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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
エルフ領編

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みかんの娘

部屋にいる全員が固まってしまったのは仕方のないことだろう。年若い侍女たちはいわば仕事をさぼっているのを見つかったようなものだったし、真紀と千春は聖女としてシュゼと何度顔を合わせたことか。もっとも腹が立つからこちらからはなるべく目を合わさないようにしていたので、シュゼについてはそれほど印象に残ってはいない。


「あら、あなたがそうなのね」


日界には王族にひざまずくなどという慣習はないので、真紀は丁寧に礼をするにとどめた。


「まあ、まあ、珍しい茶色の瞳、細い顎、長くて濃いまつげ、侍女の噂のとおりね!」


侍女たちが気まずそうに顔を背ける。別に噂を雇い主に聞かせるつもりではなかったのだ。


うーん、真紀ちゃんが変装すると美少年なのは認めるけれど、珍しい茶色の瞳も細い顎も、長くて濃いまつげもついでに言えばかつらの髪の色も同じなのに、なぜ自分は目立たないのか少し不思議に思う千春だった。


そのシュゼの勢いにやっぱり引き気味の真紀だったが、その戸惑いはこの世代の少年としてはむしろ当然の反応だと好意的に見られたし、何より聖女だとは全く気づかれていないのにはほっとした。


「あの、俺、そろそろ妹を連れて戻ります。ありがとうございました」


真紀は急いで礼を言うと、千春に合図する。千春はノーフェに食べさせてもまだ余っていたみかんを抱えると、急いで真紀のそばに移動した。


「まあ、あなたさっきのお兄様に運ばれてきた子ね」


シュゼはみかんを見てそう言った。


真紀ちゃんは美少年で顔に注目され、妹の自分はみかんで認識される。ちょっと不公平ではないか。


「元気になったのならよかった。そうだわ、ちょうどいい。お兄様が着替える前に、人魚に会わせてあげるわ」

「シュゼ様!」


侍女が悲鳴のような声を上げた。


「美しいものに美しいものを会わせるだけよ。何が問題なの?」

「ですが人魚がいることは秘密のはずでは」

「秘密ではないわよ? だって自分から滞在してくださっているのですもの」

「しかし、そんな魚になど」


どうやら侍女は自分が人魚が恐ろしいので、真紀にも会わせたくないようだ。


「あら、会ってみたいわよね」


シュゼは無邪気に真紀に聞いた。これは絶好の機会だが、しかし、今夜の計画が崩れてしまいかねない。真紀はちょっとためらうと、


「伝説の人魚ですよね。それはお会いしてみたいけれど、俺なんか会わせてもらえる身分じゃないです」


と首を横に振った。


「まあ、なんて奥ゆかしいのかしら。駄目ならアミア様も断るでしょう。みかんの娘、もしかしたらみかんをお好みになるかもしれないし、お前もついてきなさい」


ついにみかんの娘になってしまった千春は、真紀と目を合わせた。どうする? 行くしかないよ。そう決めるとありがたく連れて行ってもらうことになった。


「お前たちはさぼっていないで仕事をしなさい」


侍女たちに一言言うのを忘れずに、シュゼは真紀と千春を引き連れて意気揚々と五つ隣の部屋に移動した。


部屋の前の護衛は真紀と千春を見て嫌な顔をしたが、シュゼには逆らえない。とんとんと部屋のドアを叩くと、返事を待たずに部屋に入った。真紀と千春は恐る恐るついて行った。


「アミア様、今日は珍しいものを連れて来ましたの」


シュゼの声は弾んでいる。


「確かに珍しい」


ゆったりとそう答えるほうを向くと、大きなソファに乳白色に輝くうろこをきらめかせた、大きな人魚が横たわっていた。思わず千春はつぶやいた。


「魚河岸のマグロ……」

「しっ。ラッシュって言うほうがまだましだろ」


真紀に慌てて止められた。


「まあ、アミア様が興味を持ってくださったわ」

「ソルナみかんか」


シュゼは目をきらめかせて千春のほうを見た。正確に言うと千春の持っているみかんのほうを見た。どう? 思った通りだったでしょ? そういう顔だ。千春は仕方なく感心したように頷いておいた。


「それを食べさせてくれ」


アミアの言葉に、千春がシュゼにみかんを渡そうとすると、


「その娘、お前がむいて食べさせてくれ」


と言った。シュゼは鷹揚にうなずいた。そういうことは侍女の仕事であるから、当然だ。


千春は仕方なくアミアのそばに近づいた。食べているところがシュゼに見えないようにアミアが目で位置を指示する。千春は怖がっているように見えるようそろそろと動いた。


「なぜ愛し子がここにいる」


アミアがささやいた。千春はみかんをむいて、房に分けながら答えた。


「アミアこそ。サイアが心配していたよ」

「やはりか。まずいな」


アミアがちょっと困ったようにつぶやき、尾びれをポスンと力なくたたきつけた。


「ああ、シュゼ様、本当に人魚は美しいものですねえ」


そこで真紀が咳ばらいをしてシュゼに話しかける。今のうちだ。


「今晩湖側から助けに入ります。もう戻ってもいいころでしょ」

「助けなどいらぬが、仕方ない。そろそろ本当に疲れてきたところだった」


そう言うとアミアは口をあーんと開けた。


「え?」

「みかん」

「本当に食べるんですか?」

「好物だ」


千春は仕方なくみかんの房を放り込む。


「うまい」


少し大きな声でアミアが言い、また口を開けた。千春はみかんを放り込む。


「まあ、みかんの娘を連れてきてよかったわ」


はいはい、王子様にも人魚の長にもみかんを食べさせたみかんの娘、それが私ですよと千春がやさぐれたのも仕方のないことだった。みかんがなくなると、アミアは、


「ん」


と言った。


「え?」

「ん」


何気なく顔を前に出しているこの体勢は、まさか。千春はスカートのポケットをごそごそするとハンカチを出し、アミアの口元を拭いた。


「ん」


今度は満足の返事だろう。その時、とんとんとドアを叩く音がすると、返事も待たずに、


「失礼する」


と入ってきたのは、ノーフェだった。返事を待たない、割と失礼な兄妹だった。


「お兄様!」


と表情を明るくするシュゼにちらりと優しい目を向けると、ノーフェはアミアを見、目を見開いた。千春は慣れているけれども、やはり見慣れない人が見ると驚くものなのだろう。


「人魚殿、とみかんの娘」


私もか! もういいよみかんの娘で。千春は肩を落とした。そこで真紀がすかさず、


「それでは私たちはこれで。シュゼ様、美しい方と会わせていただいてありがとうございました」


と暗に退出の意を示す。シュゼは仕方なさそうに許可を出した。


「そう、仕方ないわね。下がってもよくてよ」


千春も急いで真紀の元へ行くと、二人で礼をして急いで部屋から出た。護衛にじろりとにらまれながら入口へと急ぐ。真紀は誰もいないのを確認すると、千春にささやいた。


「エドウィとアーロンは身バレするから多分来ない。急いで町の外に出よう。そうでないと作戦が台無しになる」

「うん」

「千春、あとで説教ね!」

「ええ? 不可抗力だよう」


情けない声を出しながら、できるだけ急いで離宮を出、市場でみんなにからかわれ、迎えに来ていたエドウィたちと合流して一旦町を出たのだった。帰ったことにしないと真っ先に疑われるのは自分たちだ。






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ついでに『この手の中を、守りたい』1、2巻も発売中!


明日金曜日は更新お休みします。

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[一言] だんだん千春苦手だな〜と思ってたら 今回で千春苦手になった…
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