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聖女二人の異世界ぶらり旅  作者: カヤ
ドワーフ領編
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耳元でささやかれても恋愛フラグが立つとは限らない

真紀と千春が声のするほうを見ると、ちょうど羽をきれいに折りたたんだ人たちが見えた。鳥人だ! 真紀は興奮した顔で千春を見た。イヌ科の人のほかに、やっぱりいたじゃない?


その二人は見たところ男女の組み合わせで、折りたたんだ羽は白鳥のように真っ白だった。どういう体の作りなのか、羽以外はザイナスと同じ、大きいだけの人間の姿だ。ただし髪の毛は二人とも羽と同じ真っ白だ。目は黄色い。


「何で来た、お前たち」


ザイナスが厳しい声でそう言った。


「しかもここは王の執務室。鳥人の着陸所は別にある。礼儀はどこに置いてきた」

「礼儀とは恐れ入る、ザイナスよ。聖女を秘匿している人間の王に礼儀などと」


秘匿。アーサーはため息をついた。


「秘匿も何も。聖女が来られたのはおとといの夜。お前たちのように暴走するバカ者どもがいるから、連絡を控えていたのは人間の王ではなく私だ」


ザイナスがそう言った。


鳥人でちょっとはしゃいでいた真紀だったが、なんだかそんな雰囲気ではない。


「そもそも、何でわかった」

「瘴気が軽くなった」

「なんだと!」

「おそらくほとんどの者が気づかないレベルだった。しかし我ら鳥人は獣人の中でも大気に親しいもの。その変化の原因に思いついたのは聖女しかなかった」


そしてその話している人は真紀と千春を見た。


「来てみれば案の定、人間領はこの間までとは瘴気の量が格段に違う。ザイナスはおとといと言ったが、そんなに早く浄化されるわけがない。王が聖女を隠していたのに違いない」

「違うと言っているだろう。鳥人の長は承知の上か」

「むろん、すべてをまかされてきた」


そういうと鳥人の二人は執務室に入ってきた。


「二人? どちらが聖女か」


そうつぶやくと女性のほうが軽く羽ばたいた。


「「きゃっ」」


思わず目をつぶった真紀と千春だが、我ながらかわいらしい声が出たなと少しうれしくなった。


しかし、そんな場合ではなかった。


「なにをする! マキとチハールが驚いているではないか!」


とっさに二人をかばったエアリスが怒る。この人はいつも守ってくれる。なぜかいやじゃない。千春はそう思った。


「妹よ。どちらだ」

「兄よ。二人ともに印が」


真紀と千春ははっとして額を押さえた。羽ばたいたのは前髪を散らせるため。聞けばいいことなのに。この人たちは危険だ。真紀はとっさに身構えた。


と、妹のほうがまた羽を広げようとする。はっとみんなの気持ちがそっちに向いた瞬間。


「千春!」


千春が兄のほうに捕まった。急に片手を引かれて前のめりに倒れそうになったところをすくい上げられた。いま千春は、後ろからわきの下を抱え込まれ、動けないでいた。2メートルの鳥人に抱えられた千春は、猫の子みたいとぼんやりと思い、そしてあわてて抵抗を始めた。しかし空中にぶら下げられて何ができるというのだろう。自分を抱えている手を必死になって叩いてもびくともしない。


「暴れるな、聖女よ。これから空を飛ぶ。落ちたいのか」


そう耳元でささやかれ、ぞっとした。高いところは苦手なんだって!


羽を広げて牽制する妹と共に、ベランダに後ずさる兄。待って待って! まさかベランダから飛び立つつもりなの?


「では聖女は獣人領に連れて行く。獣人領が落ち着いたら返しに来る。それまでは丁重に扱うことを誓う」


すでに丁重じゃないから! 貸し借りするものじゃないから! あと海の上をどうするの? 千春がむなしくそう思っていると、真紀から声が飛んだ。


「千春、力を抜いて!」


千春はとっさに力を抜いてだらんとした。あれが来る。兄がいぶかしげに千春を見た瞬間。


真紀の回し蹴りが飛んできた。真紀は空手をやっていた。酔って足がどのくらいあがるか試していた時、真紀は170センチの人なら回し蹴りが届くと言っていた。しかしこの人たちは2メートル。千春はとにかく邪魔にならないよう頭を低くした。


ドカッ。肩にあたったようで、一瞬体がよろけて力が抜けた。今だ! しかし、千春は少しばかり鈍かった。千春が暴れるより前にまたしっかり抱え込まれそうになる。こうなったら!


千春は鳥兄の腕につかまったうえで、さらに力を抜いた。そのため鳥兄ががっちりと抱え直した瞬間、思い切りのけぞった。ガン!


「ぎゃ!」


後ろからこの世のものとは思えない声がし、千春の後頭部が痛む。さすがに手の力が緩んだその瞬間、千春は思いっきり暴れ、すべり落ちた。よし! そこをエアリスがさっと拾った。


「兄よ!」


顔を押さえてよろける兄に妹が駆け寄る。エアリスに支えられた千春と真紀を背に、ザイナスと王子が守る。


「落ち着け!」


そこに王の声が飛んだ。執務室はひどい有様だ。書類は飛び散っているし、鳥人はうめき、聖女たちは壁際に固まり、護衛は今にもとびかかりそうだ。


よく考えたら護衛に任せておけばよかった。真紀は痛む足を、千春は痛む頭をさすってそう思った。


「お前たちは、争いを起こす気か」

「そんな、元はと言えば人間が」


そう言い募る妹に王は静かに言った。


「確かに獣人領には聖女は行っていない。しかしそれは今までの聖女が自分で決めたこと。強制的に連れて行けば確かに獣人領は早く浄化されるだろう。しかし聖女の心はどうなる。親兄弟の元を連れ去られ、この世界に来てくれたというのに、その扱いか。聖女はものではない。我らが勝手に貸し借りなどできぬのだ」

「おととい来たばかりの聖女に落ち着く暇を与えよ」


ザイナスもそう言う。


「しかし浄化のスピードが合わぬ」

「おそらく二人だからであろうよ」

「二人……」


そう言えば、と真紀は思った。二人とも印があるってわかったのに、なぜ千春が連れて行かれたのか? さらわれたかったわけではないが、選ばれなかったのはちょっと自信を喪失する。もっとも、後で聞いたら持ち運びのしやすそうなほうを選んだと言うことで、千春がむくれていておもしろかった。


「ちょうど獣人領に来る相談をしていたところだったのに、お前たちのせいでもう来てくれなくなるかもしれん」


ザイナスがぶつぶつ言った。二人の鳥人ははっとして真紀と千春を見た。


「今代は来てくれる気があるのか」

「だからそう言っている」


真紀は気がついた。


「もしかしてかごが箱型なのは?」

「そう、物見高く短慮なこの種族が、すぐに連れ去ろうとするからだ」


真紀と千春、身をもって知りました。獣人領では、大人しくかごに乗ろう。





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