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どうもフラれ男です  作者: 使い捨て系鉛玉
2/2

朝は憂鬱

息抜きが止まらない。


 


 橙色の朝日が窓から差し込み、部屋全体がが薄っすらと明るくなり始める。


「うあー、もうこんな時間か」


 朝が、来てしまった。

 憂鬱な気分に包まれながら、なんとなく窓の方を見る。

 しかしそこで、気づく。カーテンが、閉まっていない。

 遮光性など一切ない窓の向こうには、まだ地平線を超えたばかりの燦々(さんさん)と輝く太陽。

 後悔やら叱責やらを訴える言葉が脳内にごった返し慌てて目を瞑ろうと試みるも、全ては遅きに失した。

 部屋に惜しみなく降り注ぐ眩ゆい陽光は、何に遮られることもなく、我が徹夜明けの眼球を無慈悲に刺し貫いた。抉られるような痛みが視神経に駆け巡る。

 過去の自分を心中で力いっぱい罵倒しながら悶える事数秒。

 やがて我に帰った俺は盛大なため息を吐き出した。


「はぁぁぁぁ。ついに一睡も出来なかった」


 情けないうめき声を漏らしながら、ごろんと布団の中で丸まる。それでも中々体勢が定まらなくて体を起こしてみては、徹夜特有の怠い感覚が頭を苛んだ。

 頭がうまく回らない。

 先程までは確かに思考も明瞭に冴えていた気がするのだが、朝を意識した途端妙にぼんやりとしてきて、とうとう考える事さえ面倒くさくなる。

 そして最後には、心身を縛りつける気怠さだけが残った。


 色々とどうでもよくなって、なんとなしにいつもより重たい頭を枕に預けてみたら、思ったよりも気持ち良くて、睡眠がやはり至福であることを再認識する。

 けれどそれでも、やっぱりこのまま意識を沈ませる気持ちにはならない。いつもならいくら眠たくても学校に行かなければという義務感から強引に起床できるのだが、今回ばかりはそうも行かない。だって。


「学校に、行きたくない」


 学生ならほとんどの人が頭の隅で呟くような言葉。

 特にテストのある日なんかは声にずっと感情がこもる。

 ところが、現状は更に深刻だ。


 クラスの人間に失恋した次の日に、一体、どんな顔をして教室に入れば良いのだろうか。

 彼女、いや、元彼女も俺も交友関係は狭くない。

 共通の知り合いなんか探せば学年を問わずいくらでも居るし、廊下でバッタリ出会(でくわ)す事だって充分あり得る。皆が皆俺たちの仲を祝福してくれていただけに合わせる顔がない。


 いっそのこと学校など辞めてしまおうか。

 一瞬だけ頭に()ぎったそんな考えを、酷く魅力的に思えてしまう自分が嫌になる。


「あーあ。なんかもう、色々どうでも良いな」


 結局、思考はそこに行き着いた。

 そうして再度布団にくるまって頭を枕に沈ませようとすると。

 不意に、部屋の戸を叩く音が三つ、鼓膜を揺らした。


「兄さん」


 声を聞いて、しまった、と表情を苦くさせる。


「寝てるの?」


 再度、軽快なノックが部屋に響く。

 外からの問いかけの返事にしばらく窮していると、やがてノックは止み、ドアが開けられた。


 そこからひょこりと顔を出したのは制服姿の少女。

 背丈は155センチと、確か本人が言っていたのだったか。まあ違和感は無いのできっとそのくらいなのだろう。

 顔つきは、あどけなさを少々色濃く残したいわゆる童顔だ。高いとは言えない身長も相まってその容貌はどうしても幼い印象を与える。髪の長さが肩まで届かない程度なのもまた子供っぽくて幼さを強調していた。

