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飼い首探し

 ガキを一人拾った。襤褸を着た少女だった。見た目で判断するしかないがおそらくは十歳にもなっていないだろう。

 なぜ拾ったのかは自分でも分からない。適当な裏路地に吐きに行った時に見つけた。ボロボロの肉塊の前で声も出さずに泣いていた。多分両親だろう。身なりから察するに新参者の様だった。この街では生きるのにコツがいる。なにかしくじったのだろう。

 金が無かった。ガキを見つける前の酒代で全てだった。労働奴隷にもならんし性奴隷にもならん歳だが、十日程度の生活費にはなるだろう。ガキを掴もうと手を伸ばした時に、フードに隠れたそいつの顔を見た。



「俺はうるさいのが嫌いだ。隅でじっとしていれば食い物も寝床もくれてやる。分かったか?」


 小脇に抱えたガキを商人の所に連れていく気だったが、気が付けば寝床に連れて帰ってきていた。子供と言うのは柔らかいのだと実感した。俺にもこんな時代が有ったのだろうか。おそらくは有った筈だ。

 ガキは騒ぐことはしなかった。それどころか一言も喋らなかった。ただ震えていただけだ。立て付けが悪くなった扉をこじ開け、ガキを降ろす。そして注意事項を伝える。ただただ騒ぐんじゃないと。


「……」

「返事も言えんのか?」


 ガキは俺を見上げているだけだった。うっすらと泣いている様にも見えた。返事が無いのは気にくわないが、態度から了承したと判断する。破ったら破ったらで放り出せば良い。気まぐれに拾った。気まぐれに捨てれば良い。


「ここが嫌なら好きな所に行けばいい。俺は止めない」


 この言葉の意味をガキは理解できるのだろうか。狂人しか居ないこの街で、外から来たガキが一人でほっつき歩く事の意味を。

 外に居た時ならば言わない言葉。やらない対応。官警の所にでも連れて行いくか、もしくは優しい言葉の一つでもかけて保護してやっていたのだろう。

 だがこの街でそんな倫理観はいらない。これを自覚できている俺はまだイカレテちゃいない。


「俺は寝る。騒ぐな」


 適当な布切れをガキに投げてやる。奴は受け止める事もせず、布切れは頭にかかる。ベッドに寝ころび目を閉じる。明日からの食い扶持をどうやって確保しようか頭を悩ませた。




 頭痛と共に目が覚める。怪我の治りが早い体だがこういう所は不自由なのだと実感する。

 ガキは部屋の隅で寝ていた。寝転ぶ事はせず、壁に背を預け膝を抱えて。

 足で軽く小突く。ガキは怯えた様子で俺を見上げた。古くなったパンを落とす。大した量じゃない。薄汚れているがまだ食えるだろう。


「俺は外へ行く。お前の好きにしろ。どうせ気まぐれで拾ったんだ。逃げても追いかけない。ただ、居るのなら勝手に物に触るな」


 それだけ言い外へ出る。陰気な朝だった。つまりいつも通りだ。この街で陰気じゃない日なんて無い。向かうのは酒場だ。仕事の依頼もなにも、大体酒場で出会った連中から請け負う事が多かった。

 壁際でぶつぶつ言っている男の横をすり抜け、泥人形を自分の息子だと言い張る女を蹴り飛ばす。いつも道の真ん中に居て邪魔だからだ。泥人形がばらばらになった拍子に金切り声を上げる。どこぞの神経質な鳥の声に似ていた。頭に響いて不快だった。意趣返しという訳ではないが、地べたに転がった人形の頭を踏みつぶす。息子と言う割にはなんの捻りもなく泥だった。人間の欠片でも仕込んでいるくらいの気概を見せて欲しい物だ。


「いつもうるさいんだよお前は。ここでこれと同じ色になって死ぬのと、明日も変わらずおままごとする。どっちか選べ」


 首を締め上げる。乱ぐい歯をむき出しにした女は、臭い息を吐き出しつつなにかぶつぶつ言っていた。俺は何をしているのかと言う疑問が頭に浮かぶ。

 突き飛ばし背を向ける。土と何かがこすれる音。おそらくは欠片をかき集めているのだろう。イカレタ連中を見るとこっちまでイカレそうになる。女のしくしく泣く声が不快だった。


