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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
エルフ領編

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救出訓練

なぜこの部屋にみかんの娘がいたのかシュゼを問いただしたいところだったが、ノーフェはまず人魚に礼を尽くすことにした。なぜなら、横たわる人魚にかすかに見覚えがあったからだ。


シュゼはまだ小さくて覚えていないかもしれない。しかしどの国の王族も、幼いころ必ず人魚の長に会わせられる。現にエドウィもアミアのことを覚えていた。


「人魚の長殿」

「覚えていたか。人の子よ」


自分こそ王族の名前など覚えていないくせに、アミアはそう言うのだった。


「幼き頃お会いした覚えがあります。なにゆえ長がこのようなところに」


思わず疑問を口に出してしまったノーフェだった。


「幼子の願いに応えたまでのこと」


アミアはシュゼのほうを見やってそう言った。シュゼは嬉しそうににこにこしている。


「そうではなく、そもそもなぜここに、ハイランドにと言うことです」

「先月はドワーフ領の湖にも行ったぞ」


アミアは人魚にとって湖巡りは当たり前のことだというようにそう答えた。


「それは、しかし、ここでもめったに人魚が見られぬということはつまり常にはないということです」


案外ノーフェは核心をついてくる。アミアは横たわり肘で頭を支えたまま器用に肩をすくめた。


「それよりもう避暑の時期でもあるまいに、お前こそなんでわざわざここに来た」


お前のほうがおかしいと言わんばかりに言われると、ノーフェはぐっと詰まったが、そもそもそれが本題である。


「長殿とは思いませんでしたが、鏡の池で人魚が、その、捕らえられたと。その人魚を王都に連れてくるようにと、そういう命令です」


アミアは眉を上げた。


「王都にだと。ハイランドのか。ハイランドの王都には水の道がつながっていない。無理だな」

「はい。ですから、大きな池を用意いたします。そこに滞在していただくようにと……」


ノーフェは少し汗をかいていた。実際は、


「捕らえた人魚を見てみたいから、連れて来い。水なら王宮に大きな池があるだろう」


ということであった。深く考えず、シュゼをいさめる思いもあってやってきたが、実際に人魚を見てみると、大きくてもあの浅いため池にこの人をなどと、失礼なことこの上ないことが実感できた。


「流れぬ水であろう。無理だ」

「では流れるきれいな水を用意したら来ていただけますか」


ノーフェは食い下がった。興味本位の他の王族と違って、ノーフェはいずれ他種族もハイランドに招いてみたいと思っていた。今は無理でも、山から水を引いて、数年後になら。


「その幼子にも言ったことだが、われらに会いたいのであれば人魚島に来るがよい。いつでもたくさんの人魚が人族を待っているぞ。特に幼子なら一層歓迎する」

「しかし人魚島に行くにはミッドランドを通らねばなりません」


ノーフェはなかなか簡単には行けないのだと言いたかった。


「国境などあってなきがごとくであろう。とくに人族は皆同じだ」

「それは昔のこと。まして王族ならミッドランドを素通りと言うわけにはいかないのです。三領に行くにはどうしてもミッドランドかローランドを通らねばならぬ」

「それがもどかしい、と?」


ノーフェは頷いた。


「だからと言って、ハイランドの王都は我らが本能に逆らってまで行きたい場所ではない」

「長殿でなければ、どなたかほかの人魚はどうですか」

「誰も行きたがらぬであろうよ」


ノーフェは悩んだ。命令は命令だ。果たせなかったではすまない。傍らでシュゼが心配そうに二人を見ている。


「一日、今日一日考えてはいただけませんか」

「無理だ」


にべもない長に、ノーフェは唇をかむ。しかし、


「また明日、伺います」


そう言うと部屋を出ようとした。


「お兄様……」

「シュゼ、お前も来なさい」


シュゼも振り返りながら、ノーフェと共に部屋を出た。


「潮時だな。逃げてしまえば、王都に人魚を連れてこられなかった言い訳もたつだろうよ」


アミアにとっては、ノーフェも幼子なのだった。


別に今すぐにでも帰れるのだと、アミアは窓の護衛をちらりと見た。ちょっと、そう、手で払えば、人などポンと飛んでいく。しかし、愛し子がわざわざ迎えに来るというなら、そちらのほうがずっと楽しい。ポスンと叩かれるソファの音も、心なしか弾んでいた。



