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新説 鄧艾士載伝 異伝  作者: 元精肉鮮魚店
最終章 鼎、倒れる時

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第二十二話 二六四年 欲の行方

 多忙だった鄧艾だが、その甲斐もあって蜀の者達の協力を得られる事も多くなっていた。


 中でも譙周の様な文官の長に当たる者や、郤正の様に出世は遅れていても能力の高い者などから信頼を得ているのは、大きな収穫と言えただろう。


 この時の鄧艾の多忙の原因は魏による支配を進める事だけでなく、対呉の戦略も詰めていたからである。


「さすがに戦は厳しいと言わざるを得ないでしょうね」


北征にも常に反対の立場で意見していた譙周は、呉侵攻を考えていた鄧艾にまっこうから反対している。


「しかし、今がまさに好機。もちろん私もいたずらに民を苦しめるつもりは無いが、呉が防衛線を改める前に一定の戦果を上げなければ、乱世はまだ長引く事になる」


「一定の戦果と言うと、具体的にはどの様な?」


 興味本位からか、郤正が尋ねる。


「理想で言えば建業陥落ですが」


 鄧艾の言葉に、譙周も郤正もきょとんとする。


「え? 建業って、え? 呉の首都ですよね?」


「そうです。まあ、理想の話ですが」

「鄧艾将軍、何か策が?」


 戸惑っている郤正は違い、あくまでも戦による消費をよしとしない譙周は表情も険しく、明らかに乗り気ではないと分かる。


「かつて蜀の先帝劉備は結果として大敗であったとは言え、夷陵の戦いは呉にとって危急存亡の戦であった事は事実です。呉軍の水軍は非常に強いですが、それと比べると陸軍の戦力は幾分落ちます。蜀からの経路を使えるのであれば、陸路から攻めるのが常道でしょう」


「とは言え、あの時には呉の大都督陸遜によって撃退されています。原因は呉の風土と地形によるところも大きく、蜀からの陸路を使った戦であれば同じ事が起きる事は十分に考えられるでしょう。鄧艾将軍、先帝と同じ轍を踏むと?」


「とんでもない。先帝は確実に呉を追い詰めていたのですが、勝利を得られなかったのはいかに猛将精鋭であったとしても、一路であれば敵も最大戦力をそこに投入出来ると言う事です。せっかくですから、魏と言う大国の利を活かしましょう」


