美しい街
「これは全員を呼ぶ必要がある」
カイダルが急いで皆を呼びに行った。
「どうした、チハール、マキも」
「やはり危険でしたか!」
エアリスとエドウィが心配そうに、そしてグルドがあくびをしながらやってきた。
千春と真紀は首を振った。皆をとりあえず座らせると、千春は同じことを繰り返した。
「ゲイザーが、海ではなく山をいくつも越えてきたというの」
「なんですって! ローランドとは川で接している。ということは、ハイランドとの間の山なのか……」
エドウィが驚いてこう言った。
「確かに低いながらも連なった山々がハイランドとの国境にはあります。チハール、具体的にどこらあたりとは伝わりましたか」
「それはわからなかった。いくつも山を越えたから、疲れたんだってそう言ってただけ」
千春は首を横に振ってそう言った。
「ここは国境だ。ローランド側の山々の可能性もあるぞ」
ナイランが難しい顔をしてそう言った。
「単に洞窟から出てきたのか。あるいは新しいダンジョン……」
「まさか。それはない」
最初はあくびをこらえていたグルドがそう言った。
「冷静になれ。確かに海底トンネルにはときおり魔物が出るが、それはおそらく地下の空洞には多少は出るというだけのことであろう。そうでなければ今までにももっと出てきているはずだ」
「それはそうですが。しかし、今までと違うことが次々と起きているのです。とにかく情報は各国の王族で共有し、警戒はしなければならないでしょう」
エドウィの言うことにもっともだとみなうなずいた。しかしどうもグルドは楽観的な傾向にある。
「また何かあれば必ず話します。わざわざ集まってもらってすみません」
千春のその言葉と共にその夜は解散となった。
「真紀ちゃん」
「うん。私にも山々のイメージは伝わってきたよ。でも、それがどこの山なのか土地勘が全くないからね」
「向こうでなら、テレビがあったから世界遺産の場所なんかはすぐにわかったのにねえ」
「ほんとだよ」
ゲイザーを石に戻すことくらいは訳はないと思えるようになってきた。悩むのは、いろいろなことがこの世界の人にとって当たり前なのかそうでもないのかわからないことだ。
「山々のようすを描写するべきだったかな」
「でもとりたてて特徴がなかったしねえ」
しかたない。できることは次の日に疲れを残さないことだけだ。真紀と千春は早々にベッドに入った。
ゆっくりと朝を過ごし、午前中三時間、お昼を挟んで一時間ほどでローランドの城のあるバッカに着く。ミッドランドでは東側に近く見えた山々も、ローランドではずいぶん遠くになり、その分平地が広がり、利用されていない原野も見える。時折盛り上がった丘があり、丘を覆うように木が生え、緑が豊かだ。
「田んぼだ」
「おや、さすがだな聖女様、わかるのか?」
ナイランがからかうようにそう言った。まだ収穫するには早い緑の稲穂が広がっている。低地をそのまま利用しているのか、きれいに整備された四角ではないけれど、それは懐かしい田園風景を思わせた。
「少しずつ生産量が伸びているところなんだよ」
ドワーフのお城にいても冒険者をやっていても、ちゃんと国のことはわかっているらしい。
「マキとチハールがおいしい料理を広めたらもっと生産量がのびるかもな」
「そうだといいな」
そういうナイランは、午前中に飛行船を操縦して、船体を傾かせたりしていてちょっとお疲れ気味だ。
「鳥人にあおられても傾かないつくりの飛行船をなぜ傾かせられるのかがむしろわからぬ」
とはエアリスの言葉だ。なんでもひょうひょうとこなしてしまうナイランにも多少の苦手はあるということなのだろう。困って頭をかいているナイランは珍しかった。
「鳥人と飛ぶのも少し苦手なんだ」
「俺もだ」
カイダルも同意した。オルニとプエルがいたら、自分たちだって運ぶならマキとチハールがいいと言っただろう。鳥人と飛ぶのにはコツがあるのだ。体を硬くせず、柔らかく身を預けるのがポイントなのだが、剣士の二人には人に身を預けるということ自体が苦手らしい。
そんなのんびりした空の旅の終点が近づいてくる頃、真紀と千春は窓に張り付いて景色を楽しんでいた。バッカに近づくにつれ家々が増えてくる。
「建物が真っ白だよ!」
「屋根がオレンジだからきれいだね!」
トラムの町は小高いところに城があったが、バッカの町も同じように少し高くなったところに城がある。
「コテージがいっぱい」
そうつぶやく千春に、ナイランが答えた。
「コテージ? が何のことかわからないが、要は親戚がたくさん集まっているから、城の中そのものが小さい町のようなものだな」
ナイランの言うとおり、城の左右に大きめの邸宅がいくつも並んでいる、不思議なつくりをしている。
城の門の前に広場があり、そこからすぐにバッカの町が広がっている。トラムほど大きくないが小さめの入り江に港があり、今は大きめの帆船がいくつかと、小さい漁船がいくつかとまっており、入り江の両側は真っ白な砂浜が広がっている。
「南の島みたい」
「青い海に、白い砂浜、小さくて茶色の入り江に帆の白い船、陸に上がればオレンジの屋根に真っ白な壁の建物、そして真っ白なお城。本当にきれい」
「確かに、空から見るバッカの町はきれいだと俺も思う」
ナイランも一緒に窓から町を眺めている。と、鳥人が向きを変え砂浜に向かった。
「発着場はどこなの?」
「入り江と砂浜の間の広場だが」
「サウロたち先に行ったんだね。砂浜に向きを変えたよ」
「いつも最後まで飛行船についてくるのだが」
エアリスは操縦しながら首をかしげている。飛行船は徐々に高度を下げる。
「わあ、結構波が荒いんだね。波打ち際が白くなってるよ」
「そうか? 風は穏やかだが。ん? 砂浜に人がいる。ヴァン!」
「何ですか叔父上」
「代わりに砂浜を見てくれ」
エルフは目がいいらしい。
「砂浜? ずいぶん波が荒い。ん、確かに兵が波打ち際から少し離れたところに広く集まっています。まるで海を見張っているかのようだ。海を、うん?」
「どうした」
いぶかし気なエアリスの声に、ヴァンの声が重なる。
「人魚、か?」
「「「人魚?」」」
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表紙には鳥人がいますよ!




