やるべきことは
そんな外野をよそに、真紀と千春は相変わらずうれしそうなたくさんの人魚に囲まれていた。
「こないだは名乗りもせずに。サイアといいます。お見知りおきを」
「真紀です」
「千春です」
「マキとチハール、人魚は全員知っておりますとも」
サイアは優しく微笑んだ。しかしすぐ真顔になると、
「長が帰って来ないのです」
と言った。
「確か用事で出かけていると言っていたよね」
「ええ。愛し子に会える機会を逃すのは惜しいと言っていたのですが、どうしても気になることがあるからと、数名の供の者と出かけ、そのまま帰ってこないのです」
「どこに行ったの?」
「鏡の湖に」
真紀と千春は息をのんだ。
「そんな遠くに……」
「ああ、違います、ドワーフ領ではありません」
「え?」
「内陸の鏡の湖です」
「内陸にもあるんだね」
「私も行ったことがありますが、ドワーフ領の鏡の湖と対になるような美しい湖です」
真紀と千春は鏡の湖を思い出した。美しかったがいろいろあったところだった。
「迎えには?」
「行きましたが、内陸の者たちが船を多く出しているために、十分に湖を探せないのです。我らが水で後れを取ったり、事故にあったりすることはほとんどありません。だから長に何かあったとしか思えないのです」
確かに、あのアミアが誰かに後れを取るなどとは考えにくいことである。長がいなくなった。それしかサイアは言っていない。けれど求められていることはわかる。そこのようすを見に行ってほしい、ということだろう。しかし、それを真紀と千春に言われても、何ができるというのだろうか。真紀は、
「それなら、すごく正直に言うけど、アーサーか、でなければこの国の王族に協力してもらうのがよくない?」
と言ってみた。サイアは首を横に振った。
「われらは水の民。獣人と一つにくくられることもありますが三領には属しておらず、ましてや人間領にも属していない。どの領にも味方せず、どの領にも守られない。逆に、どこかに助けを求めれば、それはバランスを傾かせ、いずれいさかいを生む。だから不干渉なのですが……」
サイアは陸のほうを振り返った。
「アミアは水の道を通って気になるところを見に行っただけ。何かに干渉したわけではない。だからわれらに非はない。何かあったとしたら相手の非だ。しかし、相手の非を責めればそれは争いを生む。だから」
サイアは真紀と千春を見た。
「どの国にも属さぬ愛し子に助けを求めました」
真紀はふむ、と腕を組んだ。
「私たちが内陸で嫌われているのは知ってるよね」
「水の噂で」
「確かにお忍びできちゃった、と言えばたいていの国では王族に連絡が行って、叱られて終わりだと思う。でも内陸はどうなんだろう。いなくなってもまた召喚されるから問題ないって言いきる国だからね」
そう言うと腕をほどいた。
「私たちを愛し子と呼ぶ割には、かなり厳しいことを求められていると思うんだけど」
真紀は難しい顔でサイアを追及した。自分個人はと言えば、真紀はアミアにはそうたいした思い入れはない。案外お茶目で、千春を偏愛している人だくらいにしか思っていない。
しかし、アミアが内陸に行ったのは何のためか。おそらく、瘴気と魔物の調査に違いない。それはつまり、真紀や千春のことも考えてに違いないのだ。
そうはいっても、千春のこともある。自分だけならよいが、千春を危ないことに巻き込むのは嫌だった。多少なりとも体の動く自分と比べて、千春はどんくさ、いや、ごく普通の運動能力なのだから。
「悪いけど」
「真紀ちゃん」
断ろうとした真紀を千春がさえぎった。
「行ってみようよ」
「駄目だよ千春。今回はお忍びではしゃぐようなことじゃない。内陸の王族に見つかれば、最悪始末されかねないんだよ」
「それでも」
千春はそう続けた。
「鏡の湖で助けてもらったことは忘れない。アミアは、なにか魔物や魔石の秘密を知っているようだった。それを調べに行ったんなら、私たちの一番にすべきことが、エルフ領に付きそいで行くことなのかな」
「千春……」
このおとなしげな友達は、最近ちょっとだけかっこいいことを言う。確かに魔石研究班として活動すると宣言したばかりだ。
「それに、鏡の湖ではおぼれかけていたところを救ってくれたのは確かだし。恩人を危険だからと言って見捨てるのはちょっと違うと思うんだ」
「確かに、アミアが気になってエルフ領でも楽しくないかもしれない。だけどね」
真紀はまた腕を組んだ。
「役立たずが行っても仕方ない。私たちが行って役に立つのかな」
「立つよ」
千春は力強く言った。
「だって真紀ちゃん、みんなに黙っていくつもりなの?」
「え」
黙っていくしかないと思っていました。真紀は心の中でそう答えた。
「もうこっそりするのは心配かけるからやめようって決めたよね。だったら私は役に立たなくても、一緒に行った人が役に立ってくれるよ」
「いや千春、そんな他人任せな」
「だって実際多少面の皮の厚いところしか自分が役に立てる気がしないもの」
「いや面の皮が厚いって、いちおう女子なんだし」
真紀は突っ込まずにはいられなかった。
「それに千春さ、サイアの言うこと聞いてた? 三領も人間領も巻き込んじゃいけないんだよ」
「うん。人魚はそうだよねえ」
「人魚はって……」
「聖女の護衛や世話人が、たまたまついてきて、たまたま何かして、結果として人魚の情報を得ちゃっても、それは各領には関係ないことだよねえ」
「それは詭弁、だけど」
ありなのか。あるかもしれないな。
「愛し子よ。我らは水の外に出ることもできるが、ひどく目立つ。また、今鏡の湖は人目が多く、湖から上がることができないでいる。長に何かあっても助けてほしいとは言わない。ただ、情報が欲しいのです。いったいどうなっているのか」
サイアが眉根を寄せてそう懇願した。
「情報か。それなら何とかなるかもしれないな」
「真紀ちゃん!」
「それでは、できることだけになるけど、いい? あと千春に危険が及ぶようなら、すぐ撤退する」
「かまいません。こんなことを愛し子に頼んだと知ったら長は怒るでしょうが」
サイアは仕方ないのだと肩をすくめた。
「長もまた、我らの唯一。連絡は湖や大きい川ならば、我らの仲間がいるはずです」
そういうとサイアは、ちゃっかり真紀と千春を抱きしめて、他の人魚と共にさっと海に帰ってしまった。
真紀と千春は呆然と人魚の去った海を眺めた。
「抱かれ損?」
「役得だと思おうよ、めったにないイケメンだよ、サイアは」
問題はそこではない。危険な任務を引き受けたことなのだが、やっぱりのんきな二人だった。
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