ソルナみかんはいかがですか
「はい次の馬車ー」
やる気のない兵の声に促され、止まった馬車が少し進む。午後も半ばを過ぎたこの時間帯は、町へ帰る、あるいはやってくる人や馬車で少し混雑していた。
聖女のお披露目の時のシュゼの衣装のように、内陸は聖女の影響をあまり受けず、西洋風の服装だ。男性は暗色のズボンに生成りのシャツ、そしてベスト。女性はふんわり膨らんだワンピースが主なようだ。夏なので薄手のシャツの袖をまくってにぎやかに兵と話す町の人の話に真紀と千春は聞き耳を立てた。
「これいつまで続くんだい」
「少なくともシュゼ様がいらっしゃる限りはなあ」
「って、去年まではこんなのなかっただろう。王族だってもっとたくさん来てたはずなのに」
「俺たち下っ端にはわからねえな。とりあえず怪しいもんはないか」
「ないない、なんだよ怪しいもんって。ドワーフでさえうろうろしてる町に、怪しいもんって言ったら獣人かエルフくらいだろ」
兵と町の人の間に笑い声が上がる。兵と町の人は親しいようだ。シュゼ様のためならまあ仕方ないかなというこの雰囲気は、トラムの街でエドウィやアーサーが慕われているのと同じものを感じる。それはあの内陸の高慢な王族たちの印象とは合わなくて、千春はちょっと首を傾げた。
しかし、ドワーフがうろうろしていると言うのは気になる情報だ。しかも特別変わったことでもないという口調だ。
「はい次ー、お、見かけない顔だな」
「はい。俺たちはローランドから来た商人で」
「おお、今日一番の怪しさだな」
何となくうれしそうな兵に周りの町人もどっと笑い声を上げた。
「そういえばあんた、髪と目の色がローランドっぽいな」
「ええ、ロ-ランド出身なんで」
よほど退屈していたのか兵は面白そうにアーロンを眺め、エドウィを見ると、ヒューと口笛を吹いた。
「こりゃまたハンサムな兄ちゃんだ。きれいなもの好きのシュゼ様に見つからないようにしろよ。お話相手にされて商売ができなくなっちまうぜ」
「弟だけじゃなく俺もそこそこいけてると思うんだけど」
アーロンが口を挟むとまた笑い声が上がった。
「いけてるいけてる。ところで何の商売に来た? 魚の買い付けなら今はないぞ」
「いや、買い付けじゃなくて売りに。珍しくソルナみかんが大量に手に入ったから、商売ついでに下の子たちにハイランドを見せてやりたくてさ」
アーロンは顎で後ろを示した。真紀と千春は幌の影からぴょこりと顔を出して頭を下げた。それを見て兵はなるほどと頷くと、今度は積み荷を見て顎に手を当てた。
「なるほどなあ。ソルナみかんか。そりゃありがたいな。どこかの店に卸すのかい?」
「いや、つてもないし、市場があるならそこで売るつもりだよ」
「じゃあ商業ギルドに一声かけておくといいぜ」
「ああ、ありがとう。ところで」
アーロンはふと気になったように、
「なんでこんなことしてるんだ? なんか犯罪者でも出たのかい?」
「あー、ないない。なんだか湖に人魚が出たとか、いつもと違うことが多くてな。シュゼ様の安全のため、念のためだ」
「人魚が? こんな山奥にか」
「そうらしいぜ? ま、そういや2、3日前に人魚のうろこを売りに来たミッドランドの奴らもいたなあ」
そんなにペラペラしゃべっていいものかと千春は心配になった。何のための兵なのか。
「へえ、人魚のうろこかあ。そりゃローランドではめったに見ないぜ」
「ハイランドでもさ。また売りに来た奴らが珍しい灰色の髪でさ」
「そりゃ珍しい」
「まあ、騒ぎは起こすなよ」
「もちろんだ」
兵はそう釘を刺すと、あっさりと通してくれただけでなく商業ギルドの場所まで教えてくれた。見送る兵に千春が思わず手を振ると、兵はにっこり笑って小さく手を振り返してくれた。真紀はさっと荷台に手を伸ばすと、
「おじさん!」
と声をかけ、ソルナみかんを二つ放った。兵はみかんを思わず受け取った。
「賄賂だよ!」
と大声で言う真紀に周りから笑い声が起き、兵はにやりと笑ってみかんをかざしてみせた。それにまた手を振って、真紀はぽつりとつぶやいた。
