第二話、魔王。
「魔王様〜人間浚ってきました」
「人間入ります〜」
パツキンが人間って言うから、つい人間言ってしまった。
俺には浩平って名前あるのにね。パツキンは俺の右手を幼稚園児の手を引くように、柔らかく握り中へと連れて行く。
松明なようなものが、部屋にいくつかある太い柱に備え付けられていて、とこどころ明るいんだけど、うーん、中世の監獄というところか、まぁ陰気ですな。
奥までいくと、やっぱり魔王様の部屋には玉座はあるらしく、そしてそこには偉い人が――
「やー人間よくきたね、気楽にしたまえ」
偉い人がいるんですが、ゴリラというかチンパンジー寄りの貧弱そうな猿が座っていた。
俺の顔を陽気な顔で見つめながら、バナナ片手にパツキンに何やら指図しています。
は〜魔界って猿王国なんだなって一瞬思ったんだけど、パツキンが猿じゃないからそうでもないんだろう。王様だけ猿なんだ、そうに違いない。だけど、気にするほどでもないよな。
「はい、これ、バナナ」
パツキンは白い皿にバナナ乗せて持ってきました。ご丁寧に丸椅子まで持ってきてくれました。俺はその応対に微笑んで、椅子と皿を受け取って腰掛けました。
バナナか。あんまり好きじゃないんだよな。しかし食べよう。出されたものは食べる。これ俺の家の家訓なんだ。
「バナナ飲み込んだら自己紹介はじめるんで、口の中のもの無くなったら教えてくれ」
王様はもう食べたらしく、饒舌に語り始めた。好物らしく、俺が持っているバナナにまで視線が突き刺さっていた。そんなに欲しければ、もっと持って来れば良いのに……
「王様食べ終えました」
俺はバナナを食べ終えたら、隣に立っていたパツキンにバナナの皮が横たわる皿を渡した。
「うむ、見事なたべっぷりで、気に入ったよ、でわ、自己紹介しようか」
小さな玉座の上に立ち上がり、右足を肘掛の上に上げて腕をくんでいる。今更格好付けても――とは思うけど、その格好も俺の目にはそれほど格好よく映らない。まぁ猿だしね。
「ワシは、魔界の王ルシファー、この世界の王にして絶対者、強力な魔力を操り、岩をも砕き、五つのエレメンタル魔法を操る最強の魔道師でもある」
ほーすごいな、見かけから到底想像できない、プロフィールの素晴らしさ。思わず俺は拍手をしてしまった。パツキンも一緒に吊られて拍手しだしたけど、どこか冴えない笑顔を浮かべていた。
「で、そこのパツキン女性は」
「シルビア・フォスタードです、えーっと魔王様の部下やっています、よろしく」
拍手に酔いしれはにかみながら、まぁまぁ、とこちらへ手を翳していた魔王様はパツキンの紹介を促した。パツキンはそれを聞いて、俺に自己紹介を語った。さてと俺もしようか。
「高田浩平、16歳、高校生、人間よろしく、あ、浩平と呼んでください、以上」
簡潔に纏めてみた、これ以上ないくらい。浩平と呼んでもらうことも付け加えた。
「浩平君か、いい名前だ」
ふむ、いい名前……らしい。
「魔王様、自己紹介終ったし、浩平君にここへ連れてきた理由を話さないと」
「おおそうだったな、ここに浚ってきた理由はじゃな」
うーん、いまいち分からない、二人は俺を連れてきたのか、浚ってきたのか。だけど、気にしない、話を聞こう。
「君をここまで浚ってきたのには訳がある」
やはり、浚われたらしい。魔王様はたった姿勢からすとんっと腰を下ろして、椅子に腰掛けた。そしてまた口を開く。
「実はな、ワシも年でな、なんていうか、疲れているわけでさ、そろそろ隠居したいわけよ、荒くれどもを統治するのも、それなりに大変でな、だから、君に魔界を統治してもらいたい。
いわば、ワシの代わりに魔王としてこの世界に君臨して欲しいという事なんだ」
……、俺は今まで、言葉に詰まるというか、頭が真白になるとか、そういう事は微塵も起こさないよう心がけてきた。 しかし――今ほんの少し、思考が停止しかけた……だけど、持ち直したよ。ふむ、魔王になれと俺に仰っている。俺を見つめる魔王様の瞳は実に澄んでいて、嘘を言っているように見えない。どうやら本気のようだ。魔王か……なんか格好いいよな? なってもいいかもしれない。よし決めた、OK。
「分かりました、謹んでお受けします」
「おう、やってくれるか〜! そうか〜! アハハハハー!」
薄暗い部屋の中に魔王様の笑い声がこだまする。シルビアもまたとびっきりの笑顔で拍手している、しかもそれは俺に向けられていた。




