飛行船に乗ろう
「魔石研究班?」
と驚くみんなの声に真紀は頷いた。
もともと考えてはいた。かわいいゲイザー達が凝った魔石とは何なのか。自分たちが生み出す魔石とは何なのか。ダンジョンから出る魔石とは違うのか。
そろそろ向き合うべきなのだ。最初は嫌がっていた千春も、二ヶ月もたった今ではもう慣れてしまった。
「私たちは魔物の声が感じ取れます」
「報告は受けている。容易に信じられるものではないが」
アーサーは真剣な顔で答えた。それはそうだろう。真紀はそう思う。
「同時に、魔石にも何か感じるんです。微弱な、なんと言うか、暖かさ」
そう言う真紀に、千春も続ける。
「額から落ちてすぐは体温のせいだと思っていましたが、ゲイザー達が凝った魔石もほんのりと暖かい。それはいつまでも続くんです。もしかして、ゲイザーの声が私たちにだけ聞こえるように、魔石の暖かさも……」
千春がグルドを見ると、グルドも答えた。
「うむ。私たちにはただの冷たい石に過ぎぬ」
「その話は詳しく聞きたいものだ」
エアリスが興奮して言う。真紀がエアリスにこう答える。
「よい機会だと思うから、魔物のこと、魔石のこと、ちゃんと知りたいし、私たちの感じている違いも話したいんです」
「もちろん、成果が出せるわけではないからお給料がほしいとは言いませんが、立場上、グルドの助手として雇ってもらえればなあと」
千春もアーサーににこにこしてそう言う。
「それなら、いるだけでいいとかそういうわかりにくい理由でなく、一緒に行けますから」
「ふむ」
とアーサーは顎に手を当てて考えた。
「危険なことはしないと、そう約束してくれるなら」
アーサーは、エアリスとグルドを見た。
「決して無理はさせぬ」
「グロブルのダンジョンのような恐ろしい思いはもう二度としたくないわ」
「それならまあ、いいだろう。マキ、チハールよ、それではエアリスとグルドの助手として、エルフ領に派遣されてくれるか」
真紀と千春は顔を見合わせて、うなずいた。
「「もちろんです」」
こうして二人は、正式にエルフ領に行くことになったのだった。
飛行船の発着場は、港の町トラムに行く途中にあった。
一週間に一度のエルフ領への定期便は、高いけれども誰でも使えるため、町に近いところになくては不便であったし、一方で非常時に城に近くなくてはならないため、この位置に作ったというわけなのだった。
「毎日のようにこの近くを通っていたのにね、千春」
「全然気がつかなかったよ、真紀ちゃん」
二人は感心して飛行船を眺めた。
「まあ、発着の時しか止まっていないからな、仕方ない。それに、専用船は大きくはないのでな」
エアリスが自慢げに言った。定期便は20人ほど、つめれば30人ほど乗り込める大きさだが、エアリスの個人持ちの専用船は、せいぜい10人ほどしか乗れない小型の飛行船なのだ。
真紀と千春は、飛行船と聞いて、日本で見たことのあるあれを思い浮かべていた。大きなチューブ型の膨らんだ下部に、ちっちゃく座席のついている、普通の飛行船だ。
しかしこれは、なんと言ったらいいのだろう。うん。家だ。というか、部屋だ。長方形の小さい家くらいの大きさの箱が、どんと置かれていた。ちゃんと窓もドアもついている。
浮遊石で箱を軽くして、魔石の動力でプロペラを動かすという。つまり、四角い箱がふらふらと空を飛ぶというわけだ。
「ふらふらなどしない。快適だぞ」
とエアリスは言うが、二人がちょっとためらったのは仕方がないだろう。この世界に来て、これほどファンタジーなものがあっただろうか。いや、ない。
しかし、頼もしい二人組が、そこにはいた。初めて出会った時のカイダルとナイランのまま、冒険者の服を着た二人が飛行船の側で待っていた。そうだ、この二人はエルフ領から飛行船でミッドランドまで来たと言ったではないか。実際乗った人がいるんだ、大丈夫だと真紀と千春は安心した。
「よう」
「今度はエルフ領だな」
二人は軽く手を挙げて挨拶してくれた。
「今度は少年じゃないけどね」
真紀は少し照れくさそうにそう言った。真紀と千春は、千春が考え、セーラさんが仕立ててくれていた、下にズボンのついた少し短いワンピースを着ている。だいぶ動きやすいし、鳥人にさらわれても安心な仕様だが、足首のところでふんわりと膨らみ、足首が見えそうで見えないところが女らしくもある。実はさっきからひそかに城の兵や侍女の視線を集めていた。
「少年が悪いとは言わねえが」
カイダルは鼻の頭をちょっと掻いた。
「そのままのお前のほうがずっといい」
「カイダルのくせに」
「なんだよ」
ちょっとそっぽを向いた真紀にやっぱりそっぽを向いたカイダルがそう言う。
なんだこれは。なんだ。千春はちょっとあっけにとられ、そのあと思わず側にいたエアリスを見上げた。エアリスは千春をちらりと見ると、口の端を少し上げて見せた。
私としたことが。こんな素敵なことが起こっていたことに、気がつかなかったとは。いや、何となくそうじゃないかとは思っていたんだよ、と千春は自分に言い訳をした。でも、カイダルがおせっかいなだけかもしれないと思っていたし。
何にしろ、ちょっとおもしろくなってきた。ニッコリする千春を優しく眺めると、エアリスは声をあげた。
「さあ、乗り込め!」
変な四角い飛行船に! とりあえず、南領を目指すのだ。
『この手の中を、守りたい』2巻、10月12日アリアンローズさんから発売中です。メリルを飛び出す子羊たち、よろしくお願いします!
→追記 「ぶらり旅」書籍化決まりました! ありがとうございます!
カドカワBOOKSさんより2018年1月10日発売です。内容は変わっていませんが、かなり加筆していますよ!
本編、12月半ばから再開予定です。