 若い男女とすれ違う。女も男も怯えている様だった。なんの目的が有ってかは知らないが、こいつらも新参者の様だった。おそらくは、そう長く生きられないのだろうと思った。


 酒場に入れば見慣れたメンツ。静かに酒を飲んでいる連中も居れば、バカ騒ぎしている連中もいる。ここに居るのは比較的まともな奴ばかりだった。


「おう、来たか」

「なんだ。随分と暗い顔じゃないか」


 よく一緒に飲む奴が居た。定位置だった。名前は知らないし知る気もなかった。向こうもそうなのだろう。互いに一度も名前何て聞いた事は無い。俺が席に着くとともに一番安い料理が運ばれる。当然支払えるものではなかったが、これもいつも通りの遣り取りだ。片方が金が無い時は、片方が奢る。俺と前に座る奴はそういう飲み方をしていた。


「実は……ペットがどこか行っちまったんだ」

「ああ、お前が溺愛してるって噂の」


 こいつがなにかを飼っているとは知っていたが、なにを飼っているのかは知らなかった。深夜、誰もが寝静まった夜に散歩したりと相当可愛がっているという事だけは知っていた。おそらくは人には言えない類のモノだろうとアタリをつけていた。

 水に近い薄い酒を一口飲む。二日酔いを覚ますには酒を飲むのが一番良い。だがこの薄さでは効果はなさそうだった。


「ああ。だから金に困ってるお前に依頼したいんだ。探してくれないか?」

「探してやりたいがいくら貰えるかで考える。今はかなりきついんだ」


 奴が提示した額は俺が二日食える金額だった。相当困っているらしい。物にもよるが、動物探しでこの額は破格だった。


「良いだろう。それで? なにを探してほしいんだ?」


 直ぐ後に、俺はこの一言を言った事を後悔する。

 奴は助かったと言いたげな明るい表情を見せた。そして言う。


「ああ、若い女の生首だよ」


 こいつもとことんまでイカレているみたいだった。



 見た目を書いた紙を渡したいと、奴の寝床に連れていかれた。こんな事なら、いつもやっている死体処理の仕事でも請け負えば良かったと後悔する。イカレタ連中ばかりの街だが、それでも色々な方向にイカレテいる故に、比較的まともな衛生観念を持ち合わせている連中も少なくない。

 自分らは死体に触りたくなんて無いが、死体がある事には耐えられない。だから俺みたいな日雇いの連中を雇う。俺は対価を受け取り、奴らは死体が消えて嬉しい。互いに損のないいい関係だった。


 街の隅の隅。ドブ通りと呼ばれている通りに住処があった。今にも倒れそうな、小汚い小屋と言うにもおこがましいゴミだ。住居らしい形のゴミの中に案内される。

 一歩踏み込めば腐臭。顔をしかめる。奴は気にも留めていない様子で奥の棚から紙を取り出す。


「こんな見た目をしてるんだ。寂しがり屋だから一人ではどこにも行かない筈なんだけど……。ああ、最近顔色が悪くて心配してたんだ」


 行かないじゃなくて、行けない、だろう。確かに女の生首だった。茶髪で端正な顔だ。此奴は絵心が有ったのかと感心する。この依頼は直ぐに終りそうにないと思ったが、俺は出入り口に転がっているモノは何だと指摘する。


「あれじゃないのか?」


 腐った生首が転がっていた。虫がたかり、顔は変色している。茶髪は抜け落ち禿を晒す。


「あんなものじゃないよ。何を言っているんだ。あんな小汚いブツなんかじゃない。汚らわしい事言わないでくれ。いくら君でも怒るぞ。そうだ追加で金を払うよ。あれ掃除してくれるか?」

「……あいよ」


 やっぱりこの仕事は直ぐには終わらないみたいだった。ベルトから吊り下げたカンテラに手を当てる。酒も無し、薬も無し。直ぐに終らせるに限るだろう。


 手袋で隠した指先が痛む。首は燃え上がり虫は慌てて逃げ惑う。足元に来た名前も知らない甲虫を踏みつぶす。粘ついた汁が床にまき散らされる。奴が、ああ、と悲鳴を上げた。


 炎は直ぐ消える。床も隣の建材も焦げ付いた様子が無い。


「この人相書き貰っていくよ。二日後くらいには手に入るはずだ」

「ああ、頼んだよ。ありがとうよ! くそ、この虫の汁、誰が掃除すると思ってるんだ君は!」


 さあ知らんなと肩をすくめる。上手く事が運べば二件目の仕事にもありつけるだろう。




 まずは新参者二人を探す事にする。ドブ通りを抜け、淫売通り、虫けら通りを探す。どこにも居ない。陰気通りに、俺の寝床がある亡国通りも探す。居た。奴らは亡国通りと淫売通りの境目当たりの路地を寝床と定めたみたいだった。男が申し訳なさそうに女に何か言っている。軒下で寝泊まりするのは新参者が良くやる事だ。金もなくなり、狂人ばかりの宿にも怯える。行きつく先は人気のない通りの軒下。


