鳥人と私
では、鳥人はどうしていたか。
「そういうわけで、いったん船に乗り込んだあとに、人のいるところを避けながら、国境の町のそばまで運んでほしいの」
真紀がそうサウロに頼むと、静かに聞いていたサウロは腕を組んだ。
「妹よ」
「兄よ」
そうしてサイカニアに声をかけ、二人でじっと見つめ合っている。
「呼ぶか」
「仕方ないわ」
ついにそう言うと、サウロは真紀と千春をちらりと見て、バサッとどこかに飛んで行ってしまった。
「あああの、サウロどうしたんだろう」
真紀は焦った。
「ああ、兄さんなら大丈夫よ。今回運ぶのが四人でしょ。人を呼びに行っただけよ」
「ああー、そうだよね、サウロとサイカニアだけでは大変だよね。気が付かなくてごめん」
「マキとチハールはいいのよ。軽いし。エドウィも慣れているから。でもね、ナイランのところのあれ? あれはダメよ。運ばれ慣れてないし重いし。かわいくないし。楽しくないもの」
「いやいやいや、重いはわかるけど楽しくないって基準は変だよね」
「何言ってるのマキ。むしろそれがすべてよ」
「そ、そうですか」
「そう」
そういうことで、協力してもらえることになった。サイカニアは千春をみつめて言った。
「内陸にもついていきたいけれど。面白いのよ、上昇気流」
「いやいやいや、それはちょっと」
「千春もだいぶ飛ぶのが上手になってきたしね」
「まだまだです! まだまだ」
「そう? でも白い羽は目立つしね。遠く高く飛ぶのには向いていても、お忍びには向かないのよ、この羽は」
サイカニアは残念そうだ。
「いてくれたら心強いけど、仕方ないよね」
「ああ、かわいいわチハール」
「ちょ、飛びたくない、目立つから、あー」
城で飛び上がったサイカニアと千春は、結局たくさんの子どもと遊ぶ羽目になったのだった。ズボンを中にはいていてよかった、本当に。
それでも鳥人の協力を得られた真紀と千春は、次の日、とりあえず出発の式典に出て、見送りの民に笑顔で手を振り船に乗り込んだ。その後街が見えなくなったところで、エドウィとアーロンと共に、静かに鳥人に運ばれて出発したのだった。
エルフ領から内陸にわざわざ聖女の動向を伝える兵がいるとは思えない。船の兵には、アーロンと共に急な任務で出かけなければならないと正直に説明している。
船の甲板の上を走り身軽に飛び立つ聖女とエドウィは大きな歓声で見送られ、ぎこちなく運ばれるアーロンは多少笑われながら見送られた。
船には久しぶりにオルニとプエルが来てくれた。重い男性を運ぶのに少しでも慣れているからという理由だ。しかし、サウロがふいと飛び立ったのは昨日の午後。オルニとプエルは主にドワーフ領担当。今日の出発時にはサウロはいた。
その意味するところに真紀と千春は戦慄する思いだった。どれだけ体力があるんだろう。聖女をさらって海を運ぼうとしたことも、本気だったのだと今気づいた。
四人と四鳥人は港町を迂回し、一時間ほど飛んで、街道沿いの人のいない空き地に降り立った。
「い、一時間は厳しい」
よろよろと倒れこむ千春と、やはりよろよろと座り込むアーロンを、真紀とエドウィは生ぬるい目で見つめた。千春はむしろ、エドウィはともかく真紀がおかしいのだと思う。考えてもみてほしい。ジェットコースターに一時間乗り続けられる人がいるだろうか。
それでも千春はサイカニアにこう言った。
「一時間も運ばせてごめんね。サイカニアも疲れたでしょ」
「かわいいわチハール。全然よ、全然」
サイカニアは余裕である。サウロと組になっているだけのことはある。サイカニアは真紀より少し大きいだけなのに、この体力。
「千春、じゃあここで変装だよ。エドウィもアーロンも庶民の服に着替えて!」
真紀の指示が飛ぶ。
「ちょ、お前たちはどこで着替えるんだ」
アーロンが焦って周りを見渡した。空き地と、周りは林。すぐそばに街道。着替える場所などない。
「え? ここだけど」
そういう真紀はスカートの下のズボンを脱いでもう少年のズボンに履き替えている。そんな着替え方は高校生の体育の時によくやったものだ。何となくふらふらしながらも、千春も少女の格好に着替えている。もちろんズボンははいたままだ。
「さ、じゃあ上も着替えるからそっちを向いててー。サウロもね」
どうせ服の下にはしっかり肌着をつけている。Tシャツみたいなものだ。
「わあ、待て!」
と慌てて後ろを向くアーロンを尻目に、真紀と千春はさっさと着替え、額のリボンをハンカチに変え、くすんだ金色のかつらをかぶり、前髪が多少うっとおしい内陸の少年に変わっていた。エドウィもさっさと着替えて、アーロンに似た色のかつらをかぶったら、いかにも成人したばかりのローランドの大人に変身だ。
着替えた三人の目にせかされて、アーロンも渋々着替えた。
そうして四人で向かい合ってみると、
「エドウィ、かつらくらいで隠せないかも」
いくらかつらをかぶっても、庶民の服装をしても、たたずまいが王子然としてイケメンすぎた。
「お前らはまた変わりすぎだろう。超庶民だな」
「それはそれで失礼だな。庶民だけどさ」
真紀がぶつぶつ言う。
「そういうアーロンだって、服を着替えただけでまさしく庶民じゃない」
「俺は庶民派だっつーの」
悔し紛れにそう言ったが、ナイランの兄だ。色合いが目立たないだけでやっぱりイケメンなのだった。
「まあいいよ、真紀ちゃん。私たちが目立たなくて済むし」
「それはそうなんだけどさあ」
口を尖らす真紀だったが、よろよろしていたはずの千春は先を促した。
「さ、そろそろ次の地点に飛ぼう」
「そうだね、サウロ、お願いします!」
「よーし、交代」
「交代?」
真紀の声に、サウロは空に向かって大きな声を出した。バサバサッと4人の鳥人が下りてきた。
「はあ?」
アーロンの間抜けな声が響く。
「一人でなら何時間でも飛べるが、さすがに人を抱えたままでは我らでも持たぬ。替えを募ってきた」
「替えを、いったいどこで」
千春の声が微妙に震えている。
「ん? 獣人領だが?」
「き、昨日の今日だよ?」
「どうかしたか? 人数が足りなかったか?」
「いやいやいや、足りますとも」
「心配するな。お前たちには見えないかもしれないが、あと20人くらいは来ているからな。目立たぬよう少し離れたところを飛んでいるぞ」
「20人! あ。ありがとう……」
「みんな大喜びだ。数を絞るのに苦労してな」
サウロは得意そうにそう言った。
「わ、わあー、素敵」
「そうだろう。よし」
サウロはきりっとした顔に切り替わると、
「国境の町まではまだまだある。それでは次の地点へすすもうか」
と指示を出した。四人は鳥人に取り囲まれ、おとなしく連行、いや、運んでもらうしかなかった。
その年の夏ローランドでは兵の旅立ちを祝福するかのように人魚が集まりうろこをきらめかせ、空を見上げれば白い鳥人が何人も美しく空を舞っていたという。そこを境に瘴気がぐんぐんと薄くなり、民は聖女という言葉を感謝の気持ちと共に口に乗せるようになったとか。
「目立ちたくないからって言ったのに……」
千春の嘆きは風に紛れて消えた。
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