聖女ツーリスト
その日飛行船が下りたのはミッドランドの国境の町だ。国境の川はむしろ狭いくらいで、一番海側の橋から上流を見上げると少しアーチ状になった橋が何本も並ぶ。7本あるので七連橋と呼ばれているのだという。
宿の手続きをエドウィとグルドとヴァンに任せると、カイダルとナイランをお供に真紀と千春は橋を見にやってきていた。エアリスは飛行船の調整だ。
「上から順番に川下りしたいねえ」
千春が橋を眺めながら言うと、
「橋を下から見て何が面白い?」
とナイランに言われた。
「いや、面白いと思うけど。それに両側の川岸に季節の花が咲いてるのを見たり、青い空を見たりしながらのんびりと船に乗ってるのって、素敵じゃない?」
「そうか? 剣を振ってるほうが楽しいけどな」
お互いに首をかしげる。千春や真紀の、普段仕事をしているから休みには特別な遊びをしたいという気持ちは、もしかしたらとてもぜいたくなことなのかもしれなかった。
真紀も千春も、一番海側の橋のたもとで、人々や馬車が行き来するのをぼんやりと見つめた。車もなく、人と歩く速さとそう変わらないゆったりとした馬車の歩みや、大きなカバンを抱えた人。ミッドランドの港街のトラムよりだいぶ人は少ないけれど、国境というにはあまりに自然に人々が行きかっている。
人の見た目もほとんど変わらない。
「ノーフェやシュゼも、見た目は変わらなかったっけ」
真紀がふと言った。
「人族か? ミッドランドは王族を中心に金髪が多いが、ローランドは金髪から薄い茶色、ハイランドはくすんだ金髪が多いという傾向はある。が、どこの国もそうたいして違わないぞ」
そうナイランが答える。ナイラン自身は金よりは茶に近い、薄い色の髪を短く整えている。小さい王女様のメイヤと同じだ。
「土地が広いから3つに分かれているだけで、どこが豊かとかそういうこともなかったはずなんだがな」
「内陸のこと?」
「ああ、まあな。俺は主にドワーフ領にいたからよくは知らないけどな」
ナイランは何気なくそういった。
「そっか、小さいころからドワーフの城に預けられたんだっけ」
「小さいといっても10歳は越えてたぞ。たくさん兄弟がいてローランドの城でも全くさみしくはなかったが、ドワーフの城でもさみしくはなかったぞ。マキもわかるだろ、ドワーフの城」
真紀はハッとした。あのたくさんの兄弟や親戚に、人懐っこい人たち。
「わかる。わかるよ。さみしいどころか、一人にしてくれって感じ?」
「そうだ。だからカイダルもしょっちゅういなくなってたなあ」
「お前が16になるころまではなあ。そのころになったら背は越されるし剣はうまくなるしで、人族の成長には本当に目を見張らされた。結果俺たちにとってもよかったんだよ」
カイダルも話に入ってきた。
「ドワーフの領にいる俺たちは、本当に人族のことを知らない。俺たちがゆっくり30年くらいかけて育つところを、10年もたたずに育ってしまう。剣も勉強もあっという間に身に着け、大人になっていく。それを間近で見られたんだ。ドワーフの城には今、人族を侮るものは一人もいないだろうよ」
それが人族の強さ。あっという間に育ち、増え、成長する。
「しかし人と人の間はどうなんだろうな」
そういうカイダルに、千春はトラムの町を思い出しながら言った。
「内陸は行ったことがないからわからないけれど、アーサーのお城のあるトラムは、やっぱり特別だったような気がした。人が行きかうところはこの町も同じだけれど、トラムにはドワーフもエルフも、そして獣人もいて空には鳥人が飛んでいたもの。街にはエルフ領やドワーフ領から来たものが当たり前に売っていたし」
「それを不公平だと思う人がいないとは限らないよね。それに内陸には飛行船は飛んでいないんでしょ?」
真紀もそう答えた。カイダルとナイランはちょっと言葉に詰まった。
二人はそもそもダンジョンを回るために、エルフ領にも獣人領にもいくし、用があれば人間領にもいく。他種族はいて当たり前だし、その場所その場所でしかない風物があって当たり前なのだ。
にぎやかでいいと思っていたトラムを見て、そんな風に思うとは思ってもみなかったのだ。そもそも内陸は人間以外に抵抗があるから、飛行船だって飛ばないのだし。
「内陸の王国もさ、王子王女が小さいうちに、三領のどこかに留学させたらいいのにね」
ふと思いついて千春がそう言った。
「そうだね、内陸だけじゃなくて、どの国もそうしたらいいんじゃないのかな」
「お前ら……」
呆気にとられるカイダルとナイランに、真紀と千春はん? という目を向けた。
「私たちの国では庶民だって留学は行くよ? 短いと二週間くらい、長いと何年か」
「旅行だけならもっと行く人は多いよ」
「そんなにか?」
「うん。若い子でもちょっと頑張って働いたら近くの国ならいけるもの」
「豊かな世界なんだな、お前たちのいたところは」
そういうカイダルに、
「豊かな国も、そうでない国もあったけどね」
と真紀は苦笑した。
「いずれお忍びとかそういうことじゃなくて、もっとたくさんの人をあちこちに連れていくことが聖女の仕事になるかもしれないね」
「ツアーコンダクターみたいだね、真紀ちゃん」
「聖女旅行会社か。いや、聖女ツーリスト? なんかおしゃれじゃないね」
「そのためにもまず、あちこちに行ってみないとね!」
「おー!」
そんな二人をほほえましく眺めながら、
「さ、そろそろ宿に戻るか」
と促すカイダルだった。宿に向かう三人の後ろをさりげなく警戒しながらナイランは考えていた。
「聖女旅行会社か……。魔物を退治する以外のことなんて考えたこともなかったが。あいつらはいとも簡単に何かを飛び越えちまう。国境でさえもな」
何かで笑っていた千春が後ろのナイランに気づいて、
「ナイラン! 早く」
と声をかけた。遅れてるんじゃない、警戒してるんだっつーの、という言葉を飲み込んでナイランはゆっくりと三人に追いついた。とりあえず、警戒すべき動きはなし。飛行船でゆっくり休んだから、夜の見張りも大丈夫だろう。
旅の一日目は、無事に済みそうだ。ナイランは少し警戒を緩めるのだった。
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注)「聖女二人の異世界ぶらり旅」