 もうすぐ陽が落ちる。一旦俺の寝床に戻ろう。予想通りならば女が一人で淫売通りに行くはずだった。


 依頼人によく似た服装に着替え、淫売通りに向かえば案の定だった。茶髪の女が男を誘おうと必死だった。イカレタ連中ばかりでも性欲はある。女だからこそ使える単純にして実入りの良い商売だ。娼婦こそが世界最古の職業と言うのは伊達ではない。


 女が一人になった頃合いを見計らい、声をかける。


「一晩いくらだ?」


 女が金額を言ったが当然支払えない額だった。それでも良かった。


「良いだろう。ただ宿代が惜しい。ここでも良いか?」


 後ろの路地を指さす。女は渋っていたが、それでも今夜は客が少なかったのだろう。俺の要望を聞いてくれた。


 路地裏に入るや否や、カンテラに手をやり、もう片手で女の口を押さえる。くぐもった悲鳴と共に弛緩する体。肉が焼ける良い匂いがした。心臓を直接焼いたのだ。さっさと始末するにはこれが一番早い。だがああ、指が痛い。

 ずた袋に女の死骸を詰め、陰気通りの人形師の下に持っていく。近くて良かった。


「やあ元探検家。僕になんの用?」

「こいつの生首を落としてくれないか? ついでに顔も弄ってほしい。防腐処理も頼む」


 ぼさぼさの髪の女だった。昔から見た目が変わっていない故に、こいつは自分の体を人形に加工しているのではないかと噂されていた。


「おお、良いね。代金は?」

「金は無い。だから体はくれてやる」

「商談成立。僕の好みに近いね。擦れてないのが良い。新参者でしょ? まあ良いや。明日の朝に来てよ」




 寝床に帰れば、室内は滅茶苦茶になっていた。物取りの仕業かと思ったが、この界隈で俺に手を出す馬鹿は居ない。ガキが隅で怯えて震えていた。手には立てかけてあった俺の私物。


「ガキ。触るなと言っただろう!」


 ガキは泣いているだけだった。謝罪の一つも言えないのかと詰め寄るが、黙りこくっていた。その様子が、昔の知り合いによく似ていて更に苛立つ。


「お前、喋れないのか?」

「……」


 ガキの口からは息が漏れる音だけが聞こえる。精神的な物か、先天性なのかは知らんがガキは喋れないみたいだった。なぜか気が抜けた。叱る気にも怒る気にもならなかった。



 ぐぅ~っと音が響く。ガキの腹の鳴る音だった。完全に気が抜けた。寝る事にする。


「この家には飯が無い。夕食は無い」


 俺がそう言うと、ガキは静かに隅に戻っていった。そして今朝と同じ体勢になる。寝て耐えようというのだろうか。

 こいつと居ると調子が狂う。そう思いながら瞼を閉じる。





「ああ! 帰ってきた! 帰ってきた! どこに居たんだい! どこで見つけたんだい!? ああありがとう。本当にありがとう!」


 早朝、上機嫌な人形師から生首を受け取り、依頼人の寝床に納品しに行く。こいつが泣く姿を始めて見た。防腐処理もしっかりと施され、人相書き通りに加工された生首を愛おし気に抱きしめ、頬ずりをする依頼人。

 何度も感謝の言葉を言うもんだから飯を奢ってくれと言ったら奢ってくれた。昼食も確保したいのだと言えば、持ち帰りの料理――パンにハムやら野菜を挟んだだけのものだが――にすら金を出してくれた。

 依頼の代金を受け取り、ペットと一緒に戯れたいというそいつを寝床に帰らせる。


 家に帰ればガキが座っていた。眼を閉じているが、俺が近寄るとこっちを見上げた。寝ていないようだった。袋から飯を取り出し渡す。戸惑ったように受け取ったが、すぐに獣のように食い始めた。かなり腹が減っていたみたいだった。



 数日後の事だ。新参者の片割れが酒場に来た。そして言う。


「居なくなった僕の彼女を探してくれ!」


 俺は内心ほくそ笑んだ。ああ、予想通りだ。酒飲み仲間には感謝している。奴のおかげで実入りの良い二つ目の仕事にありつけたのだから。

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