、杜預は態度を改めようとはしない。


 この羊琇は羊祜の従兄弟にあたり、その将来を嘱望される人物の一人でもある。


「それは杜預が……いや、それよりちょっと場所を変えよう」


 羊琇はそう言うと守備兵に向かって旧友がいた事を伝えると、城門守備兵の詰所にある将校用の一室へ案内する。


「どうした、羊琇。何事だ?」


「たぶん、杜預が警戒している事と同じだ」


 羊琇は守備兵が近くにいない事を確認した上で、杜預に向かって言う。


「鄧艾将軍が捕縛された事は聞いたか?」


「ああ、聞いている。それで急いで戻って来たんだが、士季の手で間違い無いのか?」


「衛瓘将軍の名も出てはいるが、動かしているのは鍾会将軍で間違い無いだろう。だが、それだけでは収まらない。胡烈将軍なんかは屋敷を与えられたと言えば聞こえはいいが、実際のところは軟禁状態だ。そうやって魏の武将は遠ざけているのに、姜維を始めとする蜀の連中を近付けている。おそらくは謀反の企みじゃないかと思っているんだ」


「……だろうな。俺もそう思う」


 杜預はそう言って頷く。


「だが、そこまで分かっていても俺では手が出せない。あの鄧艾将軍ですら捕縛されたんだ。俺程度が何かしようにも握りつぶされて殺されるだけだ。杜預、何か良い案はないか?」


 羊琇も縋る様に杜預に尋ねる。


 しかし、杜預も鄧艾の副将と言うだけで、個人の兵を持っている訳ではない。


 また副将である事を利用して鄧艾の兵権を取り戻したとしても、実際にそれで動かせるであろう兵は雍州軍の兵のみであり、鍾会と姜維による魏蜀連合軍の前には歯が立たないだろう事も予想がつく。


「……反乱を未然に防ぐしか無いな。羊琇、龐会将軍が近くまで来ていると聞いたが、いつ頃か分からないか?」


「近日中なのは間違い無い。あと三日以内には来られるはずだと思っているんだが」


「三日か。鍾会と姜維が決起するのもそれくらいだと俺は思っている。それを内側からぶち壊してやろう」


「どうするんだ?」


「胡烈将軍が軟禁されていると言っていたな。では、胡烈将軍は確実にこちらに力を貸してくれるだろうから、もちろん協力を仰ぐ」


「どうやって? 鍾会将軍の監視は厳しいぞ?」


「何、やりようはある。向こうが先に始めた事だから、こちらも遠慮なく行かせてもらおう」


 杜預はそう言うと、陳寿と羊琇に策を話し始める。




 それほど日を置かずに衛瓘の耳にも、奇妙な噂が届いた。


 出処は不明ではあるが、鍾会が自身の屋敷の裏に大きな穴を掘らせていると言う噂である。


 いつもだったら田続に確認するところではあるのだが、その田続が鄧艾を討つ為に出ているので使う事が出来ない。


 鄧艾を討つ事は出来たのだろうか、と不安になる。


 まず間違いなく鄧艾を討つ事は出来るはずなのだが、もし万が一にも討ち漏らしていた場合には、鄧艾は報復に来るだろうと言う不安はずっと消えずに残っている。


 だが、それよりも最近耳にしている奇妙な噂の方が心配でもあった。


 表面的には鍾会はいつも通りに変わったところは無いものの、最近では魏の武将達を遠ざけて、姜維ら蜀の武将を近くに置いている。


 降伏した武将達に不信感を与えない様にと言う配慮だとは思うのだが、それにしても妙に近しいと言う気もする。


 そこへ来て、大きな穴を掘らせていると言う噂。


 衛瓘は妙に気になって、誰かに尋ねようとしたのだがその相手にも迷った。


 鍾会自身へ尋ねても良かったが、何を考えているか分からない状態で直接対決と言うのは性急に過ぎるし、蜀の武将は論外である。


 そうやって悩んでいるところに、一人の兵が通りかかった。


「おい、ちょっと良いか?」


 衛瓘は何気なく呼び止める。


「俺ですか?」


「ああ。ん? お前は確か、雍州軍の……」


「丘建と申します」


 丘建は頭を下げる。


 衛瓘の記憶では胡烈の軍で兵長を務めていたはずだが、剣閣で胡烈に与えられたのは元々鄧艾が率いていた雍州軍の兵であり、蜀に入ってからは元々雍州の武将である句安の元に戻っていたはずだ。