一方真紀と千春は今、湖の街からだいぶ離れた街道の、ほんの少し外れた谷間で、アーロンにしこたま怒られていた。正しくは千春だけが怒られていた。


「そもそもチハールは!」

「はい、すみませんでした。ところであの」

「ところで?」

「いえ、あの、はい」

「本当に反省しているのか!」


といった具合だ。しかし、説教が長引いているのは千春が上の空であるためなのだが、そもそもなんで上の空かと言うと、それは、ついつい目がアーロンの後ろのほうをさまようからだ。ではなぜ後ろのほうをさまようかと言えば。


「噂には聞いていたが、ハイランドの上昇気流は実にいい」

「ミッドランドからたった一日ではないか」

「今度はこっそり王都のほうまで行ってみてもいいわね」


と実にかしましい。


「チハール?」

「っひゃい。でも、その、あれ」

「俺は見なかったことにしている」


アーロンは決して後ろを振り向かなかった。一方真紀はと言えば、


「ほう、これが今代の聖女」

「サウロの言うとおり、実に持ち運びやすそうだ」

「いいえ、サイカニアの言う通りとてもかわいらしいわ」


と、茶色の鳥人に取り囲まれ、放心状態だった。


「エドウィ、ザイナスたち、秘密の任務じゃなかったの?」


尋ねる真紀に、


「そのように聞いていました。だから高いところを飛んだら目立たない鷹の鳥人を招いたと」


と答えるエドウィだったが、


「ん? 我らは任務で来たのではないからな」

「ハイランド観光なの」

「だってサウロがね、海を越えさえすれば、人間領は陸続きだぞっていうから」

「それなら長距離が苦手な鳥人でも、頑張って海を越えれば遊び放題じゃないか?」


と鳥人が口を挟んでくる。サウロめ! いつでも厄介ごとを連れてくるのだ。何人いるかわからないが、これだけ茶色の鳥がいて騒いでいたら、雀みたいだよねと真紀は思った。それにいくら高いところを飛んでも目立つだろうと。


「せっかく来たから、夜になったら離宮まで運んでもらうことにしましたよ。そのほうが早いですし」


エドウィは肩をすくめた。ほんの少し投げやりになっているようだ。


乗ってきた馬車は、手の者がすでに次の町まで運んでいる途中だろう。真紀たちは人魚を助け出したら鳥人たちに連れられてすぐに国境付近まで飛ぶ予定だった。


「夜も飛べるの?」

「視力は落ちるが、普通に飛ぶ分には問題ない」


クリオはそう言うと、


「さ、では脱出の訓練だ!」


と言った。


「訓練?」

「我らも人を運んだことはあまりないのでな。どのくらい持ち運べるか、私たちの訓練だ」

「訓練て、鳥人のか!」


千春が突っ込んだ。サウロじゃなくても突っ込みどころが多すぎる。クリオはそんな千春に声をかけた。


「さ、荷物よ」

「荷物は私たちか!」

「皆並べ! まずこの者の背後に飛び降りて抱えて飛び上がる。次に走っているこの者を抱えて飛び上がる。さあ!」

「さあじゃないし!」


しかし、真紀も千春も、もちろんエドウィもアーロンも、日が暮れるまで鳥人の訓練に付き合わされたのだった。


「お。おかげで完璧だよ……」


座り込んで空を見上げる真紀だった。茶色くて少し小柄でも、鳥人は力持ちだった。ちなみに鳥人は訓練を終えても元気に飛び回っている。絶対街道からも見えているのではないかと思う真紀に、隣で座り込んでいる千春がこう言った。


「でもさ、真紀ちゃん」

「なに?」

「全員の訓練しなくてもさ、一人一鳥人で良くなかった?」


真紀は愕然として千春のほうに振り返った。


「気が付くのが遅いよ、千春……」

「ご、ごめん」


疲れたのは千春も同じだ。なぜこう毎日いろいろなことが起きるのだろう。


そして作戦の夜が来る。





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