しぶとい人たち
「それ、ここの特産のネズ酒じゃねえか。まさか今日出かけたのは……」
アーロンの言葉に、真紀は手を両側に広げると肩をすくめた。
「今日出かけたかったのは町を見たかったから。これは話を聞くついでにたまたま買っただけ。ノックもしないで、緊急の用事? これから千春と楽しい女子会なんだけど」
そっけない真紀をハラハラして眺める千春だった。しかし、
「女子会ってなんのことだ? まあいい。なにか困ってることがないか聞くつもりだったが、困ってるどころか楽しんでいるようだしな」
アーロンは遠慮もなしにつかつかと部屋に入ってくると、二人からさっと酒の瓶を取り上げた。
「お子様は酒なんか飲んでないでさっさと寝ろよ。まったく、なんだこの聖女は」
そうぶつぶつ言うと部屋から去っていった。
☆
アーロンは片手に二つ瓶を持ちながら、自分たちの部屋のドアを開けるなりこう言った。
「信じられねえ。あいつら、宴会を開こうとしてやがった」
エドウィに瓶を見せる。
「疲れただろうと思って膏薬を渡しにいったのによ、あきれてすっかり忘れてたわ」
「それで酒を取り上げてきたというわけですか、アーロン、まだまだですねえ」
エドウィはあきれたように言うと、ふっと笑った。
「まだまだってなんだよ」
「そもそもお二人はもう成人しています。25歳ですよ」
「に、25歳? 俺と二つしか違わねえって、それはないだろ」
「ナイランと同じ年ですよ。小さめなのでお若く見えますが、大人の女性です。そのように扱ってください」
「そうはいってもなあ」
特に昼間の変装を見ていると、子どものような気がしてしまうのだ。
「今日の夕食でも、エールを飲みたそうにしていましたねえ」
「あれは肉が食べたかったんじゃないのか。そう思って分けてやったのに」
「違いますよ。断ることもできずに微妙な顔をしていたじゃないですか」
「気が付かなかった」
今日は混乱することばかりだ。アーロンは頭をがりがりとかいた。
「では、アーロンにマキとチハールのことをわかってもらうために、そろそろ行きましょうか。ほんとはわからなくてもいいんですけどね」
「はあ? 何を言っている」
アーロンが首をかしげている間に、エドウィはカバンから小さな紙包みを取り出し、アーロンから瓶を受け取った。
「あの二人が酒をとりあげたくらいであきらめると思いますか? 止めるより、一緒に行動してほどほどでセーブしたほうがいろいろ早いのですよ」
そういうとさっさと部屋を出てしまった。
「あ、おい、待てよ。なんだ、あいつ」
アーロンは慌ててエドウィを追いかけた。
☆
「なにあれ。部屋は勝手に開けるし、酒は取り上げるしサイテー」
真紀はぷりぷりしている。千春はしょぼんとしてこう言った。
「あーあ、ネズ酒って飲んでみたかったな」
「そうだね、ローランドの海のほうで作っている米のお酒に、ネズの実をさっとつけて香りをつけたものなんだって」
「あああ、真紀ちゃん、おいしそうだねえ」
嘆く千春に真紀はニヤリと笑い、カバンをごそごそして瓶を二つ取り出した!