 が、その句安も胡烈同様に鍾会に対して従順とは言えないという曖昧な理由で蜀の屋敷に軟禁されている。


 しかし、武将ではない丘建はその対象となっていなかったのか、行動の自由がある様だ。


「そうだ、丘建と言ったな。今は何をしているのだ?」


「段灼殿の使いです。急ぎ大将軍にお伝えする事があるという事でしたので、党均殿の元へ何やら書状を届けた帰りです」


「……内容は?」


「それはさすがに俺程度の者が確認出来るはずもありませんので。ですが、党均殿への書状であれば、支払いの確認なのでは?」


 確かに丘建の言う通りではあるが、段灼にしても党均にしても鄧艾と非常に近しい人物である。


「……丘建、話しがある」


 衛瓘は丘建が何か隠している事を察して、自分の執務室へ連れてくる。


「俺に何か?」


「最近妙な噂を耳にしているのだが、心当たりはあるか?」


「妙な噂といいますと?」


「どんな噂を聞いている?」


 衛瓘の回りくどい言い方に、丘建は眉を寄せる。


「俺がもっとも興味があるのは、鄧艾将軍は無実の罪を被せられたという事ですね。無関係ではないのでしょう、衛瓘将軍?」


「大した度胸だな。兵長程度に止めておくのが惜しい」


「俺は今の地位で十分です。下手に将軍になどされて鍾会将軍の屋敷の裏に埋められるなんてゴメンですよ」


「……何?」」


 衛瓘はその言葉を聞き逃さず、眉を寄せる。


「屋敷の裏に埋められる、だと?」


「鄧艾将軍でさえ切り捨てるほどですから、必要無い武将はそう言う扱いでしょうね。これが聞きたかった噂でしょう? 埋められるのが貴方でなければ良いですね、衛瓘将軍」


 そう言うと丘建は頭を下げて、衛瓘の前から去る。




「杜預将軍、食いつきましたよ」


 丘建は外に出ると、隠れていた杜預と合流する。


「これで句安将軍も助けられるんですか?」


「その為の努力だよ。それに鄧艾将軍の救出部隊も必要だが、今雍州軍はどうしている? 士季の野郎が素直に雍州軍を魏軍に組み込むとは思えない」


「正解ですよ、杜預将軍。接近してくる龐会将軍に対する備えとして、北側の城門の守備についてます。鍾会が謀反を起こす時、雍州軍の兵が素直に言う事を聞かない恐れがあるので、最初に戦わせて反乱軍である自覚を植え付けさせるのだとか」


「士季らしい、合理的な嫌な手だが、利用させてもらうとするか」


 杜預は頷いて言う。


「守将は? 龐会将軍を迎え撃つと言うのであれば、魏の武将では無いのだろう?」


「俺も詳しくはわかりませんが、蜀の武将で、あの関羽の一族だとか」


「……古い名に縋るか。蜀らしいな」


 杜預は呆れる様に呟く。


 すでに張飛だけでなく、あの諸葛亮の名すら無力である事は証明されている。


 確かに関羽の名は大きいが、その名だけで戦える様な時代と戦力差では無いのだ。


「まぁ、俺にとっては都合が良い。丘建、お前は句安の元に。まもなく戦になるぞ」


「御意」


 丘建はそう言うと、軟禁されている句安の屋敷へ向かい、杜預は北門へと急ぐ。


 実際には鍾会の屋敷の裏に穴など掘られていないのだが、鍾会であればやりかねないと思わせる事が重要だった。


 最初からそれを認めるのではなく、衛瓘の不安を煽る事が目的の、杜預が流した虚報である。


 衛瓘もまたその才覚を期待される人物の一人だったが、長らく文官であった衛瓘は武将達の様な胆力が足りていない。


 それ故の堅苦しさや融通の利かなさでもあったのだが、なまじ頭が切れるせいで不安を抱えた時にその想像が実際以上に大きくなってしまう。


 杜預の知る、衛瓘の弱点。


 これで鍾会は片腕を失った事になるだろうが、もちろんそれで済ませるつもりは無い。


 杜預は北門へ行くと、城壁の方から問答している声が聞こえてきた。


 龐会将軍か。


 杜預は素早く城壁へ向かう。


「杜預将軍?」


 城壁を守る兵の一人が杜預に気付いた。


「ここからは俺が指揮を取る。今すぐ城門を開け。このままでは反乱軍にされるぞ」


 雍州軍の精鋭達は、突然指揮官面をして出て来た関羽の一族である守将ではなく、長らく戦場で共に戦ってきた杜預の方につく決断をするのに時間は必要無かった。

羊琇って誰?


名門の生まれで、この人自身もそれなりに有能だった事は間違い無いのですが、本人よりお母さんである辛憲英の方が有名です。

また、身近な従兄弟に、三国志屈指の完璧超人である羊祜がいたせいで、完全な空気になってます。


この物語では杜預とも幼馴染と言う事になってますが、実際のところは不明です。

ただ、羊祜や司馬炎とは仲が良かった事もあり、おそらく面識はあったのではないかと思われます。


ちなみに本編の中で杜預より偉いと言う事になってますが、実際にはわかりません。

鍾会の副将だった事を考えるとかなり偉くなっているとも思えますが、杜預は司馬一族に連なる人物と言う事を考えると、杜預より偉いと言う事はなさそうな気もします。

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