「内陸、いいところだね」
「うん。ミッドランドと何も変わらないよ」
町を歩いている人たちも忙しそうだが穏やかに見える。
「でも瘴気は濃い」
「人魚もいるらしい」
真紀と千春は目を見合わせて頷いた。
「油断しないで行こう」
「うん」
観光に来たのではないのだからと二人は気を引き締めた。
宿に泊まって次の日、ソルナみかんを売りに来たということで歓迎された一行は、市場でも馬車ごと停まれる場所を融通してもらった。
「野菜を売りに来るやつらはみんな荷物が重いだろ。売り場の後ろに馬車があれば荷下ろしも楽ってわけさ」
「すまないな」
「なあに、ちょうど夏で根菜類を売るやつも少ないし。まあ、俺も後で買いに来るよ」
市場の担当者も朗らかにそう言って去っていった。
「さあ、エド、ノーフェ、シュゼ、まずソルナみかんを売るぞ!」
「ああ」
「「はい!」」
すでに期待で目を輝かせて集まってきている町の人を落ち着かせるためにも、早く売り出す必要があった。アーロンとエドウィがみかんの箱を下ろすとどよめきが起き、みかんを求める人が列を作った。
それでも一個当たり300ギルの値段は決して安くはない。
「坊や、一個おくれ」
「はい、300ギルだよ」
「嬢ちゃん、こっちは三個ね」
「はい、900ギルね」
一個300ギルは庶民にはやはり少し贅沢だ。一人一つ、多くても五つほどを買い求め、それでもうれしそうな顔で帰っていくのだった。一つをきっと家族で分け合うのに違いない。
客足は途切れなかったが、真紀と千春は次々とさばいていく。
「あの二人、なかなか使えるな」
「ほんとにな」
荷下ろしをしたら少し手の空いた二人は、販売を真紀と千春に任せてのんびりとそれを眺めていた。そこに真紀の声が飛ぶ。
「エド、アーロン、暇だったら行商してきて!」
「行商?」
ぽかんとしている二人にイライラしたのか、真紀は千春一人に販売を任せるとアーロンとエドウィのところに戻ってきた。
「売れすぎて話を聞く暇がないの! 箱にみかんを入れて、二人で市場を回りながら噂を集めてきて!」
「お、おう」
「エドウィは若いお嬢さんに話を聞くといいよ!」
「え、ええ」
そういうとまた販売に向かう。
「そうだった。みかんを売りに来たんじゃなかった」
「そうでした。行きましょうか」
二人は少し小ぶりの箱にみかんを詰めて、売り場を動けない市場の売り子たちの元へ向かった。一軒一軒店を回りながら、みかんを渡してお金を受け取ったり、物を受け取ったりしながら話をしているのを見て、真紀はちょっとほっとした。
「頼まれたのは確かに私たちだけど、せっかくの人手だもの、有効活用しなくちゃね」
「見て、エドウィ。女の人が集まってるよ」
「さすがだねえ」
感心して商売の手がちょっと止まってしまった。
「なんだ、兄ちゃんたちが心配かい?」
ソルナみかんを三つ買ったおばちゃんがおもしろそうにそう言った。
「ううん。どこに行ってももてるなあと思って」
真紀がそう答えると、
「あんたもあと3年もすればああなるさ。現にほら」
とおばちゃんは横のほうを見た。真紀と千春が思わずそっちのほうを見ると、15歳にも満たないと思われる女の子たちがくすくす笑いながらこちらを見ていた。正確には、真紀を。
「あれって」
「あんた珍しい茶色の目をしてるだろ。すっきりしてるのに優しい女の子みたいな顔立ちのローランドの少年がいるって、もう評判になってるよ」
「ええー」
真紀は戸惑い、千春は笑い出した。
「ノーフェはある意味いろいろな人にもてるよねえ」
「言うなよ。あれ結構トラウマなんだよ……」
真紀ががくりと頭を下げた。少なくとも、今回は若い女の子だから、大丈夫。
1月10日『聖女二人の異世界ぶらり旅』発売! でももう並んでいる所もあるみたいですね!
特典SSとして、アニメイトさんで4つ折りSSペーパー、とらのあなさんで4Pブックレットが付きます。




