少しは反省したらいいんだ
「はあ、どうなることかと思ったよ」
少年のほうがほっと息をついた。少女は魔石を拾っている。
「マキ」
「あ、エドウィ」
エドウィが声をかけると二人は何気なく振り向き、そして心配そうなエドウィとアーロンの顔を見て、ばつの悪そうな顔をした。
「マキ、お前25歳だから心配するなと言ったよな?」
「心配はかけてないよ? おとなしくしてるとも言ってないし」
「ああ言えばこう言う」
アーロンはイライラと頭を掻きむしった。それを真紀は面白そうに眺めると、ふと後ろに目をやった。
「あ、ザイナスの息子さんだ」
何しろ顔がそっくりだ。さっきも言葉を交わした気安さもあって、真紀は挨拶しようとして一歩踏み出したが距離は縮まらなかった。
「え」
「あ」
距離が縮まらないのも無理はない。ディロンとコリートは同時に無意識に一歩下がっていたのだ。それに気づいた真紀は一瞬なんでだろうと思い、胸の奥がすうっと冷えるのを感じた。そうか、ゲイザーを魔石に戻していたのを見ていたから。避けられたのか、そうか。ディロンとコリートは自分たちでもそれに気づくと、気まずそうに視線をそらした。
誰も今まで真紀と千春を怖がったりしなかった。むしろ魔物から守ろうとして必死だった。そうでなければ、魔物を魔石にする二人を労わってくれるだけだった。でもそれは親しいからだ。
仕方ない、仕方ないんだ。そしてよく自覚しよう。これが普通の人の反応だということを。むしろ今知ることができてよかったじゃない。最初からわかっていたら、これからは心が痛くはならないだろうからと真紀は自分に言い聞かせた。
真紀はそれ以上ディロンとコリートには近づかずに、くるりと千春のほうに振り返った。大丈夫。口元は笑顔のままだ。そんな真紀を千春は胸の上のほうを手で押さえながら心配そうに見た。千春も痛いんだね。私も同じところが痛いよ。
ミッドランドのお城でも千春はそうして胸に手を当てていたね。あの時笑いとばしてごめん。見知らぬ内陸の人の言葉でさえこんなにつらくは感じなかったのに。真紀は笑顔のままで視線を下に落とした。
「あの時は日界の人は他人だったからだよ、真紀ちゃん。自分にかかわりのない人に何を言われても平気だもの」
「千春……」
何も言わなくても千春はわかってくれていた。千春の言うことだから、言葉がすとんと胸に落ちた。
そうか、もうこの世界は私たちの世界なんだ。当然仲間だと思っていた人だから、避けられてつらいんだ。
ちょっと泣きそうな真紀に千春はそっと近づき、その腕に自分の腕を絡めた。
「真実が見えないやつがいるとは、犬人も若いやつらの質が落ちたな」
静けさの中に鳥人の声が響き、後ろで誰かがたじろぐ気配がする。
スボッ。
「うわ、え、あ」
「そんなに驚かなくても」
その二人の間に割り込んできた大きな犬がそう声を出した。
「驚くわ! 急に二メートル級のわんこがスボッと入ってきたら!」
湿った雰囲気はどこに行ってしまったのか、思わず突っ込む真紀の横で、千春はザイナスの首をそのまま抱きしめている。
「ディロン。コリート」
ザイナスの静かな声が響く。真紀はその名前にびくっとした。背中のほうでガサゴソと何かの気配がする。二人はザイナスにぎゅっとしがみついた。
「え、うわ、あ」
「きゃ」
何かがするっと真紀と千春の横を通っていった。すると二人の前には、大きな犬が二頭、少し耳をしょぼんとさせたたたずんでいた。一頭はザイナスを小柄にしたような灰色の、もう一頭は薄黄色の、それは大きな犬だった。
「マキとチハールの愛らしさを知る前に聖女の重大な秘密を知ってしまい、戸惑ってしまったのだ。これらはまだ若い」
ザイナスの声に、
「すまなかった」
「驚いてしまって」
二頭の声が重なった。真紀は少しためらって、千春はためらわずに手を伸ばした。真紀の横にはディロンが、千春の横にはコリートが寄り添う。真紀はコリートのほうを見て、眉を上げた。
「らっし」
「違うから。確かに色は似ているけど違うから」
千春にすかさずさえぎられた。
「言わせてくれてもいいのに」
「やめようって相談したでしょ」
そうして伸ばしたまま止まっている手の下に抱え込まれるように大きな犬が挟まった。二人はこわごわと手を伸ばして、緊張して硬いその体を恐る恐るポンポンと叩いた。硬い体が緩んでいく。
「聖女は怖くはないだろう?」
ザイナスはからかうようにそう言った。
「ひどいっ」
「こんなに静かで穏やかなのに!」
怒る千春と真紀に、ディロンとコリートはこう言った。
「静かではないな」
「が、怖くはない。温かい。我らと同じ、なのだな」
真紀と千春はそばで響くその声を聴き、顔を見合わせ、頷いた。
「うん、残念な人が一人います」
「一人不合格!」
その声に、
「な、なんで俺が不合格なんだ!」
とディロンが叫んだ。
「ディロンって言ってないしー」
「自爆」
「こ、こいつら……」
ディロンはぷるぷる震えた。もちろん怒りでだ。しかし、
「まだまだだな」
と言うザイナスの一言に撃沈した。空気を読まない父さんにまだまだといわれるなんて、本当にどうしようもない。しかし、少なくともわかった。こいつらはそこら辺にいる仲間とおんなじだ。俺たちが変化するように、人として少し変わった力を持つだけなのだと。
いや、かなり変わった力だけれども。
「ああ、瘴気が薄れていくな」
コリートがつぶやいた。あたりの空気はすがすがしく変わっていた。
「いけない、早く帰らないと裏口のドアを閉められちゃうよ」
真紀が空を見て焦り始めた。
「お前、そんなところから抜け出してたのか」
「話はあとで聞くから!」
アーロンのあきれた声に構わず飛び出そうとする真紀をエドウィが止めた。
「閉まってたっていいじゃないですか」
「エドウィ?」
「どうせ兄さんたちに内緒で出かけたいところがあるとでも言ってきたんでしょう」
真紀はぎくりとした。なぜわかったのか。エドウィは案外侮れない。
「ええと」
「結局兄たちに見つかったことにすればいいんですよ。そうすれば一緒に表から帰れますよ」
なるほどいい考えのように思える。しかし、
「兄さんに見つかったなんて間抜けなこと、ちょっとプライドが許さないと言うか……」
「プライド? 現に見つかっているのにですか?」
「うぐっ」
確かに間抜けな事態ではあった。そしてエドウィは怒っていた。これは逆らうべきではないと真紀の本能が警鐘を鳴らしていた。
「はい、一緒に帰ります」
「よろしい」
エドウィはザイナスたちを振り返るとこう言った。
「では明日の夜。今日と同じ時間に決行です」
真紀と千春はハッとエドウィを見上げた。エドウィは力強く頷いてこう言った。
「囚われの人魚長、救出作戦です」
囚われてたのか! 何と間抜けな。千春はサイアの顔を思い出した。助けてほしいとは言わない、情報だけでいいって、全然そんなことなかったじゃない! まったく。
そう心で盛大に文句を言う千春を促しながら、エドウィは後ろを見ずにこう言った。
「傷つけるのは考えなしの味方。そう言ってあったのに」
夏なのに肌寒かったのは、きっと夜のせいだ。
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