無駄な行動力
真紀と千春も慌てて窓から目を凝らした。真紀はもともと目はいいし、千春に至ってはコンタクトだったはずなのに異世界に来たら視力が戻っていたのでやはりよく見える。
「白い波だと思っていたのは人魚のうろこが光を跳ね返していたんだねえ……」
「何人いるんだろう……。人魚島より多いかな」
つぶやいた真紀が振り返り、だれともなしにこう聞いた。
「人魚の国って、ローランドの近くにあるんですか?」
人魚島に人魚がたくさんいたように、ローランドにも人魚はたくさんいるのだろう。ということは、人魚の国はローランドと人魚島の間くらい? いつかは行かなければならないのに、そういえば場所を聞いたことはなかったし。
しかし皆もお互いの顔を見合わせて、何も言わない。当然だ。知らないのだから。
「エアリスやグルドは何か知っていますか?」
らちがあかないのでエドウィがそう尋ねると、
「確かミッドランドとローランドの国境付近の沖のほうの島だとかなんとか」
「私はどちらかと言うとエルフ領の沖のほうだと聞いたが」
とグルドとエアリスは答えた。
「要するに?」
真紀の言葉に、
「誰も知らぬ」
「じゃあどうやって行く予定だったの、私たち!」
と真紀は思わず叫んだ。
「そんな予定だったのか?」
「アミアに誘われてたの。落ち着いたら訪ねるようにって言われてて」
「それは真紀ちゃん」
千春が突っ込んだ。
「探すところからクエストなんじゃ」
「難易度高すぎるわ! 異世界在住二か月ですけど? むしろ300歳越えのドワーフとエルフさえ知りませんけど?」
真紀は頭に手をやってくしゃくしゃとかき乱した。
「それに千春、他人事じゃないから」
「すみませんでした!」
すかさず千春は謝った。真紀はため息をついてまた尋ねた。
「もう。近くに住んでるんじゃないなら、どうしてたくさんいるの? ここも人魚がお店を出しているの?」
「いや」
ナイランは首を横に振った。
「砂浜が美しいからか人魚はたまに姿を見せるが、こんなに集まったのは見たことがない。だから鳥人も見に行ったんじゃねえのか」
そう言うとナイランはエアリスにこう話しかけた。
「エアリス、発着所についたら城の前にちょっと砂浜に寄っていきたいんだが」
「構わぬが、マキとチハールは城に連れて行ったほうがいいか」
「聖女が人魚につかまると長い。そうしてくれると助かる」
「では二手に分かれよう」
カイダルとナイランは砂浜に寄ってから城に行くことになった。
飛行船は海の側から回り込んでゆっくりと発着場にむかう。高度を下げると、とん、と着陸した。
順番に外に出たが、飛行船が珍しいわけもないのに人だかりがしていた。
「なんだ、聖女情報でも漏れたか? あ」
カイダルは周りを油断なく見回すと、突然何かに気が付いたようだった。
「どうしたの、カイダル」
「マキ、特にチハール、ちょっと出てくるな!」
「はい? もう出ちゃったけど」
「ちっ」
人だかりの真ん中があくと、そこからは薄い布をまとった人魚がしっかりと前に歩いてきた。
「愛し子よ」
「あ、人魚島で会ったお兄さんだ!」
千春は驚いて声を上げた。
「覚えていてくれましたか」
「覚えていたも何も、たった二日前のことだよね」
千春は苦笑した。ということはこの人魚のお兄さんはたった二日でここまで泳いで来たことになる。鳥人と同じかおそらくそれより速く泳ぐのだろうからおかしいことではない。しかし。
「何かあったの?」
「できれば海辺でお話したいのです」
千春は真紀と目を見合わせ、二人は、
「わかった」
とうなずいくと、すぐに歩き出そうとした。
「マキ、チハール! 行くな」
カイダルが大きな声を出す。
「行かないほうが話が長引くし、大きくなるから」
「心配なら、ついてきてくれる?」
もう勝手にいなくなったりはしないと決めたのだから。
「ちっ、仕方ねえ。じゃあ俺とナイラン」
「いえ、全員で行きます」
カイダルの言葉にエドウィがかぶせた。
「どうせナイランがいないと城に行っても仕方ないでしょう」
「そ、それはそうだな。ではみんなで行くぞ、あ、おい、マキ、チハール!」
