兄弟は
一泊目は宿屋というよりホテルというのがふさわしいようなおしゃれなところに泊まった。次の日のことを考えてお酒は控えめに、明日はいよいよ南領ローランドにたどりつく。そしてその次の日には、エルフ領に旅立つのだ。
「南領では何かミッドランドと習慣が違うこととかある?」
千春は心配になってナイランに聞いた。
「別にないぞ。ただな、ただ」
「ただ?」
「あー、俺は第五王子だが、末っ子はメイヤで、メイヤは確か第五王女、いや第四王女?いや姉上が確か三人で、年の離れた妹はあいつだけで……」
ナイランは少し混乱している。
「兄が四人。姉が三人。妹が二人。10人兄弟で、末の妹だけ年が離れている、だろ?」
「そうだったカイダル、ありがとう。妹二人はドワーフ領に行った後生まれて、姉上たちはすでに嫁に行ったり行かなかったりでよくわからないし」
「姪っ子甥っ子も入れたら何が何だかわからないよなあ」
カイダルが同情したように言った。千春は、
「何か言いかけていなかった?」
と尋ねた。
「そうそう、つまり人数が多くて、人懐っこいからまあ」
「ああ、ドワーフのお城とおんなじ?」
「そう。覚悟しといたほうがいい」
それは大変だけれども、南領はやっぱり温かいのだとうれしくなる情報だった。
「メイヤに会えるのが楽しみだなあ」
「知り合いか?」
「うん。お披露目の時、内陸の意地悪からかばってくれたのがメイヤなんだよ」
「まだ八歳くらいじゃなかったか」
「そのくらいだったかも。かっこよかったんだよ」
千春はメイヤを思い出していた。
「大人たちが何も言えないでいるうちに、内陸の王女をたしなめてくれてね」
「そうか、大きくなったなあ」
とナイランは嬉しそうだ。そして、
「第一王子は後を継ぐだろ、第二王子は補佐だろ、第三王子は獣人領だろ……」
と数え上げる。ほうほう。
「第四王子はエルフ領だが、もう南領に戻ってきてたかなあ」
「戻る?」
「一生行ったっきりってことはないだろ。特に三領に行かされたものは、程よいところで嫁をとらないと」
「なるほどねえ。ナイランは?」
「俺はまだいいかな。この状況が少し落ち着いたら。できたらドワーフ領に一緒に行ってくれる人がいい」
それはそうだ。
「じゃあ、案外ミッドランドで探したらいいかも」
「南領はエルフには親しいがドワーフとはなじみがないから、確かにそれはいいな」
そのナイランと千春の話を後ろでエドウィやカイダルが聞いている。
「てっきりナイランはチハール派かと思っていましたが」
「そんな派閥ねえよ。どうなんだろうなあ。チハールを大事にしてるのは確かなんだが、あえて距離をとっているような気もするし。俺にもわからん。年頃だからってなんでも恋愛に結び付けるのもどうかと思うしな」
「カイダルのくせにまともなことを」
「ちょっと待て、エドウィ今なんて」
エドウィはさらっと失礼なことを言うとふいっと顔を背けて、
「さ、もう今日は休む時間ですよ。マキとチハールはこっそりベランダに出ずに、カイダルとナイランに付き添ってもらってくださいねー」
と言った。どうせ駄目だと言ってもこっそりやるのなら、こちらの管理のもとでやったほうがいい。そして本当は自分が付き添いたいが、護衛は少しでも強いほうがいいに決まっているのだ。
「おい! まあいい。そうだな、マキ、チハール、どうする? あと一時間後くらいには準備ができているか?」
真紀も千春も、こんなあっさりと夜のお仕事が認められるとは思わなかったので驚いたが、
「うん、お願いします」
となったのだった。
「すまないが、私もいいだろうか」
そこでヴァンが遠慮がちに願い出た。最初の印象が悪かったせいで、それを挽回できずに今日は控えめにしていたらしい。しかし、聖女が仕事をするかもしれないと聞けば黙っていられなかった。
