偵察
やがて日も陰り、鳥人たちが戻ってきたところで、ザイナスたちが動き始めた。四人で分かれて湖の周辺を探索する。
夜だというのに、湖には船が浮かび魔石を使った松明があかあかと水面を照らす。
離宮から湖を挟んで反対側は切り立った崖になっている。ドワーフ領の鏡の湖のように、やはりその洞窟から水が流れ出て湖を作っているのだが、その崖はそう高いわけではなく、反対側から崖の上に登れば、湖とその周辺に広がる町と向かいの離宮が一望できる。
その崖の上にザイナスは立っていた。湖から吹き上げる風が灰白混じりの毛並みを揺らす。
「ここは第一形態のほうが気持ちいいかもしれぬな。なるほど、どの皮でいるかも大切な要素ではある」
風に鼻を向けるとそうつぶやいた。ディロンがいたら、「そうじゃないんだ俺の言いたいことは……それにかっこよく聞こえるけど言ってることはぜんぜんかっこよくはないからな?」とぶつぶつ言っていたことだろう。
「しかし湖のこちら側は明らかに瘴気が濃い。昼には気づかなかった。内陸は闇界から遠く瘴気はミッドランドよりさらに薄いはずだが」
ザイナスは鼻をあちこち向けた。
「む。こっちか」
そう言って向かったのは崖の北側の湖の切れたあたりだ。そこには湖の上の崖のように小さめの洞窟がいくつかあり、そのうちの地上から入れるところにある洞窟には兵が四人見張りに立っている。誰も入らないように二人。そして少し離れたところに、洞窟のほうを向いて二人。瘴気は崖のある岩肌全体から感じられる。
「見張りがいること自体が不穏。それになぜ洞窟自体を見張っている。む、なんだ」
入口に見張りが洞窟の中を気にし始めた。と同時に洞窟に少人数の集団が近寄ってくる。兵に連れられたドワーフたちだ。ザイナスがそのまま注視していると、洞窟の中から出てきたドワーフと入れ替わりに洞窟に入っていった。兵も一緒だ。
「父さん」
「ディロン」
風上からそっとディロンが忍び寄ってきた。
「向こうにドワーフの集落がある」
「集落だと?」
「街から少し離れたところなんだけど、家族単位で十軒ほどか。特に閉じ込められているということもなさそうだったが、人族の国に集落を作るほどドワーフがいるのは珍しくないか」
「見ろ」
ザイナスは首を洞窟の方向に振ってみせた。
「あれは! そうか、働かせるためか。だとしても内陸で鉱石が取れるとは聞いたことがないが」
ディロンの言うことはもっともだった。人間領に資源がないというわけではないのだろうが、採掘と鍛冶の得意なドワーフに任せ、それで何の問題もないはずだったのだ。
「疲れ果てているようだな。ディロン、つけてみてくれ」
「わかった」
ディロンは静かに消えた。
ザイナスはその日は一晩中洞窟を見張ったが、数時間ほどでドワーフと兵が洞窟から出てきたほかは特に変わったことはなかった。しかし誰もいなくなったはずの洞窟に立つ四人の兵士の数が減ることはなかった。
夜明けと共に最初の場所に戻ると、すでに皆集まり第一形態に戻っていた。ザイナスもすっと第一形態に戻るとすぐに報告を求めた。
「まず私から」
オーサが声を上げた。
「町中については、寝静まってから通りの間を静かに歩いてみたけれど、特に変わったようすはなかったわ。あえていうならば、湖のそばなのに焼き魚のにおいがほとんどしなかったこと」
「ふむ。次は」
簡潔な報告に頷いてザイナスが声をかけると、
「次は俺」
コリートだ。
「俺は主に湖を見た。あれだけあかあかと明かりを灯していただろう。何かあるのかと思ってな」
「それで」
ザイナスは報告を促した。
「半分は空を、半分は水面を見張っていた」
「空にしても水面にしても何を見張るというのだ」
「空はわからない。だが水面を見ていた理由はわかった」
コリートは難しい顔をしてそう言った。
「まさか」
「ザイナス、あんたが何を想像しているのかわからないが、たぶん違う。答えは人魚だ」
「人魚……」
可能性はなくはない。何しろ海とつながっているという噂だ。そんな場所では必ず人魚を見たという伝説がある。
「人魚だとして、なぜわかった」
「いたから」
「いた?」
「湖から顔を出していた。人族は気づいていなかったが」
「はあ? 何と間抜けな」
見つかって警戒されている人魚も間抜けなら、顔を出している人魚に気づかない人間も間抜けだとザイナスは少しあきれた。
「何が鏡の湖に気をつけろだ。自分たちが気をつけられていてはどうしようもないじゃないか」
ディロンもあきれたように言った。しかしオーサはそれ以上ディロンが何かを言うのを押さえてこう言った。
「それでコリート、まだあるでしょ」
「ああ、どうやら人魚たちは離宮のほうを気にしているようだったが、それこそ離宮のほうは灯りが多くて近づけないようすだった」
「人魚族はあれで平気で地上を歩くからな。鳥人が空と陸と両方で暮らせるように、人魚も海と陸両方で暮らせるのさ。湖から出られさえすれば何かをやる、そういうことだろう」
夜は偵察に参加できなかったクリオがそう口を挟んだ。
「いったい何が起きている……」
「悩む前にディロン、お前の番だ」
ディロンはハッとして姿勢を正した。
「俺は町の裏手を調べた。すると10軒ほどのドワーフの集落があった。どうやら家族単位で住んでいるらしく、子どものにおいもした。どうやら湖のそばにある洞窟で働いているようだが、何をしているかはわからなかった」
「人魚に、ドワーフ。ここは本当に内陸なの?」
オーサが顔をしかめた。
「洞窟は私が見張っていたが、兵とドワーフの出入りと、洞窟そのものを見張っているということの他は何もわからなかった」
ザイナスはそう言うと言葉を切り、湖のほうを見やった。
「それに、瘴気が濃い」
皆が頷いた。
「さて、これだけの情報では持ち帰るには心もとない。人魚が何をしたがっているのか、そして町で何が起きているのか。もう少し踏み込んで調べたい」
ザイナスがそう方針を決めた。
「コリート、オーサ、ディロンはひとつ手前の町に行き、商人を装ってこの町までやってきて、商売をしながらようすを探れ」
三人が頷いた。
「私と鳥人二人は、このままここに残り、偵察を続ける。何とか夜に人魚と話ができないか試してみよう」
鳥人二人が頷いた。ただし少しそわそわしている。
「どうした」
「偵察の合間に、少し遠くまで行ってきてもいいかしら」
「一日中ここを飛んでいても怪しまれるだろう。まったく構わないが」
「よかった。ちょっと複雑な気流がありそうなのよ。後で行ってくるわね」
「あ、ああ。まあいいだろう」
うきうきと楽しそうなカエラにちょっと引き気味のザイナスだった。茶色でも鳥人は鳥人というわけだ。
「さ、ではまた夜に」
それぞれの役割を持って動き出す。それは真紀と千春がローランドに着くその日の朝のことだった。
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お正月は案外忙しいですよね。皆さんもお体大切に!




