飛行船では
アーサーがザイナスたち獣人部隊が内陸に向かうのを見送っていたころ、飛行船の中では、真紀と千春はアーサーの希望通りのんきに過ごしていた。
飛行船の中は軽いソファがいくつかと小さいテーブルが作り付けてあり、後部に簡易な水回り、そして前部に操縦席がある。操縦席はエアリス専用なので、真紀や千春が座ってみても自転車のようなハンドルはかなり高いところにあった。操縦は基本エアリスだが、ヴァンも時々は代わるらしかった。少しは役に立つんだ、と真紀は意外に思った。
それほど高いところを飛ぶわけではないので、地表がよく見える。横を見ると鳥人が並んで飛んでおり、時折目が合うと手を振ってくれるのが楽しい。
「鳥人が近くに来ても揺れたりしないんだねえ」
千春が感心して言うと、
「そもそも飛行船は重いものだし、空中でバランスをとるために浮遊石の配置にどれだけ工夫を凝らしたか。初期のころには鳥人にあおられたりもしたが上空ではそれどころではなく風の影響を受けるのでな、そのためにも」
「おい、エアリス、専門的なことはそのくらいにしておけ」
解説を始めたエアリスにグルドが笑いながら突っ込みを入れた。
「うむ。長い年月をかけて開発したのでな、つい」
エアリスも照れくさそうに笑う。
「鳥人にはあおられなくなった。ただし奴らは」
とん、と上で音がした。
「疲れると飛行船の上で休むことがあるんだ」
エアリスがうんざりした顔で言う。
「もっとも、飛行船が飛び続ける3時間程度の距離も時間も奴らにとってはちょっと疲れる程度だ。結局、面白いから乗っかってるんだろうよ、まったく」
確かに、それに尽きると千春は思う。
城のあるトラムの町も飛行船に乗ればあっという間に通り過ぎ、海沿いに南へ南へと向かう飛行船からは、青い海から砂浜や切り立った崖に打ち寄せる白い波頭が見え、内陸のほうに目を向ければ、平地には麦畑が広がっている。西に向かい次第に山がちになり、遠くを見やると高くはないものの森林地帯になっている。
「向こうが内陸になるの?」
「そうだ。あの低山を越えると広い平野が広がり大きな穀倉地帯になっているよ。内陸はミッドランドにも、南領のローランドとも接しているのだよ」
操縦しているエアリスの代わりに、グルドが説明してくれる。
「ミッドランドとローランドは低地のまま川が国境になっているだけだが、橋がいくつもかけられていてな。しかしハイランドとは低山が国境になる。自然と行く道も限られてくるのだよ」
「国境では手続きなどはあるの?」
「ないぞ」
カイダルが口をはさんだ。ちょっと退屈そうだ。
「だってお前ら、ドワーフの国でどうした?」
「そうだ、トラムの町でチケット買って列車に乗ったらドワーフの国に着いたんだよ……」
「だろ? 人族の国なら、ましてそうさ」
「なるほど」
お城の授業で習ったが、実際に行ってみるのとは全然違うのだ。エドウィが少し難しい顔をして、
「マキとチハールは聞きたくないかもしれませんが、お披露目での内陸の行動は各国の怒りを招き、しばしハイランドの封鎖という結果を招きました。その折はすべての街道が封鎖されたそうです」
そんな大事になっていたことに、真紀と千春は申し訳なく思う。
「申し訳なく思うことはないのです。これはこの世界全体の問題なのですから。わざわざこの話をしたのは、人間領にいる間は、聖女といえども安心しないでほしいということなのです。もう国境の封鎖は終わっています。害意のある人間もいるということを知っておきましょう」
「「はーい」」
二人は素直に返事をした。エドウィは、ドワーフの国の旅で甘さが少しなくなった。そして、真紀と千春の自主性を大事にしてくれるようになったと千春は思う。男の子の成長は早いものだ、と温かい目でエドウィを眺めるのだった。
「さ、一度下に降りて休憩にしよう」
とエアリスが声をかけた。確かに、一人で操縦して三時間ほどはたっている。休憩するべき時間だ。
飛行船は静かに川辺の町に降り立った。定期便もこの発着所を利用しているようで、特に騒ぎにもならなかった。
「さて、この町で昼を食べるのだが、ここはエドウィの出番だな」
「ええ、さ、行きましょう」
一行はエドウィに連れられて、発着所から町に降り、すぐに川に向かう。
「まだここはミッドランドですからね、たまに視察に来るんですよ。で、ここです!」
エドウィが手をやったのは、川の上に立つ小さな小屋が並んでいるようすだった。
「水上コテージみたい」
千春は驚いてそう言った。
「チハールの世界にもあるのですね。夏だけ建てられて、秋には片づけられます。中が個室になっていて、そこで料理が食べられるのですよ」
「私の世界では海にあって、そこに宿泊できたの。行ったことはないけれど、いつか行きたかった」
「では、ちょっとだけ夢がかないましたね」
「ほんとに!」
千春は嬉しそうに真紀を振り返った。真紀は川を見てこう言った。
「水着を持ってきてたら泳げるのにね」
「川でも?」
「川でも」
川は浅くて流れが速い。
「足をつけるだけかな」
「そうだねえ」
そんな二人にカイダルが聞いた。
「水着ってなんだ」
「ああ、泳ぐとき着る服だよ」
「泳ぐ? 女がか?」
そうか、ここは足首さえあまり出さないほうがいい世界だった。真紀は思い出した。まあいいか。
「うん、学校でも泳ぐ授業があったし、たいていの人は泳げたよ」
「しかし、そのための服って」
「ああ、水でひらひらしないように、ここまでのぴったりしたやつだよ」
真紀は腿のあたりを押さえた。カイダルは慌ててあちこちを見て、だれも真紀を見ていないことを確認すると、
「おい、ほんとにそんなに短いのか」
と小さい声で聞いた。
「え、うん。上下別れて、おなかが出るやつもあったし」
「おなかが! なんて世界だ……」
「おい、カイダル、顔が赤いぞ、暑いのか?」
話している二人のもとにナイランがやってきた。
「いや、水着のはなしを」
「待て、マキ、待て、その話はしないほうがいい!」
「そう?」
真っ赤なカイダルに、ナイランがいぶかしげに尋ねた。
「ほんとに大丈夫か」
「だ、大丈夫だ。あとで、そう、あとで話す」
「そうか?」
ナイランは首を傾げながらも二人を連れてみんなに合流した。
「真紀ちゃん? カイダル?」
そう聞く千春の顔をまともに見られないカイダルだった。体なんてまして見られやしない。だって、服がここまでしかないんだぞ、ここまでしか。千春はピンときた。
「さいてー」
「俺のせいじゃないのに!」
真紀のせいだった。ごめーん、と言いながら笑い転げる真紀に、ナイランがまた首をかしげたが。まあいいか、今回サイテーって言われのた俺じゃねえしと思うのだった。さ、昼飯だ。