真紀と千春は顔を見合わせて、そしてヴァンではなくエアリスを見た。エアリスは苦笑して、
「国ではちゃんとした男だ。心配なら付き添うが、人数は少ないほうがいいのではないか」
と言った。エアリスがそういうならいい。真紀は、
「カイダルとナイランと一緒にどうぞ。魔物が来るとは限らないし、静かにしていてくださいね」
と許可した。
さて、一時間後、夏だから寝巻一枚のままでいた真紀と千春は、
「お前たちは、ローブを着ろ!」
とカイダルに怒られるということはあったが、そっとバルコニーに出て魔物を待った。外はもう真っ暗だ。
「ここはドワーフ領との間みたいにトンネルはないから、ゲイザーはいないかもね」
「エルフ領からだと海を越えてこなければならないからね」
二人は後ろに控えている護衛を気にもせずにのんびりと話しているが、カイダルとナイランは近くで護衛したのは初めてだ。緊張感をもって空を見ている。しかし、二人が見つける前に、
「来た」
「上だ」
と声がした。マキと千春の視線の先には、一、二、三、四、
「おい、いったいいくついる!」
カイダルの押し殺した声と、ヴァンのひゅっと息をのむ声が響く。ナイランは腰を落として剣の柄に手を当てている。
「七つ、かなあ。驚いた。多いね。どうしたの」
千春がのんびりとした声でそう言っている。
「どうしたのって……。何を言っている」
「黙れ、ヴァン」
「山のほう? 海じゃなくて? 外に出ても誰も気づかなかったから、ふらふらとここまで来た?」
千春が何か一人でしゃべっている。
「そう、疲れたの。じゃあ魔石に戻ろうか」
ゲイザーはふるりと身を震わせると、千春と真紀に近づいた。思わず前に飛び出そうとするヴァンをナイランが止める。ヴァンはナイランのほうに信じられぬという顔をして振り向き、すぐにまた真紀と千春のほうに目をやった。
ゲイザーは千春の手に、そして真紀の手にすり寄り、そう、すり寄ったようにしか、甘えているようにしかみえない。そして淡く光るとしゅっと縮んで、からん、と魔石に姿を変えた。その数、七体。ゲイザーはあっという間にいなくなった。
千春と真紀はベランダから大きく身を乗り出して、
「今日はこのくらいかな」
「そうだね」
と言って、そして静かに魔石を拾い集めた。そうして、
「今日は多分もう来ないよ」
「ありがとう」
と護衛に声をかけた。静かに部屋に戻ると、小さくしていた明かりを少し大きくした。
「あなた方は、魔物は、その、体は」
「ヴァン、落ち着いて」
千春はずっとヴァンににこりともせずに接していたが、ここでやっとちゃんと向き合った。それは、ヴァンが研究者として魔物に興味を持つよりもまず、仲間として真紀と千春を心配してくれたことが伝わってきたからだ。
千春はナイランに目配せした。今千春と真紀が何を言ってもヴァンは心配しそうだったからだ。
「ヴァン、落ち着け。聖女がよくやっていることだ。今のところ体への悪影響はない」
「しかし」
「大丈夫だ」
ナイランはヴァンに向き合い、両肩をがっちりとつかんで目を見た。
「大丈夫だ。心配ない」
「あ、ああ」
俺たちはダンジョンの前で、そして毎日のように見ているから慣れたが、最初はこんなものかもしれないとナイランは思った。
「ナイラン、ヴァン、いいかな」
「おう、大丈夫そうだ」
「じゃあちょっと座って?」
千春はみんなをソファや椅子に座らせた。
「どうした、もう休まないと」
「カイダル、ナイラン、いい?」
「ん?」
千春も真紀も怖いほどまじめな顔をしていた。
「ゲイザーね、山をいくつも越えて来たって」
「山? 海じゃなくてか」
千春はうなずいた。ナイランは思わず立ち上がった。
「まさか、国境か?」
「おそらく」
ばかな。国境にダンジョンなどないのに。
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