 鄧艾が呉討伐を急ぐのは、呉に対応を考えさせたくないと言う事が大きい。


 これまで三国間で規模の大小に関わらず幾度となく戦が行われてきたが、それもあってそれぞれの防御線や防御方法も確立していた。


 特に魏と蜀は敵同士であり、魏と呉や呉と蜀の共同作戦はあったとしても魏と蜀が手を組んだ事は無い。


 魏や蜀は多方面攻撃を受けた経験もあり対処法も考えられてきたが、呉にはその経験が無い。


 呉には蜀に劣らぬ天険の要塞とも言える地形があり、一国一路からなら守ると言う事にかけてはどうにかなってしまうのである。


 が、それもその戦略があればこそであり、現時点ではその戦略そのものが確立していない。


 魏にとって蜀を降した直後と言う事もあって厳しい連戦になるが、それでもここは無理をする価値があると鄧艾は考えていた。


「無理筋ではあるとは言え、まったく無計画に勢いだけで言い出した事ではないと言う事ですな」


 譙周が苦笑い気味に言う。


「私、そう思われてます?」


「正直、鄧艾将軍は勢い第一な印象ですね」


 郤正も苦笑い気味に言うと、鄧艾は肩を竦める。


 そんなつもりは無かったのだが、確かに勢いと言うのは大事なものだと鄧艾は思っていた。


 蜀では諸葛亮の教えや考えが広まっている事もあり、緻密な作戦や戦略が主なのだろう。


 姜維はわりと大胆だと思うけどな。


 と、心の中だけで呟く。


「ただ急ぐ理由は分かりましたが、それだけ壮大な戦略を練れるのは鄧艾将軍くらいなもの。あまり無理をされて倒れられては、代わりの務まる者などいませんからな」


「気をつけます」


 譙周と郤正はその後に自宅へ戻り、鄧艾は一通り形にするまでと残っていた。


「父上、今日も残業ですか?」


 二人と入れ替わる様に、鄧忠がやって来る。


「忠か。いや、今日はここまでにしようと思っている」


 鄧艾は伸びをしながら、鄧忠に答える。


「さっきの蜀の役人も言ってましたが、父上、ちょっと根つめ過ぎじゃないです?」


「お前にまで言われるとはなぁ」


 完全な武将肌である息子にまで心配されているとは思っていなかったが、それだけでも自分が必要以上に追い込んでいた事に気付いた。


 そう、まるで戦場にいるかの様に。


「さて、では今日は帰ってゆっくり休んで、明日鍾会将軍と姜維将軍にあいさつをしないとな」


 鄧艾と鄧忠が執務室を出ようとした時、魏の兵士が隊を率いてやって来た。


「鄧艾将軍、捕縛の命令が出ています」


「捕縛? 私が何を?」


 兵の中でも最も若そうだが兵長と思われる人物がそう言うのに対し、鄧艾は首を傾げる。


「鄧艾将軍に謀反の疑い有りとの事」


「謀反? 何を馬鹿げた事を! 蜀を降した功労者だぞ!」


「何か誤解がある様だが?」


 鄧艾が尋ねると、兵長の男は令状を出す。


「……なるほど、何か誤解があるのは違いないらしいが、弁明は都で行えと言う事か」


 鄧艾は兵長の男に令状を返す。


「父上?」


「司馬昭閣下直々のお声だ。鍾会将軍だけでなく、あの法に厳しく融通の利かない衛瓘殿の名前まであっては、私がここで言葉を並べる事に意味も力も無い」


「将軍、ご協力お願い出来ますか?」


 どうやらこの命令にはこの兵長の男も納得出来ていないらしく、本来であれば罪人としての扱いをするべき鄧艾に対しても礼を失する様な事も無い。


「もちろん、私には特に拒む理由はありません。それに、司馬昭閣下には上奏する事もありますので、手間も省けると言うものです。まぁ、快適な旅とはいかないのが残念なところですが」