 誰か、などと考えるまでもない。今この家に居る人間などこの世でただ一人、我が愛すべき姪、須澄 結愛(ゆめ)だけだ。

 姪、と言っても彼女の父である我が兄は俺と歳が19も離れている為、本人の年は俺の一つ下とそう離れて居らず、どちらかといえば妹みたいな存在だ。

 そう。見た目こそ幼いが、彼女は中学三年生なのだ。

 そんな家族構成からなんとなく察せられるかもしれないが、親類に少々混み入った事情があって、現在俺と彼女はこの家で二人暮らしをしている。


 だからといって彼女だって普段はあまり俺の部屋になど訪ねて来ないのだが、大方、いつも自分より朝の早い俺が中々起きてこないのを心配したのだろう。


 結愛は躊躇なく部屋に足を踏み入れた。そしてやがてベッドの方を見てこちらの存在を確認すると、安堵ともつかぬ息を一つ吐く。


「なーんだ起きてるんじゃん。……何してんの?」


 その問いかけには若干の困惑と呆れが混ざっていた。

 とはいえそれも仕方ない。

 彼女の視界に収まった俺の今の体勢はと言えば、三角座りで部屋の隅の壁にもたれかかりながら布団に身を包んでいる状態。側から見ればまるで雪だるまのような有様だ。

 お互い年頃でありながら異性の家族の部屋を訪ねたというのに、いざ部屋に入ればベッドに珍妙な生物が鎮座していたのだ。同じ立場なら俺でも戸惑う。


「……おはよう」


 声を掛けられて無視するのは流石に憚られたので、布団から顔だけ出して挨拶を返す。

 すると結愛の表情が困惑から明確な驚愕に変貌した。


「わぉ、酷い顔。どうしたの?」

「なんでもない。先に行っといてくれ」

「いやぁ、流石にその顔で何でもない訳はないでしょ。

 寝てないの丸分かりだよ?」

「そんなにか」

「そんなにだよ。『ウソみたいだろ。死んでないんだぜ、それで…』ってレベル」

「タッチは……名作だよなぁ」

「ねー」


 しみじみとした空気がほんの一瞬だけ部屋に漂った。


「で、一体何があったの?あ、無理に言わなくて良いよ。まあ、相談があるならいくらでも乗るけど……」


 どうする、と最後まで言い切らず、彼女は判断を委ねるように視線をこちらへ寄越した。

 俺は、黙りこくったまま目を逸らす。

 話せる訳がない。

 昨日の今日だ。『彼女にフラれた』だなんて、自分でも受け入れる事が出来ないでいるというのに。

 別に彼女には関係が無いからとか、そんな話ではない。結愛は、それこそ目に入れても痛くないくらいに可愛い姪っ子だ。けど、だからこそ、そんな彼女にどうしてこんな情けない話を聞かせられよう。


 そんなこちらの意図はどうやらしっかり伝わったらしい。結愛はただ、そっか、と小さく頷くだけで、それきり何も聞かなかった。

 優しい子だと思う。


「……さ、とにかく起きよ。ほら空気も入れ替えて」


 言って、結愛は話を切り替えるように部屋の窓を開ける。

 部屋に冬特有のピッシリとガラスのように澄み渡った冷たい空気が入り込んで来て、頰の肌に張り付いた。


「……寒いな」

「だね。今日は最低気温、氷点下超えるらしいよ」

「じゃあ、服装暖かくして行けよ」

「分かってるよ。じゃあ、先にリビング行っとくね」

「分かった。顔洗ったら俺もすぐ行く」

「あ、朝ごはん今日は私が作っといたから」

「あー、ごめん。今月俺が当番なのに」

「良いよ1日くらい。それよりさ」

「うん?」


 聞き返すと、結愛は一瞬、言葉を探すように視線を彷徨わせる。そうして、あのね、とじっくり一呼吸置くと、力強い目でこちらを見つめ、言った。


「ーー何があったのか、いつか話してくれると嬉しい」

「…………ん」

「よろしい」


 俺が頷いたのを見て満足げに微笑むと、結愛はパタパタと部屋を出て行ってしまった。

 やけに足早だったのは、きっとこのやりとりが少し照れくさかったからだろう。


 ああ、本当に優しい子だ。



 ◇



 さて、そんな励ましを頂戴しておきながら学校をサボるだなんて言い出せる筈も無く。現在俺は高校の最寄駅の広場の隅にあるベンチに項垂れて、すっかり途方に暮れていた。

 正直、元カノ(アイツ)に会うと考えただけで胃が軋みを上げて吐きそうになる。はっきり言って、今からでも家に帰りベッドへ飛び込んでしまいたかった。


「行かない訳にはいかないんだが、なあ」


 だからといって、行く勇気が芽生えるかと言われればそんな事もない訳で。


 道行く鳩がこちらを見つめては首を傾げ、ドゥーとよく分からない鳴き声みたいなものを出して通り過ぎて行く。

 こいつらは能天気で良いな、というかドゥーってなんだよポッポーじゃねえのかよ、なんて益体もない事を考えながら、吐息でかじかむ手を暖める。

 そんな事をしている間にも、始業の時間は刻一刻と迫っている。駅から出て来る学生の姿も徐々に増えて来た。


 それを見ている内に、やがて諦観が湧き出す。行くしかないという、勇気といった類の感情とはまったくもって程遠い、諦観が。

 そして丁度その時、このまま惰性で時間を貪るのが何よりいけないという主張が脳内会議で勢力を広げ始め、ならばこの諦観に身を任せてしまおうと結論を下した。

 えい、と身を投げるようにベンチを立ち上がる。

 すると直後、たった一息吐く間も与えず立ち眩みが頭蓋を締め付けて来て、思わず手に膝をつく。

 出鼻を挫かれた遣る瀬の無さと先行く不安が早速胸に膨らむのを感じながら、苦し紛れに空を仰ぐ。


「どうか誰も俺達の破局に気がつきませんように」


 縋るような祈りを、嫌になるくらい蒼く澄んだ大空へ捧げると、俺は重たい足取りで学校の方へと歩を進めるのだった。



どうして書きたい方の筆が進まないんだ。

練習に書いてみた追放モノとかはいくらでも書ける癖に……!

まあ本筋のやつは実力不足で添削やらが終わってないだけなんですけど。

ちなみに、もしかしたら息抜きに書き上げた作品群を投稿するかもしれません。多分続きは書かないけど。

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