帰還 10 次はどこの
「なんだったんだろ」
「さあ」
少なくともヴァンのおかげで、自分たちの帰城がうやむやになったことは確かだ。
「あの者自体はまあ、うるさいだけですが、問題は確かにあるようです」
セーラが教えてくれた。
「エルフ領はそもそもダンジョンも数は多くないんです。ましてエルフ自体、それほど人口も多くないので、多少ダンジョンから魔物が出たとしても気にしないと言うか、おおらかというか。しかし、今回は人間の冒険者たちが行きたがらないほど魔物が増えているらしく、兵士の至急の派遣を求めてきました」
それは大変なことだろう。しかし、
「ミッドランドの兵たちは、往復を含めると一ヶ月くらい旅をしていて、その中でもダンジョンの攻略はとても大変だったはずだよ。至急と言ってもさすがにつらいんじゃ。しかも今、船の上だよ」
真紀はそうつぶやいた。それにセーラが丁寧に答える。
「ええ、だからエルフ領には、南領ローランドから兵を派遣します。位置的にもエルフ領は海を挟んで南領の向かいですからね」
「でも列車は通っていないよねえ」
「ええ、チハール様。ですがローランドからミッドランドのこの町まで兵を移動させ、そこから列車を使い、さらにドワーフ領からエルフ領への移動となるとかなりの手間と時間がかかるのですよ。ですから南領からエルフ領へと船で行くのが一番早いのです」
なるほど。納得した真紀はサウロとサイカニアと一緒にソファでくつろぐことにした。しかし、なぜそれならここミッドランドで騒いでいるのかと千春は疑問に思う。
「どうやらドワーフ領でも尋常な状態ではなかったということで、できれば経験者に兵を率いてもらいたいとのことです」
「カイダルとナイラン待ち、ってことか」
「おもにナイラン様ですね、自国の王子が上に立てば士気も上がりますし。もちろん、できればエドウィ様も、ということですが」
セーラは控えめにそう言った。千春はセーラにエドウィのことを話して聞かせた。
「エドウィね、ダンジョンにも入って活躍したらしいんだけど、私たちが見たのは主に行軍中の姿でね……」
指揮をとる姿がどれだけ格好良かったか、交渉や管理を一手に担う姿が素晴らしかったかなどだ。
「町でもエドウィは人気だから、町の人にもエドウィががんばったこと話して聞かせたいなあ」
「もちろんでございます。今度はお忍びではなく町に出る機会を設けてもらいましょう。もうお披露目は済んでいるのですからね、変装する必要はありませんよ」
「うん、楽しみだな」
「今夜はできれば夕食は陛下やザイナス様とご一緒がよろしいかと」
「もちろんだよ」
千春もソファに座りこんで、セーラににこにこと眺められながら、しばし安らぎの時を過ごすのだった。
その日の夕食は王の私室での堅苦しくないものだった。各国の王子や外交関係者の集まる、ある意味そうそうたるメンバーではあるのだが、何しろ単に気安い仲間でもある。
もっともカイダルとナイランは、おもに冒険者として活躍しているので、ミッドランドの王宮を訪ねるのはまれなことであり、前回は、聖女お披露目の前日であった。しかも非公式な訪問だったので、晩餐会とそれに続くパーティには出席していなかったのだった。まあ、本音は面倒くさかっただけなのだが。
したがって正直ちょっと緊張はしていた。ダンジョンでの異常、魔物が騒ぐことに聖女がどうかかわっているか、そして魔物を聖女がどう収めたかなど、そう言ったことの報告はなんの問題もなかった。
しかし、
「で、ありがたいことに、領都グレージュまでは聖女と一緒だったということだな」
「気づかずに守ったと、そういうわけか」
そう言うアーサーとザイナスが怖いのはなぜなんだろうか。いや、小さい少年少女を守ったのは事実なのだ。その間に、ちょっと幸運な出来事があったとしても、なにか問題があるだろうか。いや、ない。
そう言った緊張をはらむことに気づかないまま、真紀と千春もドワーフ領での話をしながら楽しく過ごしたのだった。
食事が終わって食後の飲み物が出た時、千春はこれからのことを聞いてみた。食事中ヴァンはおとなしくしていたが、結局どうなったのだろうか。
「それで、エルフ領にはどうすることにしたの?」
「あー、それを言うか、チハール」
アーサーは眉間をもんだ。
「え、アーサー?」
何か問題でも? いぶかしげな千春に、ヴァンがこう言った。
「何を言っている、明日には出発だ」
明日だって。いくらなんでももう少し休ませてあげたらいいのに。それでも、緊急事態なのかもしれないし、自分たちが口を出すことではない。それならば。千春と真紀はカイダルとナイランのほうを向いて言った。
「大変だね、今日はもう休んだ方がよくない?」
「無理しないでね」
カイダルとナイランは気まずそうに言った。
「あー、その件については明日に」
「マキとチハールこそもう休んではどうだ」
私たちがいると、休めないかもしれないね、と千春は真紀に目配せした。真紀はうなずいて言った。
「では、私たちはこれで」
「ちょっと待った」
ヴァンだ。どうしたのだろう。
「いや、すべては明日に」
止めようとするアーサーを押しのけて、ヴァンは言った。
「明日出発だとちゃんと言わないと、聖女方も準備が必要だろう」
準備か、そうだなあ、と千春は思った。
「お見送りをしないとね。出発は何時ですか」
シン、とした。ん? ヴァンがあきれたように千春を見た。
「お見送りだと? そなたたちも行くに決まっているだろう」
私たちも? え?
「本人の同意がないとだめだと言ったはずだ」
アーサーがあわててそう言った。
「しかし、出発することを言いもせずに同意も何もなかろう」
「しかしだな」
「まさかとは思うが、うやむやにして聖女を残そうなどと思ってはいまいな?」
「まさか。そんなことはない。しかし、お疲れのことでもあるし。明日でもかまうまい」
早く部屋に戻れとアーサーが目で合図した。と、とりあえず部屋に戻ろう。
「ではお先に失礼します」
「待て、聖女方!」
ばたん。真紀と千春はドキドキしながら部屋へ急ぎ、そのままベッドに倒れ込んだ。
「聞いた? 真紀ちゃん」
「聞いたよ、千春」
「私たちも行くんだって」
「そうらしいね」
二人であおむけになってベッドの天蓋を眺める。真紀がこう口に出した。
「アーサーは行かせたくないようだったね。カイダルとナイランも止めてくれてた」
「けど、ヴァンは決定事項のように言ってた」
千春はそう答えた。
「私たちが来ると、ダンジョンの魔物が騒ぐから近くに行かないほうがいいってエアリスは言ってたよね」
「うん。だとしたら何で私たちを行かせたいんだろう。ヴァンは」
二人はちょっと考えて同時に言った。
「「研究者だから」」
きっと魔物がどう騒ぐのか見たいに違いない。
「エアリスの甥っこだもんね」
「どうする、千春」
「え、どうするって?」
「だって、ほら、蜂とか?」
「きっと虫ばかりじゃないよ」
「じゃあ?」
真紀と千春は顔を見合わせて、ニヤリとした。
「行きますか」
「エルフ領に」
旅はまだ続くのだった。




