どこに行ってもイケメンはもてる
「なんだか今日の市は騒がしいな」
コリートが首を伸ばす。どうやら市に新しい商品を持ってきた一行がいて、そちらを見ると兄妹と思われる少年少女がソルナみかんを売っているようだ。
「ソルナみかんか。国ではそう珍しくもないが、人間領にはないものだったな」
町の人が群がってみかんを買っているのを見てそうつぶやいた。そしてうろこの細工物が並んだ小さな台の後ろで店番をしているディロンにこう声をかけた。
「さすがに三日もいたらもう集められる情報は集まったし、そろそろ店をたたむか。ザイナスも森暮らしで疲れたことだろうし」
「父さんなら毎日山を走り回ってむしろ生き生きしているけどな」
ディロンはうんざりしたように言った。あの人はどこでも生き生きとしているのだ。
人間領での任務は初めてだったし、完全に人化する特殊形態は維持するのに神経を使う。ザイナスではなく、自分が少々疲れてはいた。しかし珍しいうろこのアクセサリーに群がる女の子たちはかわいらしかったし、また珍しい灰色の髪を憧れの目で見られるのは悪いものでもなかった。うん。悪くない。
「おや、みかんは手持ちでも売っているようだぞ。たしかに、ああすれば店を動けないやつでも買えるってわけだ」
コリートは感心して言った。
「うろこのアクセサリーは手持ちで持っていっても売れねえよ」
「確かにな。まあ、もともと加工していないうろこは細工屋に売ってしまったから、ま、アクセサリーのほうは小遣い稼ぎ兼隠れ蓑ってやつだ」
うろこは人魚つながりで話を持っていきやすく、どうやら離宮に人魚がとらえられているらしいことも分かった。もっとも人魚の「鏡の湖に気をつけろ」は噂の「囚われの人魚」のことではないだろう。
そちらのほうはザイナスが夜を中心に調べている。
「おや残念。こっちに来る前にみかんが売り切れたようだぞ」
「コリート果物好きだもんな。よし、店番も飽きたし、偵察がてらみかんでも買ってくるか。だいぶ客も落ち着いたようだしな」
「ついでに早生のぶどうもな」
「わかったわかった」
ディロンはひょいっと台を越えると、ゆっくりと市場を歩き始めた。内陸は人間以外には偏見があると聞いたが、うろこを買いに来たドワーフに聞いてもそんなことはあまりないという。自分の灰色の髪も人間にしては相当珍しいと思うが、好奇心以外の視線はあまり感じたことがない。
後は若い男からのいら立ちを含んだ視線だ。しかし、今はそれがほとんどない。見渡すと市場の人の視線は、もうみかんの入っていない箱を抱えて困ったように引き止められている二人の若い男と、みかんを売っている少年少女に集中しているようだ。当然若い男たちの視線もだ。
行商人なんて一時的にしかいないんだから、いらだっても仕方がないのになと思いながら、みかん屋に並んだディロンだった。
「おや、灰色の兄ちゃんだ。みかんを買いに来たのかい」
みかんを買い終わったおばちゃんが話しかけてきた。
「ああ、連れが好きなもんで」
「いくついるんだい?」
少年にしては高めの、声変わり前と思われる明るい声がかかった。
「ああ、三つほどく、れ」
見下ろすとくすんだ金髪に、黒い瞳の少年が驚いたような顔でこちらを見上げていた。黒いわけがない。よく見たら茶色じゃないかとディロンも驚いた自分を立てなおした。
「ラッシュ……」
「違うから」
呆然とつぶやく少年に隣の少女からすかさず突っ込みが入った。
「そ、そうだよね。ごめん、知り合いに似てて」
「似てないから。むしろ全く違う生き物だから」
すまなそうに謝る少年に隣からまた小さく突っ込みが入る。その、違う生き物というのがものすごく引っかかったが、ディロンは紙袋に入ったみかんを三つ受け取り、銀貨を手渡す。少年はディロンの手のひらを片手で支えるともう一つの手で釣りを置いた。
その途端、
「きゃー!」
という黄色い声が周りから上がった。ディロンと少年が驚いて周りを見ると、いつの間にか町の少女が増殖し、きらきらした目で二人を見ていた。
「な、なんだ」
「なに?」
おろおろする二人に、少年の隣の少女はふうと息を吐くと、
「あなたの後を女の子たちがついてきてたの。そしたら今話題のローランドの少年もいるじゃない? しかも手を握り合って」
二人はハッとして自分たちの手を見た。おつりを渡した形で固まったままだ。決して握り合ってはいないがそう見えないこともない。あわてて手を離した。
「い、いや、ソルナみかん、楽しみだな」
「あ、ああ、明日もやってると思うから、また来てくれよな」
二人は不自然な会話をすると、ぎくしゃくと別の方向に離れた。
なんだ、これは、差別の目より怖いと思いながらディロンは急いで露店にもどった。
「騒がしかったが情報は手に入ったか」
「それどころじゃなかった。女の子って怖いな」
「この時期ソルナみかんを売るなんて怪しさたっぷりだろ、まったく。仕事しろ仕事」
まだ動揺が隠せないディロンを半目でにらむと、コリートは手持ちでみかんを売っていた二人組をさりげなく観察する。どこかで見たような気がすると思いながら。
「セスラン? しかしあいつは獣人領にいるはずだ。髪型も違う。それにもう一人はたしか……。おい、ディロン、あいつ、少し小さいほうをよく見ろ。誰かに似てないか」
まだ動揺しているディロンにコリートは話しかけた。
「みかん売りのことか? 小さいほうって、あれ、髪の色がちがうが、あの顔と目、アーサーだ。いや、若すぎる。エドウィ? かつらか?」
「大きめのほうもよく見ろ」
「大きいほう? あ、セスラン? いや、違うがよく似ている……」
ディロンはコリートと顔を見合わせた。
「まさか、ミッドランドとローランドの王族がなんでここに来ている」
「しかも変装して。いや、一人は変装していないか。そもそもこの任務はアーサーの支援要請だぞ。別動隊を出しているとは聞いていないが」
「しかもあいつらは今任務でエルフ領にいるはずなんだが……」
二人は腕を組んでみかん売りの二人を見つめた。その視線に気づいたのか、小さいほうがちらりと二人を見て、目をそらすとハッとしてもう一度振り返った。その口元が、「ディロン?」と動いたのが確かに見えた。
「決まりだ。エドウィだ」
ディロンだってエドウィとはよく遊んでやったものだ。そういえば何やらよく知ったにおいがすると思ったのだ。
「明日もみかんを売ると店の少年が言っていたから、今日はここに泊まるはずだ。夜、だな」
「そうだな」
すべてはその時に。
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表紙の真紀がイケメンですよ。