「まさか!」
「そう。四人で飲むかもしれないと思って四本買ってたんだよ。でももう気にしないで残りも飲んじゃおう」
「アニキ、ついていきます!」
「アニキじゃないけどね」
そう真紀は言うと、
「さ、とりあえずドアに鍵をしてこよう。そもそもそこだよ、問題は」
と立ち上がって鍵をかけようとした。とんとん。
「マキ、チハール、エドウィです。ちょっといいでしょうか」
「エドウィ、ちょっと待ってね。千春、聞いた? この礼儀正しさ。どこかの第四王子に見習ってほしいものだよね」
「俺もいるけど」
「はっ、余計なものもいた!」
とことん失礼な真紀だった。そのすきに千春はお酒をカバンにしまった。真紀はゆっくりとドアを開けた。
「どうしたの? エドウィ」
「ええ、ちょっと。廊下ではなんですから、中に入れてもらえませんか」
真紀は後ろのアーロンをじろりと見たが、ドアを大きく開けて中に招いた。
「これをお返ししに」
「ネズ酒だ!」
千春が大喜びだ。
「マキもチハールももう成人していますからね。酒を取り上げるとか、とんでもない。あと、これはよかったら」
エドウィはそういうと小さい紙包みを取り出し、千春にそっと手渡した。
「なにこれ、いい匂い」
千春は紙包みのにおいをかいでみている。
「ネズ酒につけた後のネズの実を砂糖漬けにして干したものですよ。お酒と一緒にどうぞ」
「わあ、ありがとう」
子どものように喜んでいる千春にエドウィはにっこり笑うと、
「ではわれらはこれで」
と部屋を出ていこうとした。
「待って」
「マキ?」
「もう、仕方ないんだから。エドウィに免じて」
そういうと千春がしまった酒の瓶を二つ、取り出した。
「お、お前らまだ酒を持っていたのか!」
「だから言ったでしょう。酒を取り上げたくらいで解決した気になっていてはだめだと」
驚くアーロンにエドウィはため息をついた。そしてちょっと考えた。もしかして、マキとチハールに慣れすぎて、常識がどこかに行ってしまったのは自分のほうかもしれないと。
そんなエドウィに真紀は瓶を振って、
「もともと四人で飲もうと思って四つ買ったんだしね。せっかくだから飲んでいきなよ」
と言った。
「よいのですか?」
「うん。一本だけなら明日にも響かないだろうし」
「ではご相伴を。アーロン?」
「ああ、ありがとう」
ネズ酒は口に含むと舌にピリッと刺激が来た後、針葉樹の葉のようなさわやかな香りが鼻にすっと抜けていく。そして口には米の甘さがほんのりと残る。
「はあ、おいしい」
「ネズ酒、いいね」
楽しそうに酒を味わう真紀と千春に、エドウィも優しい目を向けている。社交で慣れているから酒には強いエドウィだったが、真紀と千春を見ているとなんだが一口でふわりと酔いが回るような気がした。
千春はネズの砂糖漬けを、大事そうにかじっている。
「気に入ったならまた買ってあげますよ」
そう言うエドウィに、千春は首を横に振る。
「きっとね、ここで食べるから一層おいしいんだと思うの」
「そうですね。本当に」
ゆっくり飲んだはずのネズ酒は、それでも小さい瓶ではそう長くはもたなかった。お代わりしたいところを我慢して、小さな飲み会はお開きとなり、その日真紀と千春は幸せな気持ちで横になった。
エドウィは何か考えているアーロンを連れて自分たちの部屋に戻った。
「私たちも休みましょうか」
「なあ」
「何ですか」
「今日一日だけでもさんざん振り回されたのにさ」
「鳥人にですか」
「ちげーよ」
「わかっていますとも。わざとです」
エドウィはふんと鼻息を荒くした。またマキとチハールの魅力に気づいたものが一人、増えただけのことでしょう。
「なんで嫌な気持ちがしねえんだろうなあ」
「聞きたければ、一晩中でも語りますよ。マキとチハールの素晴らしさなら」
「なんでだよ。遠慮しとく」
「それよりあなたは、冒険者でもない普通の王族なんですから、いくら庶民派とはいえ、言葉遣いをもう少し何とかしないと」
「公式な場ではちゃんとしてる」
「まったく、それではマキとチハールを子ども扱いできませんよ」
「もうしねえ」
それがエドウィにとって良いことなのかそうでないことなのかはまだわからないが。
「とりあえず、今日は休みましょう」
「ああ、おやすみ」
一日目の夜は更けていく。
大晦日ですねえ。
4月から書き始めたこのお話、休みつつも書き続けて来られました。 読んでくれてありがとうございました!
皆さまにとって来年がよい年でありますように!




