ついてきてもよくってよ
人魚の消えた海を見て立ち尽くしている真紀と千春に、ナイランが近づいた。
「マキ、チハール」
「ナイラン、皆も」
「何があったか、聞いてもいいか」
「うん。大丈夫。ここで話してもいい?」
「いや、いったん城に向かおう。父上もいるが、正式な場所で紹介しておきたい」
父上って、王様か! ちょっとワクワクした二人だったが、おとなしく案内され、用意された馬車に乗り込むと皆で城に向かったのだった。
一度休んでからとか、お着替えをなされてはなどという一幕はあったものの、まずは話をということで国王キリアンの執務室へと一行は案内された。そこはアーサーの執務室より一回り大きく、ゆったりしたつくりではあるものの小さい会議室のようでもあった。
「さて、エルフ領への討伐隊の皆、そして聖女方、ローランドによう参られた。私が国王のキリアンだ」
名前は真紀と千春のためにわざわざ言ってくれたのだろう。
「真紀と申します」
「千春と申します」
真紀と千春は簡潔に挨拶をした。
「これが次期国王のゾラン、そしてこれがエルフ領から一時戻っているアーロン」
執務室ではナイランの兄の第一、第四王子も待機していた。ナイランも含めて、亜麻色の髪にヘーゼルの瞳、年齢こそ違うがよく似た一族だった。ゾランが後ろに髪を撫でつけ、アーロンが少し癖のある髪を長めに伸ばしているので区別がつけやすい。お互いに興味深そうな目で目礼し合った。
「さて、本来なら聖女が内陸に来るなどというすばらしい出来事を寿ぎたいところだが、常にない出来事が気になる」
キリアンはさっそく話し始めた。さっきは普通だの地味だの言っていたくせに、よく回る口だと自分の親ながらナイランは皮肉に口をゆがめた。
「よければなぜ人魚が集まっていたのか聞かせてはくれないか。ローランドに用はないと言われても、多くの民が目撃しているし、民の不安は早めに収めておきたいのだ」
真紀は千春とちらりと目を合わせるとこう言った。
「人魚は聖女が来ると知って会いに来ました。それだけのことです」
そう言うと黙ってしまった真紀を見て呆気にとられたキリアンだったが、
「聖女に会うだけであんなに大量に集まるわけがない。それに会いに来たにしては話が長すぎた」
と冷静に指摘した。真紀はローランドを巻き込まないようにするにはどうすればいいか考えていた。真紀は手のひらを上に向けてナイランのほうを指し示すと、
「集まるのです。ナイランに聞けばわかります」
と言った。キリアンがナイランをみると、
「間違いない。人魚島であれ以上に人魚が聖女の周りに群がっているのを見た」
とうなずいた。
「ふむ。なぜ人魚が聖女の来訪を知っていたのか。なぜミッドランドに会いに行かなかったのか。疑問は残るが、さて」
キリアンは真紀を見た。真紀もしっかりとキリアンを見つめた。ふむ、気弱で逃げ出すだけの聖女、ではないか。
「では、ついでに明日からの予定を話したいと思うが」
「そのことですが」
失礼かもしれないが、真紀がそれを遮った。事実のみを、簡潔に。皆驚いて真紀を見た。
「予定が変わりました。私たちは明日、エルフ領に向かわず、内陸に向かいます」
一瞬沈黙が落ちた。最初に立ち直ったのはエドウィだ。
「ええ? 何を言っているのですか。マキとチハールは魔石研究班として、グルドについてエルフ領に行くんですよね」
目的をほかの皆に知らせるように、ゆっくりとそう言った。
「その予定でしたが、魔石研究班としての任務ができました」
真紀はしかつめらしくそう答えた。
「任務とは面妖な。マキ、チハール、人魚に何を言われた」
エアリスが静かにそう尋ねた。真紀はまた千春をちらりと見ると、
「人魚の長が内陸に行って戻ってこないと言うのです」
と答えた。それに反応したのはキリアンだ。
「なんだと! そもそもなぜ海のないところに行ったのだ!」
「内陸の、鏡の湖に行ったそうです」
「鏡の湖か! 確かにあそこなら海とつながっているかもしれん。しかしな」
キリアンは顎に手をやり、首を少し傾けた。
「人魚は気ままな生き物だ。たまたま行って帰ってこないだけかもしれぬ」
「気ままで自由な人魚が心配して行方を捜すほどの事態と判断しました」
真紀はそう言い、
「湖には船が多く浮かべられ、見張りも多く人魚が顔を出す余裕もないとか」
と続けた。思いもかけない真紀の話に、何も言えずお互いを見やる一同だったが、第一王子のゾランが真紀を見てこう言った。
「内陸に行くと言うが、どのように行くつもりだ」
「途中までは鳥人に頼みます。後は馬車にでも乗って」
「ばかな。甘やかされた姫が無謀なことを」
ゾランは吐き捨てた。真紀は、それはそうだろうと思った。明日にはエルフ領に行かねばならない。カイダルとナイランをずっと待っていたのであり、エルフ領からは急いでほしいとの連絡が届いているはずだ。そんななか勝手なことをされては困るだろう。
一方でミッドランドから来た一行は、「甘やかされた姫」が事実ではないことと、「無謀であること」が事実であることを知っていたので、微妙な顔をしていた。
しかし、そんな言葉にいちいち返事をする必要もない。そもそも、聖女がエルフ領に行くか行かないかはロ-ランドにはかかわりのないことなのだから。真紀は眉をひそめているゾランをちらりと見ると、ミッドランド一行に体を向けた。
「ごめんね、急に。でも千春の恩人のことだし、水からではわからない情報を調べてほしいということだけだから」
そうすまなそうに言う真紀に、ナイランとカイダルが、
「マキ、本当に無謀だぞ」
「安全のために許可できない」
と答えた。
「うん、無謀だよね。でもね」
千春が少し小さい声で話し始めた。
「アミアはおぼれるところを助けてくれた恩人なの。恩人の行方が分からないまま、エルフ領に行っても何も手につかないと思うの」
「ではミッドランドに戻って、父上にお願いしましょう。この世界のことをよく知らないマキとチハールが行っても、情報などつかめますまい」
エドウィが懇願するように言った。千春は首を振る。
「聖女に、お願いしたいと。そう依頼されたの」
「では私も行く」
エアリスがそう宣言した。
「だめ。エアリスは目立つから」
「しかし、また遠くで心配するのはもうごめんだ」
「エアリス、いなくなったりしない。行き先もはっきりしているから」
千春はエアリスにそう言い聞かせ、
「みんなの仕事はエルフ領に行くこと。その使命を妨げるつもりはありません。でも」
そう言って顎をきっと上げた。そして、はっきりとこう言った。
「聖女を陰ながら護衛したいというものまで拒みはしません」
「なんと傲慢な……」
思わずゾランがつぶやくほどに胸を張ったのだった。皆が何も言えないでいるところに、笑い声が一つ響いた。
「気に入った。自分の力のなさを知って、周りに頼る覚悟。俺が行こう」
第四王子がそう宣言した。
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