真紀と千春は人魚に着いてすたすたと歩いて行ってしまっていた。
「さらわれなくても無駄に行動力がありやがる。追いつくぞ! まったく」
なぜ聖女は普通の女のように行動しないのか。八つ当たりだとわかっていてもいらだちながらカイダルは後を追った。
「白の賢者様だぞ」
「王族だ」
「ではあの少女たちは?」
「聖女だ」
「聖女だ!」
という声でざわめく中、一行は人魚に連れられて浜辺へと向かったのだった。
波打ち際には多くの人魚がたたずんでおり、少し陸に入ったところにはローランドの兵と思われる人々が緊張して見張りをしているようだ。その前に何人かが出て人魚に話しかけているが、人魚はそれを無視している。
「あれ、父上だ」
ナイランがつぶやくと、
「なんだって、陛下自らか」
とカイダルも驚く。どうやらめったにない事態に、王自ら話し合いに乗り出したらしい。
「ここにも無駄に行動力のあるやつがいる」
「カイダル、うちもそうです。わざわざ列車の駅まで来ていたじゃないですか」
「ミッドランドと違ってうちもナイランのところも補佐の仕事をする奴はいっぱいいるんだよ。王のくせにちょろちょろしやがって、護衛も困ってんだろうが」
「聖女もですね、ほんとに仕方のない」
そんな護衛を尻目に、人魚はすたすたとローランドの王のところまで聖女を連れて行くと、
「われらは聖女に会いに来た。ローランドには特に用はない。城に帰るがいい」
とそっけなく城のほうを指し示した。これには王ではなく周りが腹を立てた。
「仮にも一国の王に向かってそのような態度をとるとは!」
護衛が一歩前に出ようとするのを、王が片手を出して抑えた。そしてそばにやってきていた真紀と千春に目をやり、その後ろのカイダルとナイランをちらりと見てこう答えた。
「ローランドに言うべきことがあるわけではないのだな。では聖女の用とやらが終わるまでここで控えていよう」
その必要はないと拒絶しそうな人魚に向かって王は続けた。
「何しろ、聖女はもともとわれらの城に来る予定だったのだからな」
暗にその予定を崩したのはお前たちだと言われ、人魚は押し黙ると、真紀と千春を連れて波打ち際まで移動した。真紀と千春は王に目礼だけして人魚の後をついていった。
途端に人魚が聖女に集まってくる。さっきまでの無関心さが嘘のようだ。
王はため息をつくと、
「ナイラン、カイダル、一か月ちょっとぶりか。ひと仕事終わったばかりなのにすまないな」
と話しかけた。カイダルも、真紀と千春から目を離さないようにしながら、
「ダンジョンを取り巻く環境が切羽詰まっていることは経験済みです。お気になさらず」
と答えた。ナイランもうなずくと、
「この状況の説明をしてもらってもいいですか、父上」
と聞いた。
「説明も何も、数時間前から人魚が大量に浜に集まってきていると連絡があり、何かローランドに話があると来てみれば用はないと。ではなぜここにいるかと言っても答えぬ。膠着状態が続いていたところだったのだが」
王はふうっと息を吐くと、
「まさか聖女待ちだったとは思わなかったわ」
と言った。そのまま、
「安心したと言えばいいのか、驚いて物も言えぬと言えばいいのか。とりあえず、あれが今代の聖女か。案外と普通だな」
と失礼なことを言っている。そこにゆっくりと追いついてきたエアリスがあきれたように言った。
「黒目黒髪、小さくて静かな方たち。聖女とはいつもそういうもので、それ以上でもそれ以下でもない。何を期待しておったのだ、キリアンよ」
「それはもちろん、わが息子の心を奪ったというからには、相応の華やかさを」
「奪ってねえし」
どんなうわさが届いてるんだよとナイランはあきれ果てた。
「それに華やかだから女を選ぶとか、あるわけないだろう」
「ほう、地味な聖女がよいと」
「だから言ってねえし」
王のからかいについ答えてしまうナイランだったが、目を真紀と千春から離すことはなかった。
「にしても、何を話しているのか」
「人魚の国への招待ならいいんだが」
1月10日「聖女二人の異世界ぶらり旅」発売。書影も出てます。なんとカイダルもいる!カドカワBOOKSのサイトでどうぞ!