「父上、俺もご一緒します。構わないよな?」


 鄧忠が捕縛に来た兵達を睨む。


「父上には嫌疑がかけられているかもしれないが、それでもまだ罪人にあらず。副将を同行させるのはむしろ当然であろう」


 鄧忠は剣に手をかける。


「将軍、我々は拒んでおりません。むしろご同行下さい」


 鄧艾と鄧忠は、その日の内に捕えられて長安に送られる事になった。


「将軍、何事ですか!」


 丘本とその手勢が、捕縛された鄧艾と同行する鄧忠を連れて行こうとする兵の道を遮る。


「丘本、特に問題無い」


 鄧艾が殺気立っている丘本や、その手勢達を押さえる。


 彼らは元々蜀の民であったとは言え、魏に投降した身であり、鄧艾軍の兵である。


 策謀の気配にも敏感なせいか、丘本達も殺気立っている。


「将軍、蜀を降したとは言え、全てを支配したとは言えない状況です。当然都までの護衛が必要でしょう。それなら我々の協力も必要なはず。将軍、それも問題無いでしょう?」


 丘本は譲るつもりは無いらしい。


 ここで争う事を望む者はいなかった事もあり、兵長もそれには折れて丘本を始め、彼が率いてきた五百の兵も同行する事を許可した。


「君の名前を聞いていなかったな。兵長、君は何と言う?」


周旨しゅうしと申します」


「君には面倒な仕事になったが、投げ出さないのは見事だ。良い武将になるよ」


「ありがとうございます」


 周旨は困り顔で答える。


「罪人を連れているには、随分と多勢だな。それこそ謀反を企む集団ではないか」


 成都を離れて数日した山道の間道で、頭上から声をかけてくる者がいた。


「師纂! 貴様、どういうつもりだ!」


「その首がいるんだよ!」


 師纂はそう言うと、頭上から矢の雨を降らせてきた。




「まったく、可愛いものだ」


 鍾会は笑う。


 鄧艾が特に強く抵抗しないであろう事は、予想がついていた。


 育ちが悪いわりに頭の切れる男である。


 ここで下手に暴れる様なマネに何ら意味も易も無い事は分かるだろう事から、そこは気にしていなかった。


 問題は、結束の強い地方軍にあって中でも特に強力無比な戦力を誇る鄧艾軍に、いかにして亀裂を入れるかだったが、それを鄧艾の方から与えてくれた。


 師纂も鄧艾軍で武勲を上げてきた武将であり、鄧艾に対する信はあった。


 しかし、息子の鄧忠であれば無理だったとしても、他人の師纂であれば寝返らせる事が出来ると鍾会は読んでいた。


 師纂もさほど家柄に恵まれた訳ではない事もあり、補充の少年兵として雍州へ送られ、そこで武勲を上げている。


 今の魏で考えると血筋や年齢のわりに出世している方で、実戦経験や上げた武勲なども魏軍の中では同年代の者達と比べると上位と言えるくらいだった。


 それでも、師纂が満足していない事は鍾会には察しが付いていた。


 鄧忠の存在である。


 実は比べても、鄧忠と師纂には差が無いのだが、それは第三者の意見であって当事者である師纂にとって差をつけられない鄧忠は、鄧艾の息子と言う事で優遇されているとしか思えなかった事だろう。


 そこに鍾会が手を差し伸べてやるだけで済む。


「鄧艾には謀反の嫌疑がかけられ、このまま行けば君も破滅する事になるよ」


 それだけで師纂はこちら側に転がった。


「なるほど、真の策士ともなれば一言で十分と言う事ですか」


 姜維は頷く。


「鄧艾はこれで片付くとしても、魏の武将の全てが鍾会将軍に従属すると思われますか?」


「それはそちらも同じ事ではないかな?」


「私は蜀では大将軍でした。全ての武将は私の指示に従う事でしょう。ですが、鍾会将軍はどうですか? 直近では胡烈など将軍に従順であるとは見えませんが」


 姜維の言葉に、鍾会は頷く。


 確かに胡烈は鍾会に対して従順とは言えず、何か問題を起こすとすればそれは胡烈である可能性は高い。


「将軍の目指すところであれば、胡烈の行動には何かしら制限をかけるべきでは?」


「……さすがは当代の傑物である姜維将軍。私に協力してもらえるのであれば、決して悪い様には致しません」


 まだ姜維には話していないが、それでも姜維は察したらしい。


 魏の打倒は姜維にとっても願ったりであり、鍾会の目的とも噛み合う。


「では、胡烈を捕らえる様に指示する事にしよう」


「お待ち下さい。鄧艾は越権行為による謀反の疑いがあったにしても、胡烈にはそれがありません。下手に捕らえる様な行動をとっては、逆にこちらに無用の疑いを持たせる事になります」


 姜維としても、ここで下手に謀反を疑われる事は望まないだろう。


 司馬昭に睨まれる事は避けたいはずだ。


「では、軟禁しておく事にしよう。胡烈であれば、閉じ込める事は難しくない」


「鍾会将軍、私も協力させていただきたいのですが、一つだけ求めるモノがあります」


「姜維将軍、蜀は滅んだ。それを再興させる事は認める事など出来ない。だが、魏国の元で可能な限り自治を認める事は出来るかもしれないが、それでは不服かな?」


「司馬昭は将軍を我が張良であると評した事があるそうな。その評に偽りなしですな。私の求めるモノを、将軍は全て察しておられた」




 姜維はそう言うと、素直に頭を下げる。


 思っていたより早い行動だ。鍾会とやら、身を滅ぼす野心を御し得ていないらしい。


 頭を下げたままで鍾会から表情が見えない姜維は、ほくそ笑んでいた。


具体的には分かりませんが


鄧艾が蜀を降した直後に呉攻めを計画していたのは正史にある行動です。

その時に越権行為しまくり、司馬昭から

「ちゃんと許可取れよ」

と怒られますが、鄧艾は

「それじゃ遅いんじゃい!」

と返して(意訳)、謀反を疑われる事になりました。

ぶっちゃけ鄧艾が悪いんですが、スピード重視の鄧艾の戦略としてはどうしても許可を待っていられなかったのでしょう。

ただ、それがどんな戦略だったのかはわかりません。


ちなみに今回スペシャルゲストの周旨ですが、蜀征に参加したと言う事実はありません。

と言うより周旨と言う武将ですが、私が参考にている『中国劇画三国志』ではラスト20ページくらいで出てきて、2~3回名前が出てくるだけの武将で、その時には杜預の副将です。

が、その2~3回でとんでもない武功を挙げているので、急遽登場していただきました。

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